※ネギ→トロ今更バレンタイン。
ロザリオビアンコの何ヵ月か後と思って頂ければ幸い。(ナチュラルに続いているので、未読の方は先にそちらを読んで頂けると。)しかしデジャビュ。
かなり長い。





 2月の中頃になると、街はいつも少しだけ甘い匂いがするような気がする。
 ここにもそこにも、赤いハートやピンクのリボンのマークがいっぱいに溢れた風景は可愛らしくて、自然と頬が緩んでしまうくらい。この時だけは、茶色を「茶色」なんて呼ばないで、何故か「チョコレート色」と言いたくなる。
 そう、つまりはバレンタインデー。女の子たちの、可愛らしくて華やかで、それでいて壮絶な戦いの日。
 有名ブランドの宝石みたいに輝く高級なチョコレートから、ゴムベら片手に湯せんと格闘した結果の素朴な手作りチョコレートまで。この世のありとあらゆるチョコレートは、この日だけはすっかり強力な槍・剣・弓矢・爆弾・マシンガン・大砲……エトセトラ・エトセトラの武器に変わってしまう。可愛いハートマークやリボンマークのふわふわした幻想の向こうで、女の子たちは、大好きな人の心を目掛けて武器を振りかざすのだ。
 「恋は戦争」なんてよく言ったもので、まさに今日は決戦の日――なの、だけれども。

「初音さん、次はこちらに目線下さーい!」
「あ……、はぁい!」

 カメラのきらきらしいフラッシュにとり囲まれたわたしは、どうにもそんな戦いに乗り遅れてしまったようだった。
 バレンタインデーのイベントに、ゲストとして参加するお仕事を頂いたのは、もう半年近くも前のお話。とある製菓会社が販売しているチョコレートのイメージキャラクターを務めているわたしが、当日の特別トークイベントにも参加する事は、半ば義務だった。
 大好きなお菓子のCMに出演させてもらえるなんて、とっても嬉しくて誇らしくて、すごくすごく楽しかった。けれど――バレンタインデー当日までお仕事が入るなんて、盲点だったなあ。そんな言葉はこくんと飲み込んだ。
 もちろん、お仕事をないがしろになんてする気はない。お仕事はお仕事で、今、この瞬間も楽しい。けれど、少しだけ。バレンタインの空気から仲間はずれにされてしまったみたいで、ちょっと心がしおれてしまった。
 「お仕事としてのバレンタイン」ではなく、「プライベートとしてのバレンタイン」に勤しみたかったなあ、なんて。

「――では、ミクさん。今日これからのご予定は?」
「ふふ、実は無いんですよー……。今日はこのお仕事だけで、これからお家に帰ります!」
「あら、意外ですね!では、今年はチョコレートをいくつ作られましたか?」
「ええと……今日お仕事を一緒にさせて頂いた方達の分を作ったので……、多分30個くらいです。あとは、渡すのは明日になってしまうんですけど、事務所のお友達の分もいくつか作りましたよ。」
「沢山作りましたねー。……それで、本命のチョコレートをあげたい方は……?」

 ああ、出た!この質問!
 インタビュアーの女の人の目が、少しだけ意地悪くきらりと光ったような、気がした。わたしは心の中だけで、肩を竦めたつもりになる。実際にはしないけれど。だって、わたしのわずかな仕草だって、この人たちは見過ごしてなんかくれないのだから。
 ゆらりと揺れた心の内を、丁寧に抱えこんで隠しながら、わたしは慎重に、慎重に、言葉と、仕草を、選んだ。

「いませんよー。今のわたしの本命はお仕事ですから!」
「では、今、本命の方はいないという事で……?」
「ふふ、今はお仕事に精一杯なんです。」

 そうですか。今、お仕事が大変ですからね。少しだけ残念そうな響きを言葉の端っこから滲ませて、インタビュアーさんは笑っていた。

「それでは、バレンタイントークイベントはこれにて終了になります。ゲストは初音ミクさんでした!」
「ありがとうございました!みなさん良いバレンタインデーを!」

 最後にひとつお辞儀をして、お客さんたちの声援と、記者さんたちの激しいフラッシュとシャッターが降り注いでいる中を退席する。
 おつかれさま。疲れたでしょう。マネージャーさんの優しい声に首を振りながら、楽屋へと戻った。


「今日は少しだけ、嘘、ついちゃったなあ。」

誰もいない、一人っきりの楽屋の中で、わたしはぽつりと言葉を落とした。しぃんとした楽屋に、波紋を少し広げただけで、小さな言葉はすぐに溶けていく。他の人には聴かれたくない言葉だから良いのだけれど、それでも、誰にも掬ってもらえない言葉は何だか悲しいなとも思ってしまった。
 わたしは今日、嘘をついた。基本的に、お仕事のトーク番組でも、わたしは嘘をつかないようにしている。それでも、やっぱり嘘をつかなくちゃならない時がある。特に、今日みたいな恋のお話に関しては。
 「本命はお仕事」、なんて嘘。もちろんお仕事も大切だけれど。ファンの人にも申し訳ないけれど。お仕事は、ほんとうは二番目だ。
 わたしが心から想う一番は、少しだけ年上の、透き通った桃色の優しいあの人に決まっている。

「ルカちゃん、今日は何してるんだろうな……。」



ショコラの憂鬱(1)



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