※ボカロでネギ→トロの百合
アイドルミクとディーヴァルカの芸能界パロ的な要素有り




待ち合わせは駅の西口に、2時半ちょうど。今はきっかり5分前。銀色に光る街の中を、わたしは立っている。申し訳程度の伊達メガネは、私をいとも簡単に雑踏の中にうずめさせた。たくさんの人たちが、わたしの前を、後ろを、横をするりと歩いていく。たくさんの足音、たくさんの話し声、たくさんの眼差し。けれど、こんなにたくさんの人がいても、わたしの心の中を覗ける人は誰もいない。わたしが今どんなにどきどきしているかなんて、誰にも分からないのだ。そう、誰にも。これはわたしだけの秘密。
そわそわと勝手に動いてしまう肩をもてあまして、目の前のビルの大きなモニタに視線を持ち上げる。そこに映し出された女の子は、緑色の髪を揺らしながら、幼い唇でラブソングを歌っていた。明るくて柔らかいそのメロディ。誰を想って歌っているの、なんて、ただの自問自答にしかならない。

「だぁーって、きみーのことーが、すきなの……あ、ルカちゃんの新曲、」
「ミクちゃん、遅れてごめんなさい。」
「えっ?」

モニタを見つめてぼんやりと口ずさんでいたら、ぱっと画面が切り替わった。今度は桃色の髪のきれいな女の人が、流暢な英語で歌い始める。それと同時に同じ声がわたしの名前を呼んだものだから、モニタの中の彼女が話しかけてきたのかと思ってしまった。――あながち間違ってもいないのだけれど。

「……驚かせちゃったかしら?」
「うっ、ううん!……お仕事お疲れさまです、ルカちゃん。」
「ありがとう。――急いで来たつもりだったけど、やっぱり待たせちゃったみたいね。ごめんなさい、今日は私がご馳走するわ。」
「えっ、そんな!私が早めに来ただけですから!」
「良いの、年上には甘えておきなさい。」

ね、と押すように微笑まれてしまったら、もう私にできることは何もないのに。それでも素直に頷けない私を見て、深めにかぶった帽子の下でルカちゃんは満足そうに目を細めた。

美味しいカフェがあるらしいの。この前出た番組で紹介されていてね、行ってみたいんだけど、一人で行くのも味気無いでしょう。ねえ良かったら、ミクちゃん、一緒にどうかしら。

ついこの前共演した音楽番組の後、わたしの楽屋に訪れたルカちゃんからの、素敵なお誘い。デートしましょう、なんて戯れの言葉に、わたしが求めている意味とは違うのだと分かってはいても、勢いよく頷く他にわたしに選択肢はなかった。その後に、手帳をふたりで開いて予定を合わせた時のことを思い出そうとしても、中々引っぱり出せないのは、それほどわたしが舞い上がっていたからに決まっている。
事実、家のカレンダーにも手帳にも、携帯のスケジュール機能にも、ぜんぶに今日の予定を記してある。携帯なんて、今朝のアラームまでセットしてしまったおかげで、5時に目が覚めてしまった。今日の服や髪型やお化粧を、実はスタイリストさんにも相談していたなんて、とても言えない。
それだけ楽しみにしていたし、それだけわたしは、今日を大切にしたいのだ。

「うん、此処を右に曲がって行けば良いのよね。……はあ、カフェに行くのなんて久しぶり。最近中々オフも無かったし。」
「わたしも、久しぶりです。誘ってくれてありがとうございます。」
「ううん、それは私の方こそ。ミクちゃんとデート出来て嬉しいわ。」
「っわ、わたしも嬉しいです!」

思わず勇んでしまった足が、かつんとヒールの音を響かせた。はっと息を詰めたわたしを、ルカちゃんがころころと笑うものだから、頬に熱が集まっていく。またやってしまった。いくら気をつけていても、子どもっぽい仕草ばかりしてしまう。

「ご、ごめんなさい……。」
「どうして謝るの?」
「子どもっぽい事ばっかりしてて……。」
「あら、そんな事。気にしないで、そういうミクちゃんが良いのよ、可愛くて。――あ、ほら此処よ。」
「わ……!」

ルカちゃんの指さす先を見て、わたしはさっきと違う意味で息を詰めた。
きらきらと暖かいオレンジ色の照明がわたしを手招いているように見える。まるでフランスかどこかのお家のような白い壁と、木目のきれいな床。手前のショーケースの中から甘い香りが漂ってくるようで、口角が上がってしまうのを止められない。
ふいと見たルカちゃんの横顔には、長い睫毛が少しだけ影を落としている。控えめに光る桃色のルージュがきれいに弧を描いているのに見惚れていると、青い瞳がぱっとこちらを向いて、わたしの肩はやっぱり跳ねた。

「全然何も気にしなくて良いのよ。私はそんなミクちゃんが良くて、今日誘ったんだから。取り繕う事は無いわ。今日はプライベートだから余計にね。甘い物食べて、沢山お喋りしましょう。」
「……はいっ!」

ルカちゃんの言葉は魔法の呪文のようだ。熱い頬もそわそわする肩も、もう気にならなくなってしまったわたしはとても現金。それでもいいや。だってわたしは、ルカちゃんと隣合わせのこの時間を大切にしたいのだ。ルカちゃんと、一緒に居たいのだ。
何を食べようかしらねと首を傾げるルカちゃんの横で、わたしは、わたしの髪と同じ色をしたマスカットタルトを見つめた。瑞々しく光るピンク色の白桃まで乗っていて、これはまるでルカちゃんみたい。その下には微かに色づいたミルクティーのクリーム。中から覗くのは、きっとブルーベリージャムだ。アーモンドプードルを練り込んだらしい生地も、何だかとっても魅力的。
これはどんなに甘くて美味しいだろう。これを食べながらルカちゃんとどんなお喋りができるかな。甘い香りに思考をつつまれて、わたしは瞼を震わせた。



ロザリオビアンコ



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