聞こえ始める不協和音


「ラジエートゲートってこんな感じだったっけ?」
「フレイ、隠す気あります?ここに来たことがあるのは貴方だけなんですけど」
「隠す気はある。これでも一応」

昼過ぎくらいにカイツール軍港を出た俺たちはラジエートゲートに来ていた。もちろんアルビオールで送ってもらって、だ。アブソーブゲートが複雑な作りをしているのは覚えてたんだけど、あんまり印象がないせいか「ここがラジエートゲートだ」って言われてもなんだかピンと来ない。首を捻っていたら少し後ろからアスランに突かれた。

一歩中に入ればすぐそこにパッセージリングがある。これといった封印や仕掛けもなくすぐにパッセージリングに近づけるようにはなっていてこんな簡単な作りでいいのかと思ってしまう。けどまぁ、このラジエートゲートに船で近づいたとしても上陸はできない。空からの手段がなければ中に入ることができない構造を考えれば中が簡単な作りなのも納得だけど。

「それで、どうするの?」
「どうもこうも、向こうの連絡待ちだな。パッセージリングに書き込みがあればすぐに分かるし」
「そもそも降下作業して大丈夫なわけ?」
「え、なに?シンクってば心配してくれんの?」
「あんたに倒れられたらこっちが困るんだよ!!」

パッセージリングの前で仁王立ちしているシンクの機嫌が悪い。言葉の節々に心配するようなところが見られて、直接聞いてみたけれど否定するだけ否定してシンクはそっぽを向いてしまった。耳が赤いのは気づかなかったふりしてやろう。

「大丈夫じゃねぇかな?前と違って俺は少しだけ力貸してやるだけだし」

俺の事情を知っているルークが全部の負担をこっちに投げてくるとは到底思えない。つーか「余計なことをするな屑!」とでも怒鳴られそうな気がする。それはそれで理不尽だが。

「奴らにこっちを任せてもよかったんじゃないか?奴らにヴァンの相手は荷が重い気がするが」
「……いやレネスそれマジで言ってる!?第五音譜術使われたら確実に俺が倒れることを分かっててそれ言ってんの!?」

暇そうに欠伸一つ噛み殺しながら呟いたレネスの一言に猛反発する。ヴァンくらいが相手なら楽勝なんだけど。体調さえ万全だったら。そもそも譜術使われて倒れるというハンデがある中で戦うのは限度がある。第二超振動使って音素を消すっていう手もあるけど、それだって俺の体調が保つかどうかわからないのに。

反発したら、ものすごく嫌そうな顔をされました。理不尽すぎねぇ?

「誰もお前に戦えなんて言ってないだろう。フレイが前線から下がったところで奴に負けると思うか?」

にやり、と口端を上げて笑ったレネスに苦笑いにも似た乾いた笑いが口からこぼれた。それってつまりレネスとアスランとシンクだけでヴァンと戦うって意味だろ?レネスはともかく、シンクとアスランは二回目。しかもアスランに至っては音素の意識集合体と契約をしてる…。ローレライを取り込む前のヴァンが勝てるとは思えないんだけど。

「…ああ、うん。あいつらに向こう任せて正解だったかもなぁ…」

はは、とこぼした俺のそんな呟きをどういう意味でとったのかは分からないけど、レネスは楽しそうに笑っていた。要するにヴァンをいじめたいだけだろこいつ。さすがにそんな可哀想なことはできねーわ…。

「フレイ、始まったよ」
「ん?おー、今行く」

シンクに呼ばれて振り返ると、先程まではなかったパッセージリングの書き込みが増えている。ルークが超振動を使って書き込みをした証拠だ。

「…ああ、そういえばアブソーブゲートのパッセージリング、起動させてねぇんだけど大丈夫かなあいつら…」

ふとパッセージリングの操作盤にローレライの鍵を近づけたところで、思い出す。本当なら行って解除しておくつもりだったんだけど、俺が倒れたり俺が倒れたりしていたせいですっかり忘れていた。要するに俺が倒れててそんな暇がなかっただけなんだけど。

「大丈夫じゃない?別に一度障気を取り込んだくらいじゃ死なないでしょ」
「…いや、というかですね。先にヴァンがいればヴァンが解除しているはずじゃないですか?」

シンクのそっけない言葉に苦笑しながらアスランが続けた。そういえば、とアスランの言葉に記憶を掘り起こしてみる。確かにアブソーブゲートのパッセージリングに到達する前にヴァンが待ち構えていた気がする。アブソーブゲートでパッセージリングを起動させた覚えはないし、最初から起動していたかも?

