夢か現か幻か | ナノ
Survival lottery
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雨の中、山崎さんが、近藤さんと土方さんに敵情を告げる。

「敵は旅籠『三笠屋』にて潜伏中。現在、戦意高揚のためと称して酒宴の真っ最中です」
「そうか」
「敵は攘夷党『黎明党』。奴らはこれまでにも京で幕吏多数を殺害したほか、資金調達として銀行強盗を行い人質の銀行員を殺害している凶悪犯です。今度の作戦では上水道に毒を仕込み、大量殺戮を目論んでいるようです。連中の作戦決行は明日未明です」
「うむ。なんとしても食い止めなければなるまい」

退院して完全復帰してから初めての討ち入りだ。退院してから今まで一日も稽古を欠かした事はないけれど、現場のカンというものは、どうしてもその現場でしか養えないものだ。積み上げが必要な事柄から数ヶ月離れるとどれほどの後退になるのか。以前よりも遥かに緊張していた。

土方さんが隊士に睨みを効かせながら、作戦を伝達する。誰にも伝えた事はないけれど、自分が戦場を動かす一つの駒になるこの瞬間が、好きだ。

「一番隊は俺と近藤さんともに正面から押し入る。二番隊及び四番隊は側面の非常階段から突入。五番隊は三番隊隊長と共同して裏口から攻めろ。首魁及び幹部は生かして捕らえるんだ」

久しぶりの戦場は雨の中佇む立派な旅籠『三笠屋』であった。

もし、この旅籠の窓から眼下のこちらを見たとすれば、その者は腰を抜かすだろう。暗闇の中、傘もささずに直立不動で整列する真選組隊士がいるのだから。

「今回は桜ノ宮が火線救護のために一番隊に同行する。火線救護要員としては久しぶりの、衛生隊長としては初めての実戦だ。お前らも気を抜くなよ」

そういえば、隊長格が纏う制服に袖を通して討ち入りに参加するのは初めてだった。昇格して早々に生き埋めになったからなあ。……いかん。雑念を入れる余地はない。感傷を振り払う。土方さんからバトンを受け取って号令をかけようとしている近藤さんの言葉に、すべての意識を割く。

「いいか。この一戦に江戸の未来がかかっている。てめーの剣に市民の命が乗っかっている事を忘れるな!――行くぞォォォ!!」
「おう!」

雨の中、地鳴りのような声をあわせた。

*

旅籠の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。宴もたけなわのところを強襲された浪士共の大多数は、箸や酒瓶を武器に持ち替える前に絶命した。しかし浪士の一部は逃避しつつ散発的な抵抗を行い、隊士数名が負傷した。畳に誰のものか判別つかない血が滲みていく。

生かしておく必要があるのは首魁と幹部のみだ。雑魚は運が良ければ助かるかもしれない程度。……容疑が殺人罪及び強盗致死罪及び国家反逆未遂罪その他余罪多数な以上、助かっても死ぬのには変わりがないのだが。

下のフロアで一人の治療を終えた後、前線へと急いでいると、倒れた隊士が目に入った。右脇腹より出血あり。多分、一番隊の隊士だ。

意識を巡らせて、敵の気配、正確には自分に向けられた悪意を探る。一番隊が前線を押し上げているおかげで敵はいない。止血帯以上の処置をしても安全だ。

貫通銃創。運良く主要な動脈からは逸れていたようで、大穴の割にはさほど出血していない。

隊士の腹の銃創に止血剤を詰めていく。戦場では一にも二にも止血だ。血が無くなってしまえば、心臓や脳が無傷でも死ぬ。しかし、出血は急激に命を奪う損傷である一方で、最も手軽に止められる損傷だ。止血は他の全てよりも優先すべき事柄だ。

この隊士は、出血量は600ミリリットルってところだろうか。輸血を考えるべきだ。

上の物音から察するに、救急車が来るまでは長丁場になりそうだ。頑丈そうな柱に突き刺した誰かの刀の柄に点滴バッグをかける。そして点滴ラインを取って、つなぐ。中身はただの高張食塩水なので輸血ほどの効果はないし大量投与はよろしくない。しかし循環量が著しく減っている今は、文字通り水増しであっても、何もしないよりはずっといい。

これらは全て応急的な処置、いわば死ぬまでの時間稼ぎだ。可及的速やかに病院に運んで治療しなければならないだろう。手早く一時的な処置をして、もう一度周辺の状況を確認する。……彼はここに置いたままでも大丈夫だ。

