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「えぇー、花菜と柊くんって付き合ってるんじゃなかったの!?」
講義を終えた、カフェテリアで。突然声を張り上げた友人は、目を丸くしながらテーブルの上へ身を乗り出した。
「だって柊くん、いつも花菜の講義が終わるの待ってるし、サークルも一緒だし、高校も同じ出身なんでしょ? 私、てっきり二人はデキてるんだとばっかり」
本当に? と目を細めて確かめる彼女に私より先に頷いたのは、隣に座っている、一つ年下の……柊くんだ。
「そうなんですよ。花菜先輩、なかなかなびいてくれなくて。俺は今でもアタックしてるんですけど」
「えー、こんな可愛いイケメンたぶらかすなんて、花菜もやるぅ!」
「えっ、いや、私は……」
「本当、いつになったら俺に夢中になってくれるんですかね。花菜先輩?」
柊くんは頬杖をついて、にっこりと微笑みを向けた。
「わ、私っ……図書館寄るからそろそろ……!」
「え、もっと聞かせてよー! 花菜ってば普段全然話してくれないんだからさぁ」
「くす……先輩は恥ずかしがり屋さんなんですよ。そういうところも大好きですけど、あんまり調子に乗って嫌われちゃったら困るんで、俺たちのことはそっとしておいてもらえますか。すみません」
「うぅ、なんていい子なの! こんなに愛されてる花菜が羨ましいわ……」
涙を拭う手振りを見せる友人に、すかさず私は鞄を取って席を立った。
「じゃあっ……私はこれで」
「あ、なら俺も一緒に失礼します。お喋り、楽しかったです。また今度ゆっくり」
キラキラと眩しい笑顔を作ってみせ、友人への気遣いの言葉も忘れない。
相変わらず柊くんは爽やかで、人当たりが良くて、愛嬌があって……どこにも欠点なんてない。
ただ一つ、困ったことを除いては―――。
「……あーあ。俺が彼氏じゃないってこと、バレちゃったじゃないですか。そう思われていた方が、先輩を独り占めできると思ってたんですけど」
図書館へ着くなり、彼の雰囲気ががらりと一変した。
不機嫌そうな低い声、獲物を捕らえる獣じみた視線、薄っすらと笑みを浮かべる唇。
誰もが知っている"柊くん"じゃなくなる瞬間だ。
「ねえ、何で俺じゃダメなんですか……? 花菜先輩は、俺のこと……嫌い?」
甘えるような口ぶりで、だけどどこか鋭い眼光でじっと私を見つめる。
「き、嫌いじゃないよ。でも……付き合うとかよくわからないし……」
「ふぅん……別にいいですよ。花菜先輩の側にさえいられるなら、今はそれで許してあげます。それに先輩だって、本当はもう俺がいなきゃ満足できないってわかってるでしょ?だからこうして逃げない」
耳元に唇を寄せて、耳朶を甘噛みしながら彼が囁く。
思わず距離を取るがすぐに間合いを詰められてしまう。
首筋をぺろりと舐められ、背筋がぞくぞく震えた。
「っ……! こ、こんなところで……」
「こういうの、ちょっと興奮しません? ベッドの上で一枚ずつじっくり脱がせていくのもいいですけど、たまには刺激が欲しいと思ってるんじゃないですか? だって先輩は変態だから」
言いながら彼は私の背を本棚へ押しやって両手首を押さえ付ける。
そのまま肩に顔を埋めると、ちゅうっと肌を吸い、薄い赤の斑点を残した。
「ぁっ……、や……こんな、誰かに……見られたら……っ」
「見せつけてやりましょうよ。花菜先輩の身体は俺のものだってこと、世の男共に知らしめておかないと、どこで悪い虫が寄ってくるかわかりませんから」
彼はそのまま唇を下へ走らせ、鎖骨にキスを落とすと、スカートの裾から手を忍ばせて内腿を撫で上げた。
「はっぅ……う……やぁぁ……!」
「ほら、もう興奮してるじゃないですか。そんな顔されると堪らないですね……今すぐ犯してやりたくなります」
熱を孕んだ吐息を吹きかけられ、びくっと肩が上がる。
同時に彼の指がショーツの隙間から滑り込んで秘部に触れた。
ぎゅっと目を瞑ると彼は額と額をこつんと合わせて静かに呟く。
「先輩、いつも全然抵抗しないけど。こんなこと許していいの、俺だけですよ? わかってます?」
「う、ん……」
「本当に? じゃあ、少しは俺、先輩の中で特別ってこと?」
「……うん」
少しなんて、嘘。本当はすごく特別。
だけど―――時々柊くんのことを怖いって思ってしまう。
私に向ける感情が、どこか歪んでいるような気がして。
きっと今のままがちょうどいい。彼にとっても、私にとっても。
越えてはならない一線があるとすれば、きっと今の関係がその瀬戸際ラインだ。
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