前半戦の続き





 3日前に音楽番組で共演した時は、14日にはお仕事が無いと言っていた。事務所の皆――カイトさんやめーちゃんやリンちゃんにレン君達だとか――も、何だかんだと収録や撮影が入っているから、遊ぶ人も居なくて暇だわ。と悪戯っぽく笑っていたけれど――。
 ――本当に暇なのかどうかは分からないからなあ、なんて。少しだけ卑屈な事を考えてしまう。
 お仕事が詰まっている事務所の皆には、今日は会えないから、明日チョコレートを渡す予定だ。もちろん、ルカちゃんにも。本命だなんて事は隠して、「いつもありがとう」って渡すシミュレーションは、これ以上ない程完璧。想像上のわたしは、アカデミー賞確定の女優――まあ、頭の中の話なのだけれど。

「あーあ……。」

 まあ、いくら女優になれたって、ううん、なれなくたって仕方ない。
 14日を過ぎたチョコレートに、武器としての力は宿らないのだから。威力なんて半分も無くなってしまう。14日に渡せた所で、武器になるかなんて言われたら痛い所だけれど、それでも15日よりはずっとずっと良いと思う。けれどお仕事だから仕方がない。
 ――でもそれは言い訳だって事くらい、理解していた。
 渡そうと思えば、14日より前にだって渡す事ができたはず。そう、例えば、ルカちゃんと共演した3日前だとか。渡す事ができなかったのに、渡せなかったのは、少しの期待と意地があったから。

「ルカちゃんからチョコレート、欲しかったな……。」

 チョコレートを渡すより渡されたかったな、なんて思うのは、女の子失格なのだろうか。敵前逃亡した兵隊みたいなものなのかな。でも、やっぱりルカちゃんから欲しかった。ルカちゃんから心を狙い撃ちされてみたかった。
 ――まあね、空と地面がひっくり返って、カイトさんがアイスクリームを嫌いになって、めーちゃんがお酒を飲めなくなって、レン君がリンちゃんに勝てるようになったとしても、ルカちゃんがわたしをそういう意味で狙い撃ちしてくれる事なんて有り得ないけれど。
 ああでも、ルカちゃんがにっこり笑って、綺麗なラッピングを差し出してくれないかなあ。そうしたらわたし泣いちゃうかも!どうしよう!ルカちゃんの事だから、きっと手作りじゃなくて既製品かな。しかもかなり有名なお店の、とか。ううん、別に高級品が食べたいとかそういう訳じゃなくて、ルカちゃんがくれるなら何でも嬉しいんだけど。そう何でも、何でも良くて。

「うう……何だか虚しいなあ。」

 どんなに赤いハートやピンクのリボンが頭の中をぐるぐる回っても、あと9時間でバレンタインは終わってしまう。少しだけのいらいらに、パタパタと足を踏み鳴らしてみた所で、何が変わるわけでもない。ああいっそ電話でもしてみようかな。でもどうしよう、今日は無理なの、なんてルカちゃんの声で言われたら。わたし、違う意味で泣いちゃうかも。じゃあメールかな。待って。返信が返って来なかったらどうするの。ああ、わたしってこんなに弱虫だったかなあ、意気地無しだったかなあ。

「うーん……でもやっぱり、うん、電話してみようかな……っ!」
「あら、何処かに電話するの?」
「もちろん、ルカちゃんに。」
「私に?」
「そう、ルカちゃんに……、……!?」

 振り向いた先には、今正に電波を飛ばそうとしていた相手、ルカちゃんが居た。
 目は悪くない筈の彼女が、黒い縁取りの眼鏡をしている。オフのお忍び用だとすぐに理解できたけれど、彼女のトレードマークでもある、透き通るような桃色の髪は、チョコレート色のキャスケットや、その首元に巻かれたホワイトチョコレートみたいに真っ白なマフラーの下からでもよく見えていた。
 チョコレートのふたつの色に、ピンク色なんておいしそうなカラーリングだなあ――じゃあなくて。

「どうして、ここに……?」
「3日前に、14日は此処でお仕事って言っていたでしょう?ミクちゃんのマネージャーさんに、3時にはお仕事が終わるって聞いていたから、ちょっと来てみたの。」
「そして、いつの間に……?」
「あら、ノックはしたのよ。そうしたら、何だか唸っている声が聞こえたから、もしかして具合でも悪いのかと思って、入らせてもらったのだけれど……元気そうねぇ。良かった。」
「はい、お陰さまで……。」

 よしよし、と頭を撫でられてとっても心地良い。子ども扱いされている気にはなったけれど、その手の柔らかさが伝わるだけで嬉しくなってしまう。ふわふわとした気分に浸っているわたしでは、ルカちゃんがここに居る理由にも全く想像がつかなかった。

「お仕事お疲れ様。……ねえ、ミクちゃんはこれから暇かしら?もしかして誰かと約束が?」
「いっ、いいえ!もう着替えて帰りますけれど!」
「そうなの、良かった!じゃあ、またデートしましょう?今日は家でお休みしてようかとも思ったのだけれど、TVでバレンタイン特集を見てたら甘いもの食べに行きたくなって……でも、わざわざこの日に1人で出歩くのも忍びないでしょう。だから、また付き合ってくれないかしらと思って。」

 あれ、これって前と同じ展開じゃない、かな。
 そう気付くよりも前に、わたしはルカちゃんの表情に見惚れていた。
 いつもメディアでは凛としているルカちゃんが、今日は悪戯っぽい微笑を浮かべている。しかも、貴重なウインクというオプション付き、なんて。
 その、わたしが憧れて止まない大人っぽさは変わらないけれど、彼女の可愛らしく綻んだ頬を、今は私しか見ていない。それを、今日のこの日に独り占めできる事が嬉しくて、私は思いっきり頷いた。

「そんな事無いです!行きましょう!私も丁度チョコレートケーキ食べたいなあなんて思ってた所なんです!」
「そう、良かった。じゃあ行きましょう、今日は御馳走するわ。」
「そんな、前もそう言って御馳走してもらったのに……!」
「良いのよ、年上には甘えておきなさいって前も言ったでしょう?私からのバレンタインチョコレートって事にしておいてくれれば良いわ。その代わり、ホワイトデー、期待しているから。」

 ルカちゃんからチョコレートを貰いたい、という私の夢は思わぬ形で叶ってしまったみたい。想像していたシーンとは違うけれど、ただプレゼントを貰うよりも、今日この日に一緒にお出掛けができる方が、ずっとずっと、ずっと嬉しいに決まっている。
 チョコレートはまだ食べていないけれど、私の心は既に狙い撃たれ過ぎて満身創痍。嬉しい悲鳴ってこういう時に使うのかな。――何だかちょっと違う気がするけど、まあいいや。白旗だってぶんぶん振っちゃう。でも負けた気がしないというか、負けて嬉しい、なんて。これが、負けるが勝ち?――それも多分違うけど、もういいの。
 わたしは冷蔵庫にしまってあるチョコレートを思い出した。あれは、カイトさんと、めーちゃんと、リンちゃんレンくんと、それから、ルカちゃんの分。でも、ルカちゃんの分はきっと渡さないかもしれない。どうしてってルカちゃんに訊かれたら、わたしはこうやって答えようかな。

 ホワイトデーに反撃するので、待っていてくださいね。



ショコラの憂鬱(2)



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