「おとなしくしておいてください。戦闘が終結したらすぐ病院へ搬送します」
「あ、ありがとうございます」

上のフロアからはまだ銃声が響いている。戦闘中だ。急がなければ。

階段を駆け上がった。

戦場ではぐれたら鉄砲声の聞こえる方へ向え。戦場での古い教訓だ。先人の教えに従うと、ごろごろと浪士の死体が転がっている。倒れ伏して動かない中に、真選組の隊士のものがあった。この顔は、確か五番隊の。頭を一発だ。だが、まだ息がある。しかし、発見からわずかな間にも弱くなっている。

頭や心臓を損傷した場合の生還率は10%を割る。まだ生きているのだから、全力を尽くせばあるいは、といったところだけど、彼を救おうとする間に他が死んで、彼も死んでしまえば共倒れだ。銃創の場合は一分一秒が生死を分ける。最大多数を救命するためには、見捨てなければいけない。モルヒネを打ち、額にモルヒネ投与済みを示すMの字を書いて、銃声の方角へ急いだ。

階段を走り抜けた先、レストランの手前で沖田さんの刀の切っ先が的確に浪士の心臓を捉えていた。いつみても鮮やかな剣だ。

「遅かったな。ここが最前線だ」
「あっちゃあ追いついちゃったか」

そして、ホテルのレストランの豪奢な壁に蜂の巣のような穴をボコスカ空けるマシンガンに行き当たった。角に隠れる隊士と沖田さん、そして近藤さんと土方さんもいる。怪我人が1。上腕部に貫通銃創。止血帯は使えないかも。動脈を損傷したのか出血量が多い。早急な止血が必要だ。

間接止血法で仮の止血を行いながら、状況を確認する。二つある屋上行きの階段の片方を、彼らが守護しているらしい。首謀者らは一足先に逃げて屋上で迎えのヘリを待っているという。ヘリの鹵獲は武田隊長ら五番隊と斉藤隊長に任せられたようだ。

もう片方の階段はあからさまな爆弾で塞がれ、応援の隊士による解体待ち。しかしそれまでに何かしらの形で決着がつくだろう。

彼らはあそこに陣取るだけで階段を守る事ができる。という事は、敵はあそこから動く気はない。頭を出すと鉛の死神が命を刈り取りに来るけれど、ひとまず安全と言っても良さそうだ。より本格的な出血の制御を行える。

銃創が口を開いてそこから大量の血が吹き出している一番隊隊士の腕に止血を施す。止血ガーゼを詰めて、包帯をきつく巻く。点滴で血液の循環量を補い、仕上げにフェンタニルを投与する。

「気分が悪くなったりしたらすぐに吐き出してください」
「分かりました」

早い段階で止血できたから致命的な失血には至らなかったし、疼痛管理もできている。これでしばらくは安全だ。しかし、腕の損傷だから刀は振れないだろう。大人しくしているように頼んで他に視線を移した。

「のろまの先生に追いつかれちまった」
「沖田さん怪我」
「止血帯は止めてくだせェ。あれ死ぬほど痛いんでさァ」
「まあスプレーでどうにかなるんで大丈夫ですけれども」

止血帯で止血する事によって引き起こされる阻血痛は耐え難いものだ。屈強な兵士でさえ無意識に止血帯を自ら緩めてしまう程だというのだから、沖田さんが苦手とするのも仕方がない。阻血痛を抑えるためにフェンタニルのロリポップがあるのだけど、沖田さんフェンタニル嫌いだもんなあ。あれ確かに麻薬だけど、ちゃんと使えばベネフィットもあるのに。

彼の腕をかすめた銃創にスプレーを吹きかける。しみるのか、顔がしかめられた。

「アイツ、無事でしたか」
「手は尽くしました。ですが助かるかどうかは」
「じゃあ一刻も早く終わらせねーといけねェって事か」

手鏡で周辺を探ると、角の二ヶ所から銃撃を行っているのが分かった。屋上への階段は鉛のカーテンの向こう側。階段までは軽く10メートルはある。世界レベルのスプリンターでも到達に1秒はかかる距離だ。あの銃は公称スペックが毎分1000発だから、自分達があそこにたどり着くまでに1秒で済んだとしても、16発×2挺で32発は弾が飛んでくる計算になる。

この距離じゃ集弾率もへったくれもない。1発でもマトモに当たれば動けなくなって、そこから連鎖的にバカスカ当たる。蜂の巣になって終わりだ。沖田さんなら刀で弾丸を弾くなんて芸当も出来るだろうけど、それでも2挺は相手にできないだろう。

