夢か現か幻か | ナノ
Fail mark
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歩きながらタバコを取り出し、愛用のライターで火をつける。煙で肺を満たせば、少しばかり疲れも取れるように思えた。煙は今にも降りそうな鉛色の空に消えていく。

疲れた。討ち入りよりもずっと疲れた。なんで買い物でこんなくたびれなきゃならねーんだ。これまで立ち寄った店での奴の行動を思い出して、ため息とともに紫煙を吐き出した。

桜ノ宮は最低限の物品で生活を回そうとしていた。曰く、この先も金がかかるのだから、と。俺と総悟はそれをねじ伏せて色々買い与えた。女が紅の一つも付けないのは少しばかり問題がある。

買い歩く過程で桜ノ宮すみれについて明らかになった問題がある。

まずコイツは年頃の女のくせに、化粧のやり方を知らない。化粧品屋に連れていけば胡乱げな目でファンデーションの色を見比べ、適当に選ばせるととんでもない色になる。いやお前ガングロじゃねェだろ。結局全部俺が選んでやる羽目になった。紅さえ選べねェたァ、女としてどうなんだ。

次に服のセンス。コイツは服のセンスが壊滅的だった。ガキのような顔をして、服のセンスは大人びている。いや大人びているなんてもんじゃねェ。奴のセンスは四十路の女だ。岩尾診療所の受付の芝崎さんの方が似合う服ばかりだった。ババ臭い。加えて色のチョイスも喪服じみた色合いばかり持ってくるので、俺達はその度にげんなりしながら別の服を選ぶのだった。

「あの人私服あんなんばっかなんですかねィ」
「よし、そこのコンビニでファッション誌何冊か買ってやるか。化粧のやり方も載ってるだろ」
「土方さんにファッション誌の対象年齢分かるんですかィ」
「……20手前のモデルが載ってるやつだな」
「ストリート系とか色々あるらしいんで、ザキに聞いてみます」

そんなやり取りをしながら買い歩く。家具家電は岩尾先生のとこで一揃いしていたので、今買うべきは衣服だ。後は細々した生活用品だが、最後で良いだろう。

段取りを考えながら歩いてると、不意に桜ノ宮が立ち止まり、後ろに数歩下がった。俺達も釣られて下がり、ヤツの視線の先を見ると、巷の女共が好んで着ている丈の短い着物。田舎侍からすりゃ理解の外、首を傾げたくなる代物だが、桜ノ宮ならば似合わなくもないだろう。俺達の視線に気付いたのか、桜ノ宮は顔を正面に向けると逃げるように歩き出した。

「いや、別に、私が着ても似合いませんし、無駄に高いですし」

誰ともなしに言い訳を重ねる小娘。俺と総悟は顔を合わせてニヤリと笑った。がしりと両脇を固め、店の入口にズルズル引きずっていく。チビは脚をばたつかせるが、男二人の馬力に叶うはずもねェ。

「いやいや、ああいうのは今しか着れねェぞ。まだ17の内に着ときなさいよ」
「そうですぜィ。あんなの受付の美智子さんの歳になったらなかなか着れやせんぜィ」
「着れなくていいです。というかなんでこんな時だけ息あってるんですか、実は仲良し?」
「あーはいはい。とりあえず着てみなさいって」

いつかに見た映画の、えいりあんを引きずっていくシーンみてェだなと一人笑いながら店に突っ込んでいく。店員の女共がなんだなんだと視線を注いでくるが、俺達の恥じらいよりもアイツの恥じらいのほうが大きく、そして面白い。

「コイツに似合うのを3着選んでくれ。そうだな、あのマネキンのとか、いいんじゃねェか」

その言葉を置いて、店の外に出る。わっと集まる女共に囲まれた桜ノ宮は助けを求めるように手を伸ばしたが、揃って見えないふりをする。

女の群れに飲み込まれる寸前、桜ノ宮は腕が震えるまで真っ直ぐ伸ばし、空に向かって中指を立てて見せた。そんなガッツがあるなら大丈夫だな。

*

鏡の前にはなんか女子高生が好きそうなミニ丈の着物を纏い、バッチリメイクをした知っている顔。自分だ。なぁにこれぇ。

喪服だの四十路女だの、服のセンスをボロクソに言われて、じゃあいっそ自分でもありえないってくらい派手な格好にしてやろうなんて思って、目についたのがこの店だった。まさか宇宙人みたいな感じで連行されて、挙げ句放り込まれるなんて思いもしなかったけれど。店員のお姉さん達の気合いの入りようがすごかった。ピラニアに襲われるヌーの気分だった。

柄も派手だし帯の結び方も華やかなもので、普段であれば絶対着ない服だけど、化粧をしている今ならまあ、着れる……かな?でも黒髪のせいかちょっとズレてるような。もう少し派手な化粧のほうがいいのかも?店員さんは似合ってるって言ってくれるけどさ……。

