夢か現か幻か | ナノ
Flashing blades
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真選組副長・土方十四郎と見廻組局長・佐々木異三郎は公道のど真ん中で物騒な邂逅を果たした。その数時間後の某ファミレス。

ボックス席の向かい側に腰掛けてハンバーグにフォークを突き立てる男をぼんやりと眺めた。時折通りすぎる車のヘッドライトが、沖田さんのかんばせを幻想的に照らした。

合間合間でドリアを食しつつ、案の定勃発したイザコザを目の前の男にかる〜く説明しておく。携帯をぶった斬った話で『あーあ、器物損壊だ』などと他人事のように言ってくれるのが恨めしい。この男も現場にいれば……ややこしい事にしかならないからいいや。

「――で、土方さんは見廻組の局長殿に喧嘩売っちまった、と」

目の前の男、沖田さんはストローでオレンジジュースの中に息を吹き込みながら、事態を総括してくれた。つまるところはそういう事だから、間違ってない。

話は今日の16時前、見廻組の局長と、我らが真選組副長が初めて顔を合わせた時点に遡る。

*

懐から携帯を抜き取られ、あまつさえ勝手にアドレスを登録されているというあまりにも非常識な行為に絶句しているあたしの隣で、土方さんは完全にやる気になっていそうだった。

「アドレス、サブちゃんで登録しておきましたから、二人共メールしてくださいね。こっちはトシにゃん、すみれっちって登録しておくんで」
「てっ……てめぇぇ!!」

土方さんの怒りの声にも佐々木は飄々と謝っているような謝っていないような、微妙な振る舞いをしている。何度も強調するように真選組のファンだと言うけれど、当てつけにしか聞こえないのは、我々をゴミとみなしているのが言葉の節々から読み取れるからだろうか。

「あなた方も奇跡のような存在ですが、そちらのあなたも、奇跡そのものだ」

突然、あたし個人に向けられた水に、硬直した。読めない目がこちらをしっかりと見据えているのがよく分かる。半目の昼行灯じみた視線だけど、これは、紛れもない捕食者の目だ。

「ただでさえ失敗も多かった『計画』の数少ない成功者の上に、処分さえ免れ、最後には被験者同士の決闘に打ち勝った。ロクな後ろ盾もない、剣に秀でている程でもない、そんなか弱いものが、周囲のものを使って秘密兵器に打ち勝つ。これを奇跡と言わずしてなんといいましょうか」

背中が総毛立つのを感じた。自分がどういう顔をしているのか、分からなくなる。

この男は間違いなく『赤泉計画』の事を言っている。そして、『計画』の破綻を知り、あまつさえ和田とあたしの私闘さえ知っている。前半でも十分知っているのはおかしいが、後半はもっとおかしい。あの私闘は、土方さん達なんかの現場で隠蔽されたから、幕府でさえ詳細を把握していない。そのはずなのに、なぜ、見廻組の局長がそれを知っている。

「あなた達の元ならば、佐々木家の落ちこぼれにも何らかの使い道があるやもと思ったのですが、どうやら、この様子では愚弟の居場所はどこにもなかったようですね」

唐突に話題に引っ張り出された佐々木異三郎の弟、愚弟こと佐々木鉄之助は引け目を感じているかのように、深くうつむいている。

……子供の頃を思い出した。昔、義父母の家に引き取られた時の事。問題行動が多かったあたしに、義父母はあんな視線を向けていた。

「確か真選組には、士道に背いた者に腹を切らせる、局中法度なる掟があるとか。佐々木家に遠慮はいりません」

義母が向けてきた目を思い出させる。穢らわしいものを見るような、そんな温度のない目。どんな言葉よりも、その眦が、幼かったあたしには堪えた。

なんで。あたしは、悪くないのに。

声のない悲鳴を聞いてくれた人は、あの家の中にはいなかった。

きっと、この子供も、そうなのだ。

「佐々木家の名を汚すだけの劣等遺伝子はこの世に必要ありませんよ」

生まれる事すら否定されるのは、苦しい。あれだけ悪さをしていた困った子供が、悲しみか怒りか苦しみかで体を震わせている様を見ているのは、自分の事のように辛かった。

佐々木は携帯から顔を上げずに続ける。

「心配はいりません。――アドレス帳から『妾の子』は、もうとっくに削除してありますから」

『妾の子』。その単語で、土方さんと一緒に蔵の中に閉じ込められた時に交わした言葉を思い出した。

――どうして、殴ったんです?

