再会のお話

 後に、このたった一個のアイスが私の弱みになることなど気付きもしていなかった。

 それからも彼は同じように図書室に来て同じように私の足元で本を読んでいた。取り巻きたちは彼が図書室に来ているという情報は掴んでいるらしいものの、まさか人の足元に隠れているとは思わないのだろう。まさかあの完璧な王子様が、まさかあのキラキラな王子様が、まさか、まさか人の足元で、地べたに座って怪しげな本を読んでいる。あまり王子様に興味のない私ですら信じがたいことだった。
 そして、コンビニでもたまに会った。会う度にアイスを奢ると言われるのだけれど、私は初めの一度以外は断ることにしていた。それに、いつも兄と一緒に行くので先輩に奢ってもらわなくても欲しいものを買ってもらえたのだ。社会人バンザイ。
 彼の卒業まで、図書室で足元のスペースを貸すという謎の関係は続いた。彼はいつも怪しげな本を読んでいた。『彼氏と別れるように仕向ける本』という本を血走った目で読んでいるのを見た時は、さすがに少し距離を取った。先輩なら、変なテクニック使わなくても簡単に女の子を落とせそうなのに。
 卒業式、彼はやっぱり大勢の人に囲まれていた。「幸人様はみんなのもの」なんて暗黙の了解で守られていた彼の平和は、卒業式でも有効だった。獣と化した女の子にボタンやシャツを引きちぎられることもなく、ただ彼との別れを嘆き悲しむ。遠目に見ていたら、教祖様と盲目的な信者みたいだった。
 彼が卒業したら、当然彼が私の足元に来ることはなくなる。別に邪魔でもなく、意識もしていなかった。ただ、毎日キラキラした笑顔で図書室に来るくせに、本を読む時は真剣そのものだったから、そのギャップを密かに楽しんでいた私としてはほんの少しだけ寂しさはあった。
 部活もしていないし、同じ図書委員の先輩とも特に仲がいいわけでもなかった私は、卒業式が終わるとさっさと帰宅した。それから彼には会っていない。たったの一度も。

***

「ありがとうございましたー」

 あれから6年、私はあるビルの中のコンビニでアルバイトをしていた。一応司書の資格は取得できたものの、なかなか就職先は見つからず。フリーター生活も2年目を迎えていた。
 一緒に住んでいたお兄ちゃんに彼女ができて結婚も考えているらしく、家を追い出されそうでなかなかの窮地に立たされている。実家に帰って来て結婚して専業主婦になりなさいなんて電話する度に言う時代錯誤な親にもほとほと疲れ果てた。私のことを心配してくれているのは分かっているのだ。でも。図書館で働きたいという夢を持ち続けることはそんなにダメなことなのか。全ては薄情なお兄ちゃんが悪いと見当違いな八つ当たりまでしてしまいそうになる。

「いらっしゃいませー」

 お弁当を並べているとお客さんが入って来る音がした。わざわざどんなお客さんかなんて確認しない。レジは待たせないように、お客さんの位置には気を配る。そのお客さんはウロウロとお弁当やパンの棚を行ったり来たりして、そして私のすぐ横で立ち止まった。もしかして邪魔なのか、とすぐに退こうとする。でも、その人はまた私のすぐ前に立った。視線を上げる。

「……君、」
「あ、」

 そこにあったのは、6年ぶりに見た顔だった。
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