そもそもそのあたりの記憶が曖昧だから何とも言えないけど。

「そんなことは後で連中から聞けばいいだろう。ほら、フレイさっさと終わらせろ」
「はいはーいっと…。人使い荒くね…?」
「だからフレイも人使い荒いんだろ。育ての親って怖いね」
「うるせぇ」
「そういうシンクもフレイそっくりですよ」

要するに、なんだ。どいつもこいつも似てるっつーことか。シンクがアスランの一言に非常に嫌そうな顔をしていた。ざまぁみやがれ。

楽しそうな会話を背後で聞きながら、パッセージリングに手を伸ばす。降下作業が始まっているのか地面は小刻みに揺れていた。超振動を使うが、ルークがほとんど負担を負ってくれているせいかそれほど力を使わずに済んだ。過保護か。

「あー…疲れた」
「ちょっと、途中でやめないでよ?失敗するなんてごめんだからね」
「わーってるって。ただちょっと頭痛すげぇからやめていい?」
「分かってないじゃないか!!怖いから本当やめてよ!?」
「というかフレイ、頭痛ってなんだ。どうした?」

半分くらいは降下できただろうか。まだ地面が揺れているから降下作業は終わっていないはずだ。降下作業を始めて少ししたくらいから急に頭が痛み出した。ローレライからの通信があったときみたいな痛さだ。疲れたように俯いていた俺の異変に気付いたレネスがそっと近くに寄ってきたのを横目で確認して、再び顔を上げた。

「あー…多分ローレライの奴。何言ってるか聞き取れないんだけど、地核に落ちたヴァンがローレライ取り込もうとしてんじゃねぇかなぁ…」
「抵抗して暴れるローレライがフレイに影響を与えてるってこと?ふざけてるでしょあの意識集合体」

シンクのやつ、ローレライにまで辛辣だ。まぁここまで一切接触なし連絡なし説明なしのローレライに多少なりとも苛立ってるんだろう。俺はルークから話を聞いてたからある程度の状況は把握してるけど、その前はローレライに腹立ててたし。

「意識ぶっ飛ぶレベルのじゃねーから、大丈夫だけどな」
「ここまで来て倒れられるのは勘弁だ」
「素直に心配だといえばいいじゃないですか?」
「黙れ腹黒マルクト兵」
「ははは、面白いこと言いますね」
「アスランもレネスもやめてくれ!頼むから頭痛の種を増やすな!」

後ろで絶対零度の対立をされても俺の心は和むどころか、頭が痛くなる一方だから!なんであの二人はあんなに仲が悪いんだ。はぁ、と息をこぼしてみたものの、頭痛もよくなりはしないし背後の気配も緩む様子がない。なんでこのメンツでここに来てんだ…人選ミスだろ。

「…よし、終わったかな?」

地面の揺れが収まったところでぐるりと肩を回す。こき、と一度骨が鳴った。深いため息を零してから下した手をこめかみにあてる。超振動を使っている間よりも頭痛がマシになってきた気がする。

「大丈夫?まだ痛むの?」
「ん?あー、さっきよりは平気だ。意識もしっかりしてるし、ちゃんと歩けるから大丈夫だよ」

心配そうに顔を覗き込んできたシンクに笑いかけて、頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。「やめてよ!」と反抗してくるけど、恥ずかしいだけだろう。満更でもなさそうな態度が可愛くてちょっとだけ和んだ。

「さて、帰るか」

くるり、とパッセージリングに背を向ける。これでひとまずヤマは終わった感じだな。ここまではいいんだけど、むしろここからが課題が山積みだ。俺の音素乖離の件に光明が差しているのが唯一の救いかなぁとは思うけど。

とりあえず、帰って寝たい。

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