夢か現か幻か | ナノ
Fact or Fiction
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つるりとした表面の印画紙。芸術性など一切問われず最低限ピントさえあってればいい写真ばかり印刷される屯所の印画紙だが、今回ばかりは印画紙としては本望かもしれない。

なにせこの印画紙にプリントされているのは、イケメンともてはやされるテレビの中の人さえ霞むような、マヨネーズさえなければ引く手あまたの色男だ。しかも貴重な寝顔。

薄いフィルムに封じられた上から、粒子が描く人の顔をなぞる。

やっぱりかっこいいな、土方さんの寝顔。本当はフォトフレームに飾りたかったけど、半ば公認状態とはいえ盗撮された写真を飾る自分を客観視したら気持ち悪すぎたのでダメだった。だらしなく顔を緩めている今も十分気持ちが悪いのは、否定できない。

土方さん、トッシーが撮ったあたしのなんちゃって隊服の写真をまだ持ってるって事は沖田さんから聞いているので、この点はおあいこだと思う。いや、あの人があたしなんか見てニヤつくかっていうと、多分そんな事しないと思うけど。

あまり分厚くないアルバムの最初の方のページに入れている土方さんの寝顔から少し離れて、別の写真を眺める。ちなみにノリとテンションで買ったもう一枚は岩尾先生のとこにある自室にしまっておく事にした。リスクの分散は大事。

アルバムの最初、岩尾先生のとこに来たばっかりの頃、あたしが勉強している様子を岩尾先生が勝手に撮った写真が挟まっている。自分の顔には興味がないので、別の写真に目を移した。

土方さんと沖田さんが取っ組み合いをしている写真が目に飛び込んでくる。いつものやり取りだ。

その隣のページには、成人祝の写真。最前列の真ん中に新成人の隊士が集まって、その周りを近藤さんや土方さんが取り囲んでいる。あたしは、この時まだ19だったから、列の外側でカメラを見つめている。

土方さんがカメラに向かって手を伸ばしている写真もあった。ピントはちゃんと土方さんの目に合っているから、土方さんの手で欠けた写真の世界も味があるように思える。

そして一番新しいページに土方さん(と自分)の寝顔。何度見てもいい写真だ。沖田さんはいい仕事をする。

この顔を見るだけで、胸がじんわりと暖かくなって、今日も一日頑張れそうな気がしてくるので、我ながら単純な思考をしていると思う。

「よし」と一声気合を入れて、アルバムを閉じて、今日の仕事に取り掛かった。

仕事を大分片付けた頃、たった一人の医務室に、あたしのお腹の音が響いて、そして時計を見るとちょうどお昼ごはんを食べる時間だった。中々精度のいい腹時計だ。

取り繕うように周囲を見回しても誰もいない。こんなはしたない音を誰かに聞かれなくてラッキー。

パソコンをスリープモードに切り替える。そして椅子から立って大きく伸びをして、腰をバキバキと曲げた。うーん、そろそろ運動したいな。

それにしても、と書類の山に目をやる。思い違いかもしれないけれど、いつもよりずっと、仕事が早く的確に進んだように思える。きっと土方さんのおかげかな。プラセボ効果、という単語が頭を過ぎったのは気にしない。

さて、お昼ごはんだ。今日の定食は何だったかな。

食堂に近づくにつれて、隊士達の会話するにぎやかな音と、調理場の食器がカチャカチャとぶつかり合う硬い音、そして香辛料のいい匂いが感じ取れるようになった。

「今日はカレーかぁ……」

いいな、カレー。今日はちょっと豪勢にカツをのせて、カツカレーにしようかな。鶏カツもいいけど、ロースカツも捨てがたいなあ。太るとかそういうのは気にしない。運動で消化する。……いつまでも若くはいられないのだから、その内嫌でも食べられなくなると現実を見そうになって目を閉じた。

