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「あー、もう! むかつくむかつくむかつくー!! 金と権力で何でも手に入ると思ってるんだから、アイツは!」
校門をくぐるなり、合流した親友のメグに向かって怒りをぶつけた。
メグは今さら驚くこともなく冷静に私をなだめてくれる。
「まぁまぁ、落ち着きなって。いつものことじゃないの、知里が瑞人くんに振り回されることなんて。今回もまた軽く流しちゃえばいいだけでしょう?」
「それはそうなんだけど……お父さんまで巻き込むなんて最低でしょ? うちの両親、本気で真に受けちゃって朝から大変だったんだから」
「はは……苦労するよね、知里も。あんなお坊ちゃんに気に入られてるなんて」
「気に入られてる? どこが! からかわれてるだけに決まってるじゃん。たとえ冗談でも誰がアイツと結婚なんて……、ぁわっ…!?」
急に後ろから制服を引っ張られ、よろめいた私の頭上からスッと黒い影が射した。
「よう、花嫁。俺が何だって? 朝から噂話するなんてよっぽど俺のこと好きなんだな、お前」
「っ……瑞人、いつからそこに……!? だいたい、噂話じゃなくて悪口言ってたのよ! ね、メグ」
「えー……あー、どうかなぁ? ははは……」
彼の鋭い目つきに睨まれてメグは私を置いてそそくさと距離を取る。
そんな彼女に瑞人はニコッと表情を一変してみせると、強引に私の肩を抱いた。
「持つべきものは空気の読める友達だな」
「ちょっ、触んないで変態!」
いつものごとく罵声を浴びせたところでこの男が動じるはずもなく。より一層引き寄せられると同時に、周囲を歩く女子たちから軽く悲鳴が上がった。
「チッ、うるせーなぁ。ちょっと黙らせろよ、知里」
「瑞人が騒がせてるんでしょ。この手を離してくれたらすぐに黙ると思うけど」
「ならいい、そのままで。お前抱いてるとプニプニして気持ちいーし、この肉厚が」
「こっちは歩きにくいってば!」
こんなやり取りが毎朝のこととなれば怒りを通り越して呆れにも思えてくる。
何で一般庶民の私が、このボンボンの標的にされなきゃならないのか……未だに理解できない。
小さい頃に父の経営する小さな工場が倒産寸前に陥り、瑞人のお父さんに多額の金で買収されたのが運の尽きだった。
おかげで工場で働く社員は誰一人として職を失うこともなく、経営の立て直しにも成功。お父さんは彼ら一族に心から感謝しているようだけど……私はというと、それ以来御曹司の瑞人の遊びに度々付き合わされ、恥をかかされ、コキ使われ。まるで彼の下僕のような生活が続いていた。
しかも彼は、私があえて庶民的な高校を選んだにも関わらず、こうしてのうのうとついてくる有り様。まだ入学して間もないっていうのにもはや校内一の有名人。
真っ黒のリムジンに何人もの執事やら護衛やらを従えて登下校してたらそりゃ有名にもなるけど、それだけじゃない。
認めるのは悔しいけど、見た目だけは……正直カッコイイ。
どこぞのアイドルグループにいそうな爽やかな顔。細くて茶色がかった綺麗な髪。180は超えていそうなすらりと伸びた背丈。
まぁ、本当……見た目だけなんだけど。
「何ジロジロ見てんだよ。ついにお前も惚れたか? この俺に」
「寝言は寝てから言ってくれる? ……ほんと、無駄に顔だけはいいんだよなぁって思っただけ。綺麗な顔してるよね、瑞人って」
「……っ!? な、何言ってんだお前」
「え?」
瑞人がバッと私を離して視線を逸らす。
その横顔はほんのり赤く染まっているようにも見える。
「やめろよ、真顔で急に変なこと言い出しやがって。……気持ちわりーだろ。鳥肌立った」
「はぁ? 人がせっかく褒めてあげてるのに気持ち悪いって何よ。あぁそれから、あとでお父さんに弁解しておいてよね。完全に信じちゃってるみたいだから。結婚のこと」
「あぁ? 弁解? あれは……」
「瑞人様ぁ! ごきげんよう。教室まで私たちとご一緒しましょうよぉ」
瑞人が何か言いかけていたけど、私と離れた隙にすぐさま女子たちに囲まれてしまいその声は届かなかった。
私とそう変わらない庶民のくせして、濃い化粧とお嬢様気取りのミーハー瑞人ファン。
馬鹿げているとは思うけど彼女達のおかげでようやく彼から逃れることができ、心の中で安堵のため息をつきながら私も教室へと向かった。
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