チョコレート・KISS | ナノ

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「あの……佐久真先輩! よかったら、バレンタインチョコ……受け取ってくれませんか?」

 ずっと気になっていた大学のサークルの先輩。
 いつもその姿を遠くから見つめるばかりだったけど、今日こそはと意を決して初めて彼に声をかけた。

「このチョコ、優雨ちゃんが作ったの? すっげー美味いんだけど。売りモンみたい」

「本当ですかっ!? 先輩のお口に合って良かったです」

「うん、だからもう一口ちょうだい。あーん」

「っ……は、はい……!」

 お酒が好きな先輩のために一晩かけて作ったシャンパン入りのチョコを一粒摘んで、そっと口の中に運ぶ。
 先輩の隣に座っているなんて夢みたいでそれだけで手が震える。

「マジで美味い。ウイスキーじゃなくてシャンパンってとこがいいよね。気に入った」

「先輩がお好きだって聞いてから毎日味を試行錯誤して……って、そんなこと言ったら恩着せがましいですよねっ!? す、すみません!」

「はは。優雨ちゃんって面白いね。こんな可愛い子がサークルにいたの今まで気付かなかったなんて、なんか損した気分だなぁ」

「せ、先輩の側にはいつも綺麗な女の人がいますから……私なんかそんな、仕方ないっていうか……」

 先輩のことを周りに尋ねると良い噂はあまり聞かない。
 女をとっかえひっかえしてるとか、酔うとすぐに手を出すとか、本命の彼女は体の相性で決まるとか。
 それでも、一目見た時からどうしようもなく惹かれてこの人を好きになってしまったのだから……全てを受け入れて挑むしかない。そのための今日なのだ。

「優雨ちゃんさー。一応聞くけど、これって義理チョコじゃないよね」

「もっ、もちろんです! 先輩のためだけに作った本命チョコ、です……」

「俺の噂聞いてないの? 女にだらしないとか、手が早いとか、あれ全部ホントのことだよ?」

「それは……その、知ってます……。あっ、でも! 先輩がどんな人でも私は気にしっ……」

 言葉を遮って、突然先輩がぐっと私の肩を引き寄せる。
 と同時に先輩の鼻がすぐ目の前にあって、唇が柔らかいものに覆われていて……。

「っ……!」

 キスしてる。
 そう理解するまでに五秒もかかった。
 さらにそこから先をどうしていいのかわからなくて、背筋を伸ばしたまま固まってしまう。

「ん……っ」

 一瞬離れたかと思えば、今度は先輩の腕が私の首に回され、少しだけ顔を傾けてまた唇が重ねられる。
 キスなんて妄想の中でしかしたことがなかったから実践はとても難しくて、息継ぎの仕方さえよくわからない。
 必死で呼吸しようと唇を開くと先輩の舌がぬめりと入り込んでくる。

「んん、ふ……っ……」

 私の舌をぐにぐにと奥へ押し込むように絡み合ってくる。
 ほんのり香るお酒の匂いと、微かに感じるチョコの甘み……それが初めてのキスの味。

「俺がこういう男なの知ってて近付こうなんて、優雨ちゃんも案外悪い子だったりして」

「っ、私は……ただ先輩のことが好きで……」

「はは、俺みたいな奴のどこがいいのかわかんないけど。逃げないってことは、覚悟できてるってことだよね?」

 そう言って先輩が私の顎に親指を添え、下唇を引き下げる。

「優雨ちゃんにも食べさせてあげるよ、口開けて」

「ん、っ……う……!」

 先輩は自分の口の中へチョコを放り入れると、そのまま私の唇を塞いで流し込んだ。
 舌の上に広がる極上の甘さは二人の熱であっという間に溶けてなくなる。

「あれ、優雨ちゃん顔真っ赤。もしかして酒だめだった?」

「いえっ! これは……その」

「あぁ、はは、照れちゃった?」

 瞳に薄っすらと涙を浮かべながらコクコクと頷くと、先輩は視線を逸らす。

「そういう反応されるとこっちまで照れるんだけど」

「えっ!? すっ、すみません……!」

「いや、別に怒ってるわけじゃなくて。……あー、何か俺、優雨ちゃんみたいな子に手ぇ出すの気が引けてくるなぁ」

 私が慣れていないから呆れてしまったのか……離れようとする先輩の袖をがっちりと掴んで引き止める。

「だ……大丈夫ですっ! 私、覚悟できてます……そのために今日先輩に告白したんです。本当に好きなんです。先輩のこともっとたくさん知りたいですっ……だから、あの、やめないでください! 私を抱いてくださいっ……!!」

 先輩はちょっとだけ驚いたように目を瞠っている。
 勢い余ってとんでもないことを言ってしまったと慌てふためく私に、先輩は柔らかい笑みを浮かべてくれた。

「ははっ、優雨ちゃんホント最高。そんなストレートに言われたの初めてだよ。今のはちょっとキた」

 先輩は最後の一粒を口に含みもう一度優しくキスをすると、じっと私を見つめて微笑んだ。

「そこまで言うなら遠慮はしないよ? 据え膳食わぬは男の恥ってね」

 楽しげに言いながらそっと身体が押し倒される。
 すでに臨戦態勢は万全のつもりだったが、硬いソファの感触にハッと肝心な事を思い出す。

「ぁっ……、せ、先輩……あの、私っ……!」

「うん?」

「ここ、部室なの忘れてました……! そろそろ他の人が来ちゃ……っ、んぅっ……!」

 先輩の口付けが邪魔をして最後まで言わせてもらえない。
 強く望んでいたことが目前に迫った途端、ドキドキが止まらなくて苦しくて。
 こんなの誰かに見られたら、私……―――
 ぎゅっと目を瞑り震える手を握りしめると、先輩は唇を離してふっと息を吐いた。

「ごめん、意地悪し過ぎた? まぁ俺は見られても燃えるタイプだけど、優雨ちゃんにはちょっと刺激が強すぎるかな。うん、ちょっと待ってて」

「先輩……?」

 急に立ち上がってドアの方へ歩いていく先輩の後ろ姿を上半身を起こして見上げた。
 鍵をかけてドアノブが回らないことを確認し、悠然とこちらへ戻ってくる。

「鍵はここにあるし、これで誰も入れないよ」

「で、でも」

「俺に抱かれたいんでしょ? だったら今はもう、他の事を考えるのはナシ」

 そう言いながら、再び先輩が私を組み敷いて覆い重なった。

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