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クラスに馴染むのはあっという間で。生徒たちの進路相談や中間テストに向けての慌ただしい日々が過ぎていく。
そんな、ある日の放課後―――。
「……あれ?」
教室の施錠を確認していると、陽の沈んだ暗い教室の中で机に突っ伏して眠る彼の姿があった。
「駆くん、まだ帰ってなかったの。もう部活動も終わる頃よ? 早く帰りなさい」
「……あー」
わかったわかった、と手をひらひらさせながらゆっくりと起き上がる。
「今帰るって」
そう言って立ち上がった瞬間。彼の身体がぐらりと揺れた。
「駆くん!?」
「……っ」
咄嗟に抱き止めて支えた身体はずっしりと重く、その顔色は心なしか青白い。
「……悪い。ちょっと貧血」
「全然ちょっとに見えないじゃない! 具合悪いなら悪いって、どうしてもっと早くに言わなかったの! まさか一日中辛いの我慢してたんじゃっ……」
「はは」
「笑いごとじゃないのよ! もう、そういうところまでお兄さんそっくり。どんな無茶をしたって笑ってごまかすの、お兄さんもそうだった。すぐに車で送るから、歩ける?」
顔を覗き込むようにして尋ねる私に彼はムッとした様子で眉間に皺を寄せる。
そして大きく拳を叩きつける音と共に私を壁際へ追いやると、ぐっと顔を近づけた。
「な……、駆くん?」
「自分で帰れるからいい」
「どうして怒ってるの。さっきまでフラフラしてた足で一人じゃ無理よ。それなら親御さんに連絡……」
「親なんか呼んでも来ねーよ。知ってるだろ」
そういえば駆くんのお家はちょっと複雑な父子家庭で、たいてい自宅には兄弟しかいない。
面倒見の良い兄がいつも駆くんの親代わりって感じだったけど、その彼も就職をしてからきっと忙しいのだろう。
「他に頼れる人は?」
「いない」
「……最近ご飯はどうしてるの?」
「コンビニとか、適当に」
「そんな、育ち盛りなのに! ちゃんと栄養のあるものを食べなきゃだめ。だからこうして倒れるのよ」
思わず声を荒げる私の肩に顔を埋めるように、駆くんが額を押し当てる。
「だったらアンタが作れよ……うちに来てた頃はよく作ってくれたじゃん。つーか今、何で俺が怒ってるかわかんねーの?」
怒っているわりには甘えるような猫なで声で、切なげな吐息が肌にかかる。
黙ったまま答えずにいる私にしびれを切らしてか、駆くんはさらに私の肩へ重みを預けた。
「……アンタが兄貴兄貴うるさいから妬いてんの。わかれよ、それくらい」
駆くんの耳がちょっぴり赤い気がするのは……気のせい、かな……。
それとも本気で言ってるの……―――?
一瞬心臓の奥がドクンと高鳴るのを感じながら、彼の身体を両手で押し返した。
「このまま生徒を一人で帰すわけにはいかないし、やっぱり私が送る。すぐに施錠を終わらせるから、駆くんは支度をして待ってて」
「…………生徒、ね」
駆くんの口からぽつりと呟く声が聞こえたが、その先を尋ねることはなかった。
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