食券を手にして、軽い挨拶を交わしながら隊士達で賑わう食堂の人波をかき分ける。そこで土方さんと出くわした。

「お疲れさまです」
「おう」

ちょっと疲れた顔の土方さんを見て、きっと小姓とうまく行ってないんだろうなと察せられた。ところでその小姓っていうかボンクラはどこに行ったと視線を走らせる。

……いた。配膳係もといボンクラは完全に配膳をなんだと思ってるんだとばかりの仕事ぶりだ。アレだったら何もしてくれない方が、戦力として考えずに済むからマシなくらい。

ふと、軍隊における人間の分類を説いた出典不明の都市伝説めいた名言を思い出した。無能な働き者、か。……あのままだと切腹させられそうだなアレ。

それにしても、変なところでやる気出すんだなあ、このボンクラ。山崎さんいわくニューヨークスタイルの盛り付けを頑張るくらいなら、普通に仕事やればいいのに。それか、いっそ何もしないか。

アレが個性だって言い張るのなら、鉄拳も個性って事で、一発くらい許されるのでは?一発だけなら誤射かもしれないというし。

色々言いたい事を封じて、とりあえず浮かんだ一番穏当な感想を口に出す。

「最近のカレーはポケットに入れるんですか。新しいですね」
「そんな新しさいらねーんだよ……」
「土方さん、お腹が空きました」
「奇遇だな、俺もだ」

お腹の音が二人分。食堂の片隅で綺麗に唱和した。土方さんと二人、顔を見合わせたけれど、笑いすらこぼれなかった。そのくらいお腹が空いている。

時計を見上げてため息をつく。そういえば、午後からは稽古だっけ。副長がいるのなら、あのボンクラも参加するのかな。

いや、それよりも先に、主張すべき意思がある。時間もない。そろそろ我慢の限界も近い。つまり、空腹の臨界点。血糖値が下がってホルモンバランスが変わり、闘争を求めだす寸前だ。

「普通にお皿にルーよそってくださいませんか!?」

要は、飢えた獣は気が立っている、という事です。

*

稽古では近藤さんがバスケットボールで攻撃された。アレは絶対にわざとだ。チャラついたスポーツって言われたから腹いせに顔面にボールぶつけたんだ。ウチの道場は体育館でもバスケットコートでもねえ!

疲れを紛らわせるために気分転換として外に出てみれば、出くわすのは、なんかの集団が天下の公道のど真ん中でなんかやってる場面だ。なにあれ?車通りが少ないとはいえ、流石に止めた方がいいよねアレ。

近くに寄って、顔が見られるようになってくると、180度転回して屯所に帰りたくなってきた。公道で向かい合っているのは大江戸警察のパトカーと見覚えのあるスクーター。そしてボンクラと旦那。それとボンクラの取り巻き。

パトカーの助手席側には土方さんが呆れたような顔で座っていた。ドアを開けて車から出てくるのを敬礼で出迎えると、えらく疲れたような顔をされた。

「土方さん、なんですこれ?」
「ディスり勝負らしい。ラップで」
「はあ……」
「お前万事屋の方止めてこいよ」
「いや、あの人、あたしが言った程度じゃ止まらないでしょう」

ボンクラと旦那のアホみたいな勝負にツッコミを挟みつつ、そんな会話をした。

ちなみに勝負の方は最終的に、パンツを追いかけたボンクラが店に突っ込んで店主にボッコボコにされ、旦那の方はなんかよく分からんけど結局負けてた。何を突っ込んだらいいのか分からないけれど、とにかく、アホみたいな勝負だという事実だけは分かった。全員敗者という土方さんの意見には全面的に同意できる。

「またいつか……一緒にコラボってくれるかな」

あれ?なんかいい感じの話みたくまとまってる?と思った、その矢先、黒塗りの高そうな車がノーブレーキで、スクーターごと旦那を跳ね飛ばした。

旦那のスクーターが空中で分解し、旦那と一緒に宙に舞っている。あーあー、それなりにいいバイクなのにもったいないなあ。スクーターは天地を逆さまにして硬着陸し、旦那は背中から地面に叩きつけられた。金属のひしゃげる音がビルとビルの間に響き渡った。

「きょっ……兄弟ィィィィ!!」
「旦那ァ!!!」

無類の頑丈さを誇る旦那であっても、結構な速度の乗用車に体当たりを食らわされれば、それなりの怪我を負っているだろう。そう思い、自身の安全を確認した上で路上へと駆け出し、そして二次被害を未然に防ぐために旦那を移動させようとした。

