好きになった理由のお話

「そうか、職場に近ければ駅に近い必要はないのか……」

 不動産屋を出て独り言ちる。あのビルは駅から歩いて10分ほど。駅とは反対側のエリアはお店や住居が並んでいて、意外にも家賃はそんなに高くない。女性専用のアパートやセキュリティーがしっかりしたマンションもある。敷金はお兄ちゃんが出してくれるって言うし、すぐにでも契約しよう。
 いくつかリストアップしてもらった引越先の書類をバッグに入れていたら、携帯がちょうど着信を知らせた。画面には先輩の名前。少し緊張しながらも電話に出た。

「も、もしもし」
『あ、奈々美ちゃん?今から会いたいんだけど何してる?』
「えっ、あ、不動産屋行ってて……」
『用事終わった?迎えに行っていい?』
「あ、はい」
『会社の近くの不動産屋?すぐ行くから待ってて!』

 戸惑っているうちに電話は切れた。強引に押し切られた。いや、私が流されたのか。
 先輩は本当にすぐにやってきた。誰もが振り返るようなイケメンが、走ってきてそして私を見つけた瞬間嬉しそうに笑う。何だかくすぐったいような気持ちになった。

「お待たせ」
「いえ」
「まだ近くにいてよかった。ご飯食べに行こう」

 先輩は私の返事を聞く前に歩き出した。どうしよう、何だかもう、恋人みたいだ。

「あの」
「ん?」
「その、どうして私なんですか?」
「え?」
「先輩ならもっと、選び放題だろうに……」

 先輩が私を好きになったきっかけとか理由が全く分からない。確かにちょっとした繋がりはあった。でもそれだけだ。

「そうだね、君に自覚はないだろう」
「……」

 一歩前を歩く先輩は、前を向いて考えているようだった。でもそれはほんの少しの間。私が色々考えるよりも早く、振り向いた。

「きっと君は、もし俺がみんなに見向きもされないような男でも同じように接してくれただろう」
「……」
「軽く人間不信だったから。君の小さな、でも自然な優しさが俺にはとてもカッコよく見えた」

 照れる。確かに私に自覚はなかった。優しくしたというよりただ足元のスペースを貸しただけだし、それを自然な優しさとかってすごくカッコよく言われると、とても恥ずかしい。
 でも、聞くとこうやって正直に話してくれるところは先輩の素敵なところだと思う。ひねくれたところのない、純粋な、先輩のいいところ。
 誠実なこの人に、私は確かに惹かれ始めている。

***

「奈々美ちゃん、好きだよ」

 お洒落なカフェレストランでご飯を食べて、家に誘われた。先輩は「家で飲み直そう」と言ったけれど、家に誘われて断らなかった時点で私は正直期待していたのだと思う。先輩が、強引に私たちの関係を一歩先に進めてくれること。

「奈々美ちゃんは俺のことどう思ってる?」
「好き、になりかけてると、思います。でもまだ、流されてるだけなのかどうか、分からなくて」
「うん」
「先輩の誠実なところ、すごく好きです」
「誠実、か。初恋を忘れられなかっただけなのにそう言ってもらえると嬉しいな」

 ソファーに押し倒されて、先輩の綺麗な顔が目の前にある。脚の間に入ってきた先輩はまた布越しに熱くなった自身を私に認識させる。恥ずかしくて、えっちで、泣きそう。

「可愛い。すごく好きだよ」

 恥ずかしげもなく甘い言葉を囁いて、そして甘い息を吐く。先輩は私の脚にキスを落としていった。さっさと脱がされてしまったジーンズが床に落ちる音がした。

「脚、やだ……っ」
「どうして?綺麗なのに」
「うっ、や……」

 恥ずかしいからやなのに。でも今朝先輩と別れてからシャワーを浴びに家に帰って、しっかりとムダ毛処理はしておいた。そんな自分も恥ずかしい。
 ちゅ、と音がするキス。そして、先輩の真っ赤な舌が脛をなぞって。ゾクゾクする。

「せんぱ、あし、ばっかり……っ」
「いや?」
「う、や、です……恥ずかしい、し」
「可愛い」
「もしかして、脚フェチ、なんですか」
「違う」

 即答。え、図星?先輩は真面目な顔をして私の額にキスをした。それでも脚はスリスリと撫でている。

「違う。奈々美ちゃんの脚が綺麗なだけ」
「えっ、そんなこと、ないと思いますけど……」
「綺麗だよ」

 どうしてそんなにムキになるのか。あまり追求してほしくないのかな。

「可愛い。好きだよ」

 あ、誤魔化された気がする。

「先に進んでもいい?」

 聞かれたらどう答えていいのか分からない。迷う私に先輩はふっと微笑んで、「嫌なら殴って」と言った。
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