ところでお金を払う人はどこだろう。げっそりしながら試着室を出てキョロキョロとお連れ様を探す。彼らは店の外で買い食いしていた。沖田さんのは今川焼きだ。土方さんのは、マヨネーズ山盛りでよく分かんないけど、沖田さんと同じ包みだし元は同じものだったんだと思う。物体マヨネーズMは見なかったことにしよう。

じっと外を見ていると、土方さんと目が合ったので無言で中指を立てた。彼はにんまりと笑った、と思う。彼の目は笑みの形ではあるし、唇は愉快げに弧を描いている。多分笑顔。ただでさえ三白眼なのに、目をかっぴらいてるせいで人相が凄まじいことになっている事実に目をつぶれば、笑顔なんだと思う。こころなしか顔の上半分に影が差しているような。あの腹立つゲス顔にセリフをあてるなら、「あっれー中指なんか立てちゃってどうしたのー?」みたいな煽り文句かな。

こちらが返す答えは至ってシンプルだ。親指で首を真一文字に斬って、そのまま指先を地面に向ける。土方さんはますます腹立たしい顔になった。隣の沖田さんはやれやれ、と言いたげな顔つきだ。コイツらホントムカつくなー。どっちも様になっているのが本当に腹立たしい。

なんか仕返ししたーい。切実なる願いを抱えたまま、残りの服を選んでお会計を済ませるのであった。

*

服も買った。セリフをあてるならば「なにさらしてくれとんじゃワレ」だろう、笑顔の内に般若が潜む、女をかなぐり捨てた顔も拝んだ。そして、難関。その店に入っていくのは女か、さもなくば寒さにかこつけて腕組んでるバカップルのみ。俺達ゃ芋侍にはコンクリート造りの特火点トーチカにも等しい難攻不落の店。下着屋だった。

「予算は、こんくらいでいくつか好きなもん買ってこい」
「大丈夫ですかィ。この人のセンスがそこらの喪女にも劣るのは今までで思い知ったじゃないですか」
「なんだろう。この人の顔ぶっ飛ばしたーい」
「いいですぜィ。その暁にはアンタのそのキレーな鼻にフックつけてやらァ」
「アハハ、顔腫らした男と鼻フックの女が街歩くとか面白ーい」
「全くでィ」

ウフフ、アハハと腹に一物抱えた者同士が笑い合う。……確かにこれは桜ノ宮が嫌われていると感じたのも分からんではない。なんつーか、冷戦の空気を感じる。首突っ込んで巻き込まれんのは御免だ。出来るもんなら側杖食らう前にコイツらから離れてェが、そうもいかねー。なんで休日まで保護者してるんだ俺。コイツを店に放り込んだら一服しよう。

唸る桜ノ宮に金を持たせて下着屋の前で解散しようとした矢先、ガッと視線が低くなった。首に細い腕が回され体側で拘束されている。目玉だけを動かせば、反対側で総悟も同じように捕獲されている。振りほどきてェが、細腕のどこにこんな力があるのか、ガッチリ捕まえられちまって逃げられねェ。頬に当たってるモンの事は考えねェ。考えねェ。挟んだらさぞ気持ちいいんだろうとか、ワイヤーがないおかげでやわらけーなんて思ってねェ!

「オイコラ」
「さっきのお礼をしたいんです」
「そりゃお礼はお礼でもお礼参りの方じゃねーか!!」

そんなことありませんよぉと、ともすれば可愛らしいと錯覚しちまいそうな声で言ってるが、俺は騙されねー。コイツの中身は総悟と同位だ。可愛い顔して腹の中はグチャグチャの女だ。さっき店でやったジェスチャーなんて、女がやっていいモンじゃなかったぞ。そうだ。なにも出来ねえ娘のナリして、平然とこんな事やる女だ。こいつはそんな女だ。知ってる。分かってる。だが声を聞いてると、路地裏で泣いていたコイツがチラついちまう。

「あたし、土方さんと沖田さんがいないと選べないんです」
「大丈夫だお前ならできる」

分かっていても騙されそうになる弱々しい声に反駁するとグッと腕が締まった。やべ。極まる位置だ。コイツ、手慣れてやがる……!チラリと総悟に目をやるが、奴は想定外の反撃にテンパってるのか、怯えた視線を返してきただけだった。ドS打たれ弱ェ。ガラスの剣にも程があんだろーが!

ワンハンドブルドッグのような状態でズルズルと下着屋に引きずられていく。異様なものを見るような野次馬共の視線が痛ェ。クソ。だが今更さっきのを謝るなんざ出来ねェ。俺ァ間違ってねーし。第一、やり返しにしても限度ってもんがあんだろーが!