そう尋ねると、土方さんは遠いものを見る様な目で、ポツリと言ったのだ。

――『妾の子』って言われたからだったな。

土方さんにとって、その言葉は決して軽くない。そして、土方さんがこの子供に見たものも、おそらくは。

見廻組の局長殿の発言の結果は、すぐに現れた。

佐々木の手の中になった携帯の液晶が突如として暗転し、三つに割れた。軽い音を立てて、画面の一部が地面に落ちる。

防御の隙を与えない見事な居合をできる人は、この場には一人しかいない。

過去の悔恨さえ断たんばかりの見事な太刀筋。

その人は、少しうつむき加減で柄に手をかけていた。納刀の鞘鳴りがどんなものよりも心地よく聞こえる。

「ワリィな。ついでに俺達のアドレスも削除しといたぜ。俺のこっちに入った優等生のアドレスもな」
「トシ……」
「あいにく、俺のフォルダの区分は――バラガキしかねェんだ」

見事な居合で佐々木の携帯を斬ってみせた土方さんは不敵に笑った。

*

「さて、この後どうなるのやら」

デザートのプリンをつつきながら、不透明な未来を見越そうと足掻く。可能な限り楽観的な未来予想図が見えればいいなと思う。でも、うねる波と激しい嵐がそれをさせない。せめて口先だけでも明るさを保っていたい。

「奴さん、とんでもねえ切れ者だって噂だぜ。俺達、潰されるんじゃないですかねィ」
「いや、あれだけなら、組織間じゃなくて個人のイザコザだし」
「アンタの印象で、あの野郎に歯向かって無事でいられると?」
「…………ないな。鉄と一緒に叩き潰されるのがオチだわ」

半分とはいえ、確かに血の繋がった弟に向けていた彼の視線を思い出す。あれは間違いなく、身内に対する情を持ち合わせていない目だった。

「えれーのに喧嘩ふっかけたもんだぜあの人ァ」
「心情は理解できるけどね。正直、あたしも胸がすっとしたもの」
「……なんつーか、アンタ、土方の事になると途端に馬鹿になるな」

色ボケと言われた気がして、それを否定できずに沈黙を選んだ。確かに、これが他の人であったら……他の人であっても苦笑して仕方がないと言っていたような気がする。まあ、今みたいに手放しで褒め称える事はしないけれど。ああ、そこが色ボケか。

「ごめん」
「責めてねェ。俺があの場にいても止めてなかった」
「そうなの?」
「そういう時の土方さんは止めるだけ無駄だ」

確かに。

長い付き合いなだけあって、土方さんの事を理解しているみたいだ。嫌いと公言する割には、よく見ていらっしゃる。……どっちも素直じゃないというか。

ニヤついてる意図が読まれてしまったのだろう。テーブルの下で向こう脛を蹴られた。硬い靴底がダイレクトに骨を捉えて、響く。濁点混じりの女を捨てた悲鳴がファミレスに響いた。沖田さんを睨むも、彼はどこ吹く風で流している。

「……血族ってのァ、やっぱり重いのか」
「よくも、悪くもね」
「俺にゃ姉上しかいなかったからなァ」

もし沖田さんの姉上にお前なんかいらないみたいな目を向けられたら?なんて聞こうと思ったけれど、返答が分かりきっているのでやめた。どうせ「姉上はそんな目をしない」って断言するに決まってる。実際その通りだし。

「やっぱり、ちょっとでも血が繋がってるとね、『理解してほしい』『受け入れてほしい』って思うんだよ」
「アンタも、思ってたのか」
「……ほんの少しだけ」

確かに、暴力事件を起こしたり、口論で相手を泣かせたり、そんな事ばかりだったけれど。

本当は、苦しいのを分かってほしかった。

何もかも許せない自分を赦してほしかった。

性欲じゃなくて、慈愛を向けてほしかった。

家族として、受け入れてほしかった。

あの時は言葉にできなかったあたし自身の渇望と、受け入れられなかった絶望が、今なら分かる。……そして、土方さんの心も、少しだけ。きっと、あの人は、あたしにも近いものを感じたのかもしれない。あの時、兄に拒絶されてうつむいていた鉄と同じように。

あたしは、この世界に流れ着いて、土方さんに叱咤され、もう一度前に進もうと思った。ひっくり返った亀の子のように手足をばたつかせて、最後にたどり着いたのが真選組だった。あたしと同じようにケツをひっぱたかれた鉄は、どこに行くのだろう。