典型的な制圧射撃だ。お手本通りと言ってもいい。これがあるから、戦場で真っ先に狙撃すべきは一に指揮官、二に通信手、三に機関銃手なんて言われるのだ。

十数発撃たれた人間は一瞬で致命的な出血に陥る。一人ならなんとかなるかもしれないけど何人も出たら流石に助けようがなくなる。強行突入しようにも、テーブルを積み上げた簡易的なバリケードの向こうから撃たれているんじゃ困ったものだ。しかも射手のバックアップとして弾薬手がついている。自動小銃を手にした彼は、弾を交換している間の襲撃も許しはしないだろう。

尚悪いことに真選組御用達のバズーカは弾切れ。開幕で使い切った事が悔やまれる。

土方さんは一瞬考えて、あっさりと結論を出したようだ。

「煙幕を張る。桜ノ宮、俺と一緒に銃手を殺れ。総悟、一番隊を率いて近藤さんと一緒に首魁を追え。なんとしてもとっ捕まえろ。近藤さん、すぐに追いつくから頼んだ」
「おう、任しておけ」
「私でいいんですか、その責任重大な役目」
「突っ込んでたたっ斬るのはお前の得意技だろ。それにチビの方が的が小さい」

余計な一言は聞こえなかった。

「了解。くたばれ」
「ほざけ」

復帰まもない人間なのにこき使われるなあ。まあいい。悠長に他の隊が追いつくのを待っているわけにもいかない。連中が陣取ってる位置からなら、両サイドの非常階段も狙える。永倉隊長や杉原隊長が危ない。覚悟を決めて、背中の医療バッグを一旦置いた。最低限の道具とフェンタニルとモルヒネが入ったポーチだけを腰に巻き付けた。これで身軽だ。

「よし、いくぞ」

ピンが引き抜かれ、安全レバーが解除されてから2秒ほどためて、土方さんは発煙手榴弾を投げ込んだ。レストランの床に缶が当たってコロコロ言っている。

敵の慌てふためく声が聞こえてきた。手鏡で状況を確認すると、レストランの中は白リンの煙で真っ白だ。

土方さんと顔を見合わせて走り出した。後ろを沖田さん達がついていく。

「真選組が突入してくるぞ!」
「どこに相手がいるか分からん!」
「とにかく撃て撃て撃て!」

狙いを定めていない銃など怖くない。床を蹴って声の方角へ向かう。刀を振って煙を取り払うと、煙幕の中から、青ざめた顔の男が現れた。

「う―――」

撃て、という言葉は最後まで発音できなかったようだ。機関銃の銃身が上下に割れる。銃手の男は胸部を斬りつけられて倒れた。おそらく致命傷だ。

「おい、どうした!?どこにいる!?」

慌てふためく声に向かって切っ先を突き出すと、手応えがあった。引き抜くと赤がまとわり付いている。ごぴゅうという奇妙な音とともに何者かが倒れる音がした。ゴボゴボと水が泡立っている。

発煙手榴弾から煙が出きって、開いた窓からそれが出ていく頃には、立っている人間は土方さんとあたししかいなかった。沖田さん達も無事屋上に到達したらしい。

弾薬手は煙幕の中で首を斬られ、血で溺れて息ができなくなったようだ。喉を掻き毟ってどうにか息をしようと足掻いているが、努力虚しく窒息して唇が紫になっている。放っておけば死ぬだろう。

……作戦行動中に手当てをしてよいのは隊士及び戦闘に巻き込まれた一般市民に限られている。あたし一人が携行できる用品には限度があるからだ。どの道彼らは死刑だ。死なせるために救うのは、隊士だけで十分だ。

頸神経を断つように、倒れた男の首に刃を突き立てる。男はびくりと一度痙攣したっきり、動かなくなった。

「両方やったな」
「はい」
「よし行くぞ」

荷物を背負い直して土方さんと階段を登る。早く合流したい焦りが、階段のステップを踏む足を急がせる。

「大丈夫だ。近藤さんに総悟が付いてるんだ。そうそう取り逃がすはずがあるめェ」

その言葉通りだった。屋上への扉を開くと、猿轡をかまされ手錠をかけられた成金趣味の格好をした男達がいた。今回の討ち入りで最重要目標とされていた攘夷党の主要メンバーだ。

「すみれ先生、ご無事でしたかィ。土方の野郎は蜂の巣になって死にゃあ良かったのによ」
「お前のケツにもう1個穴ができりゃよかったのにな」

戦闘終了を確認。でも自分の仕事は終わっていない。搬送にかからなければ。手錠の上から更に縄で拘束されている男達を尻目に階段を降りていく。携帯を取り出して、自分が非常勤で働く病院にかける。なかなか出ない。