「オイコラ離せ。今なら許してやるから」
「先生の『怒らないから〜』と、土方さんの『今なら許してやるから』は信じないことにしているんです」
「信じてお願い」
「嫌です」

とうとう店の中に入っちまった。トチ狂った光景にドン引きした店員の声が引きつっている。切腹していいかな。「連れですのでお気になさらず〜」じゃねーんだよ。店の空気凍りついてるだろうが。

「沖田さん土方さんはどれが良いと思います?」
「俺に聞くな!」
「アレとかですかね?真ん中の」

総悟の首根っこを引っ掴んだ手が指し示したのは、黒のレースのブラジャー。男の悲しき性なのか、昨日風呂場で見ちまった裸体にあてがってしまう。……割とイケるな。ただもう少し手足に肉が付けばな。顔にあたってるのとの釣り合いに問題がある気がしないでもない。

「あ、ウン、似合うんじゃねェか」
「じゃあアレ」
「いや、上はまだしもソングはお前には早すぎると思う」
「えー、じゃアレ」
「もう好きにしてくれ……」

総悟はどうしたかと思えば、奴は死んだ魚のような目で女物の下着を眺めていた。奴がぽそりと言った「純情が汚されたみてーな気分でィ」がすべてを物語っている。お前ほど純情から程遠い生命体もそういねェとは思うがな。俺は内心で総悟に合掌した。

*

「おう、おかえり。なんかあったのかトシ、総悟」

開口一番俺達の様子が妙な事に気付いたらしいジーさんの声にもろくに説明する気にもならず、二人して「なんでもない」と言うしかなかった。あの女、最後の最後まで俺たちをつきあわせやがった……。総悟はフラフラと2階の居間の隅に座り込んだ。色々ぐるぐる回っているらしく、何事かを呟いている。

「大丈夫ですかねアレ」
「大丈夫じゃねェだろ。15のガキにトラウマ植え付けやがって」
「すみません、ちょっとやり過ぎちゃいました」

ふと、犬猫は兄弟でじゃれ合う事によって力加減を覚えるという話を思い出した。じゃれ方も知らねェまま歳食っちまったガキか。そんな馬鹿に俺がしてやれる事なんざそう多くねェ。

ゴツンと拳骨一つをくれてやる。悪ガキにはこいつが効果テキメンだ。

「ったく、限度を知らねェならやるな馬鹿」
「はい」
「やる前に相手の反応も考えろ」
「はい」
「返事が小せェ!」
「はい!やる前に相手の反応を想定して、それに応じて加減します!」

敬礼せんばかりの勢いだ。これが男なら隊士にしてもいいセン行くんだろうが、相手は身長の分の栄養が全部乳に回ったミニマム娘。せいぜい湯たんぽくらいにしかならねェ。

「手のかかる妹を持つと大変だなトシ」
「こんな妹願い下げだ」
「わ、私だって、土方さんみたいなマヨ中ニコ中がお兄ちゃんなんて嫌です!」

生意気な口からお兄ちゃんというワードが飛び出てきた事に、俺の中の何かがぐらりと揺れたのを感じた。いやいや絆されるな。コイツに限らず女ってのは厚化粧だ。化粧の下にゃ何が隠れてるか分かったもんじゃねェ。そうだ女は魔物だ。コイツも例外じゃねェ。一皮剥げば――。どこかぎこちない仮面を剥いだ先の、榛色の目が翳る様を思い出す。全て自分が悪いと物語る目に宿る、零れ落ちたものへの未練。思考を掠める血濡れの短刀。

気付けば、ちんまい頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜていた。抗議の声なんざ知ったこっちゃねーんだよ。

「沖田さん、まだダメそうですかね?」
「まだダメどころか再起不能でもおかしくねーよ」
「年頃の男の子を傷物にした責任取らなきゃダメですかね」
「安心しろ。ソイツは元から傷物同然だ」

さすがの桜ノ宮もどつかれて懲りたのか、それとも良心が痛んだのか、総悟の目の前で何度か手を降っているが、奴の反応はない。日頃このドSに散々な目に合わされている身の上としちゃ、ざまーみやがれとほくそ笑みたいところだが、原因が原因なだけに憐れみの方が勝っている。

「お詫びの麻婆豆腐で元気になってくれるでしょうか」
「どんなお詫び?!」
「いえちょっと豆板醤と花椒を多めにしようかと」
「儂のケツが切れない程度に頼む」
「いざって時はマヨネーズ貸すぞジーさん」

姉が姉なだけに多少は辛味に耐性があるだろうが、ソレ詫びなのか?お前が食いたいだけだろ。その証拠に桜ノ宮はご機嫌な様子で台所に立っている。……手際いいな。こっちは期待できるかもしれねェ。


その日4人で食った麻婆豆腐は美味かった。唐辛子の刺すような痛みと花椒の痺れるような辛味がマヨネーズとよく合う。こっちはいいセンスしてるな。
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