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「なに? こんなとこ呼び出して。そんなに俺と二人きりになりたかった?」
昼休み、備品室へ現れるなり彼は陽気な笑顔を浮かべて近付いた。
しかし目の前でピタリと止まると、不満げにポリポリと頭を掻く。
「……なんて、冗談だっての。どうせ今朝のことで説教すんだろ?」
「その通りよ。女子生徒もいるのにあんな下品な発言はやめて」
「はいはい、悪かったな。つーかアンタも警戒心くらい持てよ。生徒相手だからって個人情報をベラベラ喋んな。初日から真面目過ぎ。気合い入れ過ぎ」
「そんなに喋ってたかな、私」
「独身だとか、彼氏がいねーとか、あわや住所まで口走ってたろーが。あんなの飢えた男子の餌食にされんぞ。もっと気を付けろ」
こつん、と彼の拳が額に触れる。
その馴れ馴れしさに眉間にしわを寄せて目を細めると、そんなに不細工な顔だったのか彼はおかしそうにふっと笑った。
「……あ……」
一瞬、あの人と重なった。
笑うと目尻が少し下がって、頬に薄っすらとえくぼができる。右目の下にあるホクロの位置まで同じ。彼は一個で、あの人は二個。
「げ。今、兄貴のこと思い出してたろ。すげー嫌だ」
「あ……ごめん。やっぱり似てるなぁって」
「そりゃあ似るわな。血繋がってんだし」
そう、『あの人』とは―――駆くんのお兄さんであり、私の元・恋人でもある。
大学に入学してすぐ交際を始め、卒業と同時にお別れした。
どちらかが悪かったわけでも、突然気持ちが離れていったわけでもない。ただあの頃は、お互いに夢と未来に向かって必死だったのかもしれない。いつの間にかそうなってた。
交際中はよく彼の家にお邪魔していたこともあり、弟の駆くんとはその頃からの顔見知りで、時々勉強を見てあげたりもした。
まさか私が駆くんの通う高校へ赴任し、担任にまでなってしまうとはあの頃想像もしていなかったけど……。
「そうだ、駆くん。お昼まだでしょう? お説教はおしまい。良かったらこれ食べて」
「は?」
「下品な言葉は気に入らないけど、駆くんがクラスを和ませてくれたおかげで緊張がほぐれたの。そのお礼よ、どうもありがとう」
先ほど売店で購入したばかりの袋を手渡すと、中身のコロッケパンを覗きながら彼は笑う。
「へえ、よく知ってるじゃん。俺の好物。言ったことあったっけ?」
「お兄さんから聞いたのを覚えてただけよ。よく駆くんの話をしてたから」
「何だそれ。兄貴に俺の噂されるとか気持ちわりーんだけど。……つーかアンタ、そんな風に話せるってことは兄貴のこと吹っ切れたんだ?」
「別に、始めから引きずってないもの」
「ふうん。だったら、マジで狙ってもいいってこと」
意味深げに駆くんが見つめる。
「どういう意味?」
「そういう意味。俺、兄貴に遠慮とかしねぇよ?」
にやりと口角を上げ、くるりと背を向ける。
「じゃあね、木実センセ。これ、ごちそーさま。次は手作り弁当でよろしく」
袋をカサカサと振りながら、駆くんは軽い足取りで教室から出て行った。
私はただその広い背中にどこか懐かしさを重ねて見つめるだけだった。
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