しかしあたしの手を払いのける第三者がいた。白い袖に包まれた男の手だ。

誰だ。人の仕事の邪魔をする奴は。

手の持ち主を見上げ、硬直する。

格ゲーみたく言うならば、真選組の制服の2Pカラーの白い服を身にまとった連中。ベタを塗り忘れた真選組と表現すると、とても端的に伝わるだろうか。それが大勢、旦那に体当たりを決行したのと同じ様な車から降りてきて、あたしと旦那を取り囲んでいた。

「すみませんが、こちらに」

隊長格だろうスカーフ・ベスト・ジャケットの三点セットを身に着けた男にやんわりと立たされて、輪から遠ざけられた。あれよあれよという間に旦那は逮捕されてしまった。

制服の形こそは似ていても、性質はまるで違う。真選組の全員が――例外は、今は亡き伊東さんくらいなものだろう――粗暴さを隠しもしない物言いをするが、この集団は基本的には品がある。毛並みの良さを嫌というほど感じさせる顔ぶればかりだ。

ただ、これは身内贔屓かもしれないけれど、こっちの集団に温かみは感じ取れない。良くも悪くもエリート警察だという印象だ。市民の警察という点ではこちらの方が上ではないでしょうか。

「おっ……お前らはっ……」

土方さんも制服を見て彼らの所属が分かったのか、鋭いその目を大きく見開いている。隠しもしない敵愾心が満ち満ちているその視線の先で、よく磨かれた漆黒のドアが開く。

「余計な助太刀でしたでしょうか。申し訳ありません。真選組の縄張りを荒らすつもりはなかったのですが。……アナタ方に仇なす賊を黙って見過ごせなかったまで。私……真選組のファンですから」
「その制服、まさか……お前ら……」
「鬼の副長殿に存じて頂けているとは、同じく江戸を護る者として光栄です」

後部座席より降りた男は、嘘か真か大変判別しづらい事を宣いながら、一列に整列した白い隊士達の前に出て、こちらに敬礼してきた。靴まで真っ白だ。汚れ一つないとは恐れ入る。

「私、ベタを塗り忘れた真選組じゃありませんよ」

あたしの思っていた事をズバリ当てられたようで、バツが悪くなって一瞬だけ視線が動いた。それを知ってか知らずか、男は名乗りを上げる。

「見廻組局長、佐々木異三郎と申します」
「見廻組っ……!」

いつぞやのシージャック事件で後始末をした連中だ。確かあの時はこの男は地球を離れていたんだっけか。

「この制服も、あなた方の制服をモデルにして作らせたのですよ。……私がいかに真選組のファンか、ご理解いただけたでしょうか」

どちらかというと当てつけじゃないかな。なんて反駁できる空気ではない。

この男はヤバい。

この男、間延びした顔つきゆえ、万事屋の旦那と同じ様な昼行灯に見えなくもないが、決して油断する事なかれ。

何も斬れない様に見せかけて、その実、その刃は比類なき鋭さを誇っている。この男はそういう類の人間だ。その証拠に、男がこの場に現れてから、血のにおいが鼻につく。何がしたいのか、男は散歩でもするようにこちらに向かって歩いてきている。鉄のにおいも近づいてきている。

においといってもゴーストが囁くとかその類の嗅覚だ。第六感とも。あたしの第六感は警鐘を鳴らし続けている。嫌な予感がする。刀に添えた手が、僅かに震えた。

「アドレス、サブちゃんで登録しておきましたから、二人共メールしてくださいね。こっちはトシにゃん、すみれっちって登録しておくんで」

二人揃って懐の中の重量が一つ消えている事に気がついた。どうやらすれ違い様に、携帯を抜き取ったらしい。……曲がりなりにも女の懐をまさぐるとはいい度胸してるなこの男。

――佐々木異三郎。

兎にも角にも、この男こそが名門佐々木家の嫡男。剣をとれば『二天』、筆をとれば『天神』、合わせて『三天の怪物』と畏れられ幕府より重宝される男である。

――季節外れの新入りが呼んだ嵐は、すぐそこまで迫っている。事象の真っ只中にいても、そう感じ取れた。
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