腹立つ男

 目が覚めたら隣には誰もいなかった。その代わりシャワーの音が聞こえる。気を失うほど感じたのは初めてだった。誰かの前で無防備に眠ってしまったのも。

「……帰ろ」

 誰かに弱みを見せるのは嫌だ。セックスだって何だって、自分が優位じゃないと……怖い。
 ベッドを出た。あの男がバスルームから出てくる前に帰ろうと。けれど服を着ているうちにシャワーの音が止まり、そして男が出てきた。

「あれ、起きたの」
「……」

 最悪だ。見つかった。私は無言のまま着替えを続けた。

「無愛想だねぇ。ベッドの中では可愛いのに」

 ケラケラと笑いながら、男はベッドに座った。ギシっと軋むベッド。男は私を無理に引き止める気はないようだ。

「大人だからわざわざ言わなくても分かると思いますけど、昨日のことはただの遊びですよね?」
「そうだねー」
「もう忘れてください」
「気絶するほどイッといてよく言う」

 男はまた笑う。よく笑う男だな。

「私感じやすいんですよね。セックスするといつもあれぐらいイくんです」
「こんなにイッたの初めて〜って言ってたじゃん」
「言ってないです!」
「まぁ言ってないけど。イッてはいたけどね」
「……っ、うるさ!」

 いちいち腹立つ男だな!キッと睨むと男は「お〜怖」と言って肩を竦めた。わざとらしいんだよ!

「セックスの度にあんなにイッてると大変だねぇ。体力持たないでしょ」
「あなたに関係あります?」
「アハハ、全然ない!」

 何だか珍しくムキになってしまった気がする。ドッと疲れた。

「では、お先に失礼します。お金はここに置いておきます」
「お金なんていいのに」
「借りを作りたくないので」
「ふーん、そう」

 ベッドサイドのテーブルにお金を置いて立ち上がった。もちろん振り向くことはしない。後ろから「またね〜」なんて言われたけど二度と会わないよ。
 確かにセックスは死ぬほど気持ちよかったけどもう無理。あんな腹立つ男にまた会うと精神的に削られる。大事なものが。げっそりした気がしながらホテルを出た。

 次の日。

「花田が可愛すぎてつらい……」

 そう言って頭を抱えているのは同期の三上だ。鈍チンの舞子に惚れてしまった可哀想な男。

「分かるよ三上。小柄で色白の可愛らしい系。しかも巨乳ときた。好きになって当然だ」
「いや、俺はそんな目で見てないから」
「へぇ、三上は舞子とあんなことやそんなことしたくないの」
「……。そりゃあ、付き合えたらさ、そりゃあさ……」

 三上はいい奴だ。あんな無防備な舞子に手を出さずに見守り続けること数年。母親のような見返りを求めない無償の愛に私はいたく感動している。……が、三上もやはり男か。

「……普通はそうだよね……」
「え、何か言った?」
「ううん。こうなったらプロポーズでもしてみたら?それくらいしないと舞子には伝わらないと思うけど」
「プロポーズ……、うんちょっと考える」

 マジか。適当に言ったアドバイスに三上は心を動かされたらしい。まさかこの後本当にプロポーズするとは私はこの時思ってもいなかった。

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