「今回の怪我人は」
「重傷者2、軽傷者4、死亡1でした」
「重傷者をパトカーで病院に搬送するぞ。大江戸病院が一番近いが、どうだ?」
「やっと出ました」

レストランに突入する前に手当した彼の脈を取る。時間は稼げているようだ。無線から、下のフロアの隊士の容態は比較的安定しているとの一報が入った。

「センター長、討ち入りで怪我人が二名出ました。収容お願いします。一人は腹部貫通銃創。20代男性。意識は鮮明です。血圧は80mmHg以上。呼吸は毎分40回。出血量は推定600ml以上」
『もう一人は』
「上腕部貫通銃創です。20代男性。意識は鮮明。血圧80mgHg以上。呼吸は毎分30回。出血量は少ないです」
『サチュレーションは』
「機材がないので不明です。両方とも止血後に高張食塩水を点滴しています。両者に出血性ショックの前兆は見られませんが、一刻も早い処置が必要です。血液型はA型Rh+とB型Rh+」

電話の向こうのセンター長はご飯を流し込みながら「片っぽはそっちが手術してくれるのなら」という条件で搬送を認めてくれた。ラッキーだ。

「大江戸病院へ搬送できます」
「よし」

土方さんは頷いた。

*

手術は無事終わり、手術着を脱いで普段の隊服に戻って喫煙室に向かうと、いた。土方さんとセンター長だ。硝子の檻の中に自ら閉じこもっている。喫煙者も大変だ。特に土方さんやセンター長みたいな、吸わないと生きていけない系はなおさら。

「センター長、副長、治療終わりました。止血も完了。輸血してそのまま寝かせておいたら退院できると思います」
「おう。爆弾も解体できた。後始末は明日だな」
「もう片方も問題なかったよ。後の面倒は俺が見るから、今日は屯所戻りな。……急患が来なかったらの話だけど」
「患者さん来ない内に戻りますね。行きましょう副長。今日はありがとうございました。おつかれさまです」

「逃げ足が速いな」と苦笑するセンター長の声を聞きながら、急いでパトカーに乗り込んだ。相変わらずあたしが助手席で、土方さんが運転席だ。

「元気なもんだな。前は手ェ震わせてたってのに」
「慣れてしまっただけかも。たまに自分が恥ずべきもののように思えます」
「そうか?お前のルール、医者としての矜持を守りながらやってるように見えるが」

ワイパーが忙しなく動き、ネオンで明るい水玉を払う。本科が見てきた賑やかさに通じるものがある街明かりが、目に眩しい。

ルール、ルール。自分は最大多数を救う。そのためにルールがある。けれど、それは正しいのだろうか。たまに、迷う。まだ息がある隊士を置き去りにしたのなんて数えきれない。助かった隊士が次の出動で目を開けなくなるのも珍しい事じゃない。

「医者としての矜持なんてありませんよ。自分が医者になったのは身を立てるという不純な動機からです」

苦しいものを吐き出すように言葉を紡いでいく。

「死なせるために治す。これが鬼の所業じゃなければなんなのか」

信号が赤になり、前方を様々な車が行き交っている。彼は車に備え付けてあるシガーライターの伝熱線を煙草の先端に押し付けて、火をつけた。

「本当に鬼なら、死にゆく隊士にモルヒネなんざ打ってやったりしねェよ。死に向かう苦痛を和らげてやろうとするのだって、医者にしかできねェ仕事だ。動機はどうあれ、お前は立派な医者だ」

ため息のように紫煙を吐き出して、土方さんは続ける。

「さっきの弾薬手だってそうだ。あいつは放っておいても死んだ。だが喉掻き毟って死んでいく奴が哀れに思ったから、頸の神経を斬った。鬼にはそんな事できやしねェ。お前は人だよ」

気管に開放創があった上に、頸静脈も切っていた彼は、救急車が来る前に死亡していた可能性が高かった。

それに彼は殺人罪等々でほぼ確実に死刑になる。法のもとに平等に裁きを受けさせなければならないのは理解できる。それが(君主がいるけど)法治国家のあり方だからだ。でも、人間としては悩む。どうせ殺されてしまうのなら、そのまま死なせてやるべきなのではないか、と。

鬼、鬼の副長。この人ならば、どうするのだろう。気になった事をそのまま言葉にする。

「副長なら、どうしますか」
「決まってんだろ。――一刀で命を断つ」
「隊士が死んだら」
「知るか。俺が死んだ分以上に斬る。そんだけだ」
「じゃあ、私、まだまだですね」
「ああ、このへっぽこが」

ハンドルを握っていない左手が、あたしの頭を小突いた。

かこんと小気味よい音と共にギアが切り替わり、夜景がまた動き出した。
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