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パソコンと向き合って座ると、彼はカタカタとキーボードに指を走らせ始めた。
時折前髪をかき上げるその仕草が妙に色っぽくて目を奪われる。
「……」
小説家と言えば通常世間に顔を出すことはないが、編集長が突然"イケメン若手作家"と大々的に売り出した時には、どんな爽やかな文学王子が現れたのかと胸を躍らせたものだ。
実際に私が彼の担当となり初めて顔を合わせた時には、知的で誠実で、大人びた風貌の傍らどこか少年らしさを持ち合わせた絶妙なバランスが印象的で、思わず見惚れてしまったほど。
有名な文学コンテストの新人賞を受賞するとすぐにメディアに取り上げられ、途端に彼の人気は沸騰した。
しかし、あくまでもそれは外見の話で。
蓋を開けてみれば、想像とはだいぶかけ離れた厄介で一癖ありげな変わり者……。
いくら容姿が整っていたところで、肝心の中身がこれじゃファンの女子中高生はきっとがっかりするに違いない。
それより何より、私は彼の仕事のパートナーとして、今はただ原稿の期限を守ってもらわないと困るのだ!
あれこれと考えを巡らせる私の視線に気付いた彼が少しだけ顔を上げた。
「まだいたんですか。原稿は後からFAXで送信しますよ」
「そう言っていつも何週間も待たせるじゃないですか。言いましたよね? 今回は私のクビがかかってるんです。この手で受け取るまで帰りません! 恭也さんのことも、一歩も外へ出しませんから」
「随分と横暴ですねえ、理紗さん?」
急に名前を呼ばれて不覚にもドキッとしてしまったなんて口が裂けても言えるわけがない。
私は小さく咳払いをして平常心を装う。
「やっと名前を覚えてくれたんですね、光栄です。恭也さんのことですから、そうでもしなきゃまた期限を先延ばしする気でしょう。今度ばかりはそうはさせません」
「そうですか」
落ち着いた彼の声は一瞬諦めたかのようにも見えたが、すぐに私の勘違いだと気付かされる。
彼は薄っすらと笑みを浮かべて立ち上がり、ゆっくりとこちらへと近づく。
「だったら……手伝っていただけますか? 僕が原稿を書き上げるまで、君は時間を持て余しているんでしょう?」
「しっ、失礼な! 私だって他にもやることはあるんです。……まぁでも、締め切りに間に合わせてくださるなら、私にできるお手伝いくらいは……」
「じゃあ、まずは脱いでください」
「はいっ……!?」
突拍子もない命令に声が裏返った私に対して、彼は至って大真面目だ。
私の腰に手を回すと急にグイッと身体を引き寄せた。
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