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「はあっ!? お父さん、今何て言った!?」
朝起きて階段を降りようとしたら、パジャマ姿で仁王立ちした父が階段下からものすごい形相で「結婚しろ!」なんて言い出すもんだから、思わず足を踏み外して大惨事になるところだった。
「知里、頼む! この通りだ! 高校卒業したら結婚してくれ!」
「ちょ、ちょっと待って!! お父さん寝ぼけてる!? ていうか娘にプロポーズって何考えてんの!?」
「このドアホ! 父さんとお前が結婚するわけないだろう!」
「だったら誰と……」
そこまで言いかけて口を閉ざした。
まさか……まさかとは思うけど……父が急に突拍子もないことを言い出すのは、決まってアイツが関わっている時。
ってことは、今回もまた……
「ようやく察したな、知里。いいか? お前は高校卒業したら彼と結婚するんだ。受験もしなくていい、就活の必要もない、さらには先方から婚約を申し込んできているんだ。こんなにウマい話がこの世にあるか!? ないだろう!?」
「そんなこと言ってるからすぐセールスにつかまるの! アイツが何を言ってきたのか知らないけどね、私はあんなヤツと結婚なんてしないから」
「あんなヤツだと!? どこでそんな口の利き方覚えてきたんだ! 彼のことは瑞人様と呼べといつも言ってるだろう!」
父の怒りはついに沸点に達したようで、私の肩をガシッと掴むと激しく揺さぶる。
「知里、よーく考えてみろ。瑞人様は大財閥の御曹司様だ。そんな素晴らしいお方に結婚を申し込まれたんだぞ!? これでうちは生涯安泰。お前が路頭に迷う人生を歩むこともない。頼むから彼と結婚してくれ!」
血眼で迫る父の腕を振り払うと、リビングからこっそり覗き見ていた母までもが懇願するような視線で訴えてくる。
まったくこの家族は揃いも揃って……私は大袈裟に溜め息をついて言い放った。
「ほんっと信じられない! まんまと騙されるなんて。あんな金持ちのボンボンが私なんかと結婚したいなんて本気で言うわけないじゃん。またどうせからかって楽しんでるだけ。ただの暇潰しゲーム。アイツはそういう男なの!」
「いい加減にしろ、瑞人様のことを悪く言ったら娘だろうと許さんぞ! 父さんの工場が倒産寸前で救われたのはあの財閥一族のおかげなんだ。恩を忘れるとは何様だ!」
「っ……、いい加減にしてほしいのはこっちのセリフでしょ。娘の幸せそっちのけで勝手にそんな話を進めて。もう知らないっ、行ってきます!」
「知里!!」
私を呼ぶ父の叫び声を無視して玄関を飛び出した。
朝早くから何だってこんな騒動になるのよ。
お父さんを騙して有頂天にさせて、舞い上がったところでどん底に突き落とすつもりだ。絶対そうに決まってる。
本当許せない、瑞人のヤツ……!
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