▼ 「甘酸っぱい涙は、貴重です」
「か…カズマ様のばかぁ〜〜!」
私は部屋のドアを閉めると、熱い頬を押さえて情けなく声をあげた。
部屋には誰もいないから、その声に答えは当然、ない。
ふらふらとソファに座り、膝を抱える。
「……絶対、遊んでたっ!私で遊んでた!」
思い出しても顔から火が出そうだ。
――さっき、翌日行われる会議について、彼と準備を進めていたとき。
大方の仕事は片付き、彼に『先に戻っていていい』と言われた。
お茶でもいれておこうと思い、おとなしくその言葉に従うことにした私は執務室を出ていこうとしたのだが、ふいに彼に呼び止められた。
振り返ると彼は一言、
『腹が減った』
机についたまま、無表情で言った。
『え、と……』
私は、ポケットを探り、持ってきていたキャンディを取り出した。
彼の元に近寄り、それを差し出す。
『これでよかったら、………きゃあっ!』
キャンディを受けとると思っていたのに、彼は私の手をぐいっと掴むと、予想もしない行動をとった。
キャンディを持った私の指に……噛みついたのだ。
『なっ……なななにするんですか、カズマ様っ……!』
動転してうまく喋れなくなっている私を解放すると、彼はにやりと笑った。
『今は、味見で我慢する』
そう言って、すっとキャンディを奪うと、そのまま食べもせずに書類に視線を戻す。
『……っ!……っ!』
私はもう、何も言葉が出なくなって、顔をまっかにしたまま、執務室を飛び出したのだった。
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