「さて、あれで改心してくれるといいのだけど」
「三つ子の魂百までって言葉もあるぜ」
「こればっかりは神のみぞ知る、じゃない?」
「確かに」

氷が溶けて薄くなったお茶を飲み干し、「お先に」の一言とお金を置いて立ち上がる。外は既に暗い。

確かに嵐だけど。地面が固まる方の嵐かも。

ならば、耐える意味もあろうというものだ。

*

腹ごなしに屯所まで歩いて帰り、歩哨の隊士に軽く礼をして威圧感に満ちた門をくぐる。玄関に回る寸前で、道場から竹刀の音とは違う喧騒が聞こえてくると気がついた。

「……なぜにバスケ?」

他の隊士まで一緒になって道場でバスケをやっていた。鉄はそれに交じる事なく、近藤さんと何やら深刻そうな様子で話し合っている。

「お、先生!総悟とご飯食べに行ってたんだっけか」
「ええ、まあ……」
「総悟は?」
「一人で帰りたかったので、一足先に店を出たんです」
「そういう時もあるよな」

濃紺の空、夜空の星の手前には、航空灯の赤や緑のランプが煌々と灯っていた。江戸の明るい空に浮かぶ星よりも、空を飛ぶ船の灯りの方が多いかもしれない。

「なんのお話をしていたんですか?」
「TOSHIの事情を聞いてた」
「すみれ先生知ってたっけ」
「ええ、一度、本人から」
「……そうか」

近藤さんはなぜか嬉しそうに頷いた。

いつぞやの倉庫で聞いた話を思い出す。

土方さんも、鉄と同じように、妾の子だった。そして、彼もまた、茨の中にしか居場所のない子供だった。

土方さんは知らないけれど、あたしは知っている。あの人が家を飛び出したばかりの頃を。獣のような荒々しい目つき。その中に、ほんの少しの悲しみをたたえて、それでも彼はがむしゃらに走っていた。

「アンタは随分毛並みが良さそうだ」
「大本はね」
「鉄、先生は」
「ごめんなさい。あたし、本当は戦災孤児なんかじゃないんです。戸籍がなくて、でも本当の事は絶対に言えず、でも年齢はちょうどよかったから、戦災孤児って名乗っているだけなんです」

実験を支援したものが未だに中央に巣食っている。全てを語る事はできない。でも、問題のなさそうな範囲なら、話しても許されるだろう。

昔の話をした。

母親は弟と引き換えに命を落とした事。

幼い頃、自分が結んだ悪縁が発端となって、父親と弟が惨たらしく殺されてしまった事。

自身も襲われ、相手を殺して辛くも生き延びた事。

唯一人生き延びても、人殺しの自分には結局居場所がなくて、最後に流れ着いたのが土方さんの元だった事。

近藤さんは頷いて、話を聞いてくれた。

「そうか、そんな事が……」
「すみません、結構端折っています」
「俺にはどうしても言えないか」
「今は、まだ」

もし、全てが言える日が来るとすれば、それは、この国を裏から仕切る連中が全て取り払われた時だろう。それは、おそらく――

「桂なんかがよく言ってる、『日本の夜明け』……それが訪れた時に、互いが生きていれば、必ず、全てをお話します」
「……そりゃあ、難易度が高いなあ」

幕府の敵が完全勝利して、そしてその幕府側の自分達が生きている。そんなウルトラCな未来。でも、もし万が一、自分が人の親になって、誰かにこの世界を引き継ぐのならば、そんな未来がいい。

遠い未来に思いを馳せながら、空を見上げた。試合じゃなくて果し合いをしている連中を腕を組んで見守りながら、近藤さんは鉄に言葉を与えている。

「みんな同じだよ、鉄――」

そうだ。ここに居る人間は全員、ロクでもないはみ出し者か落ちこぼれだ。それでも、少しでもマシな何かになりたくて、もがいた先にいたのがこの人達だった。

斬りひらいた道、仲間と歩むその道、それこそが真選組の居場所だった。

「――だが、居場所がほしいなら……誰かに認められたいなら……その足だけは止めるなよ」

夜でも明るい夜空に星は少ない。道はあたし達の後ろにしかなく、未来への道標も見えやしない。今の自分達は、茨の中をさまよう何かでしかないのだろう。

でも――

「――いつだって、茨をゆく、バラガキであれ」

茨を斬りひらく、その剣だけは、手の中にあった。
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