混じり合う吐息
「立花さん、これもらってください」
何だあれ。何だあの状況。彼氏がモテるというのは喜んでいいのかどうなのか。
たまには外で食事でも、そう思って立花の会社まで来たはいいものの目の前に広がる光景に私は立ち尽くしてしまった。チョコを持った女の子に囲まれる立花。爽やかな笑顔でお礼を述べ次々受け取っていく。
いや、別に彼女いるんだから貰うなよとは思わない。あの高級チョコのおこぼれを私も正直期待しているし、チョコを貰ったからって立花が彼女たちとどうこうなるとか思わないし。……でもやっぱり複雑。
確かに連絡もなしに来ちゃったし立花は私に気付いてないわけだし、でもこの寒空の下長い時間待っていた私はガクガクと震えているわけで。
「帰ろうかな」
そう独りごちた瞬間、タイミングがいいのか悪いのか立花が不意にこっちを見た。何となく気まずくて引きつった笑顔を向けると立花は少し驚いたような表情で手を振る。一斉にこっちに向く女の子たちの視線が痛い。
「連絡くれればよかったのに」
すぐに女の子たちを掻き分けて私のところに来た立花は寒いでしょとマフラーを貸してくれる。温かい、立花の匂いする。ふわりと漂う幸せに身を委ねかけた時、立花さん、と声が聞こえた。立花が体の向きを変えたから立花に隠れて見えなかった彼女と目が合った。あっ、と固まる彼女からも私が見えていなかったのだろう。彼女の手には明らかに立花が持っている高級チョコとは違う手作りっぽいラッピングの袋があって、ああ、きっと本命なんだとすぐに分かった。
「すみません、あの、」
「うん、何?」
「これだけ、渡したくて……」
「ありがとう」
みるみるうちに萎んでいく彼女の勇気が見えるような気がした。敵意を向けられるより何だか落ち込む。私に同情されるのはきっと一番嫌だろうけど。
「ヨリ、行こう」
彼女にお礼を言って背を向けた立花は私の肩を抱いて歩き出した。人の気持ちに敏感なこの男に彼女の気持ちが分からないはずがない。でもあえて見せ付けているわけでもないだろうと思う。立花は案外容赦のない男だからきっとどうでもいいのだろう。この光景を見て彼女が落ち込むことなど。
***
「何か元気ないね」
晩ご飯を外で食べて家に帰ると、立花が不思議そうに顔を覗き込んできた。未だにさっきのことを引きずっていた私は慌てて話題を変えようとキッチンに置いてあったチョコを取ってきて立花に渡した。
「これ、バレンタイン」
「おー、ありがと」
立花はソファーの横に置かれた大量のチョコレートには手を付けず、一番に私のチョコを開封した。大量のチョコレートの一番上にはさっきの彼女のチョコレートがある。
「美味しい」
立花の言葉に私は慌てて視線を立花に戻した。
「そりゃあ、買ってきたからね」
「愛情こめて作ったにならないのがヨリらしいね。これ、ヨリ食べていいよ」
視線も向けずに大量のチョコレートを指差した立花は、立ち上がってキッチンに向かった。何でか、ズキンと胸が痛む。
「ヨリも何か飲む?」
「……もし」
「んー?」
「もし、私が片想いだったら、きっと私のチョコも食べてくれないんだろうね」
ああ、何言ってるんだろう。どうして私がこんなに落ち込むの。彼女だって、私に同情されたくないはず。分かってるのに。自分が彼女の立場だったらって想像すると、苦しくて……
「ヨリ」
「……っ」
「依子」
地べたに座り込んだ私の腕を、リビングに戻ってきてソファーに座った立花が引っ張り上げる。膝の上で抱き締められて、至近距離で泣き顔を見られた。
「何泣いてんの」
「なんでもない」
「変な想像しないでよ。ヨリは俺の恋人でしょ」
温かい手が溢れた涙を拭う。他の人には決して触れない優しい手。渡したくない。誰にも。
「俺も考えるよ、たまに。もし俺の片想いだったら、こんな風にヨリに触れられないんだろうなって」
「え……」
「でもその度に思う。片想いじゃなくてよかった、ヨリが俺の恋人になってくれてよかったって」
「立花……」
「ヨリ以外の女の子はどうでもいい。そんな冷たい俺をヨリは嫌いになるんじゃないかななんて思う時もあるし」
「な、ならないよ、大丈夫」
「……うん」
至近距離で見つめる立花の目は蕩けそうに甘い。笑顔も、視線も、体温も、全部。私だけに向けた特別なもの。優越感なんてない。私はすぐに落ち込むから、そんなもの感じてる暇なんてない。でも。
「ヨリ、好き」
いつもより甘い唇が触れる。チョコの味。いつもと違う。
触れ合う温もりだけは私だけのものだと、そう思うから。いつまでも立花の特別な人でいたいと願うのだった。