act.3
このバンエルティア号に乗っているのは、現在総勢九人だという。今、四人はこの船から離れているとカノンノから聞いた。ここに来て三日ほど。まずはこの広い船の中を覚えることからだった。そしてもう一つ、聞いたところによると此処にいる全員が未成年で、大人は一人もいないらしい。無鉄砲な連中が多いことから、ルカとリッドは結構な苦労をしているとか云々。それを考えながら、機関室に向かっていた。来てくれと呼ばれたからだ。
(…まさかのお前が最年長か) (他人事だと思って呑気だな。そうじゃないかとは思ったけど)
あの様子では、と小さく呟いてため息をついた。プレートに描かれている機関室の文字に、字は読めるんだと確認してからその扉を潜った。機関室にはリッドの姿だけがなかったが特に気にするわけでもなく、チャットの周りに集まっている彼らにアスベルは近付いた。
「来ましたね」 「うん。で、何をするんだ?」 「これから依頼に行くの!私と一緒に行きませんか?」
ルカとイリアは別の依頼に向かうらしい。場所が違うからか別行動だという。依頼の書かれている紙を握っているカノンノはアスベルに向かって嬉しそうな声を上げた。いいよ、と頷けば満面の笑顔で笑っているカノンノ。可愛いな、と思って自然と顔がほころんだ。
「そういえば、どうして敬語なんだ?」 「え!?だ、だって年上ですし…」
あたふたと慌てるカノンノに、何を慌ててるんだと思いながら、その様子がおかしくてアスベルは小さく笑った。あたふたするカノンノの頭に手を乗せると、ぴたりとカノンノの動きが静止した。
「敬語じゃなくていいよ」 「は、はい!」
手をぽんっと乗せられた衝動か、カノンノが少しだけ赤い顔で頷いた。あーあ、と後ろからイリアとルカの声が聞こえた気がして、首を傾げて二人を見るが何でもないと言われてしま った。どうしたと思う、とラムダに問いかけてみるも、ため息が聞こえてきただけで終わってしまった。アスベルが先程の行動に出たのは、ピンクの髪とその可愛い行動にソフィを思い出して不意に出た行動だった。年下にはめっきり弱いみたいだとアスベルも自覚はしていたが、治るものでもない。
依頼の内容をカノンノから見せて貰い、アスベルたちがチャットに送り出されたあと。そのカノンノとアスベルの姿を見ながら、イリアが呆れたように肩を竦めて手を軽く振った。その意図を知っていたルカも何かを言うわけではなく苦笑いだったが。
「天然タラシね」 「は、ははは…否定は出来ない」
* 蟹退治というだけあって、それは本当に蟹だった。クラブスという魔物だというが、エフィネアには存在しない魔物に少しだけ驚きはしていた。それがさほど強くないことが分かると安堵していたが。頭の中に、あれだけ激戦を生きていればそこらの魔物に負けはしないだろうとラムダから言われていたがあえて聞こえないふりをした。随分生態系が違うことに多少なりとも戸惑いはアスベルにはあったらしい。エフィネアに存在しないといえば、ゲコゲコとかいうカエルのような魔物も、そうだ。ひょっとしたらアスベルが知らないだけかもしれないが。
クラブスが吐いてきた泡に顔をしかめながら、それを横に避ける。ラムダの声が脳内で聞こえて、慌てて振り返ると避けた先の延長線上にもクラブスがいて。ここ最近は剣なんて握っていなかったから、と言い訳がましいことを言いながらも先程泡を吐いてきた奴に対して刹牙を放ち、もう一体が近付いてきたところで素早く剣を抜いて地面に突き刺した。崩雷殺の名残か、少しだけバチバチと電気を帯びた魔物は、しばらくして光に還っていった。 剣を鞘にしまって、一息つくと。後ろから感嘆するような声が聞こえてきたのに気付いて、振り返る。身体に似合わない大きな大剣を両手に持って、肩で息をするカノンノの姿が目についた。
「アスベル、凄く強いね」 「そう…かな?カノンノも凄いと思うけどなぁ」 「それに、何か変わった戦い方なんだね」 「あ、あはは…」
今度こそ反応に困った。ずっと剣を持っているよりも隙が少ないから、自然とこういうスタイルになったのだが。思えば、仲間の中でも?術を使わないのは自分だけだったと思い出す。元々術というものが苦手だったこともあるが。騎士学校で一応?術の授業は受けたことがあった。しかし、何をどう間違えたのか危うく暴発しそうなところで、教官からお前はもうやるなと言われてしまえば、それ以上?術を使うことも出来なくて。 その結果、剣と体術に力を入れていたらこのスタイルになったのだが。それを言うわけにもいかずに、ただ曖昧な笑顔を返すだけになってしまった。それをカノンノがどう取ったのかは、アスベルには分からなかったが。
「記憶がなくて、しかもそれだけ強かったら、ひょっとしてアスベルは伝説のディセンダーだったりしてね」
くすくすと笑いながら、大剣を小さく畳んだカノンノはそれを鞄に入れていた。どういう仕組みなのか聞いてもみたが、ちゃんとは答えてくれなかったので不思議そうにアスベルはそれを見ていたが。ディセンダーという聞き慣れない言葉に、オウム返しのようにカノンノにそれを問いかけた。失敗した、と思ったのはカノンノがキラキラとした目で振り返ってからだ。依頼は終わったからと、サンゴの森を歩きながら、帰り道にカノンノの話を聞くことにした。
「伝説があってね!えっと、本がないから正式には言えないけど…」
“私たちの世界、グラニデの、昔々のお話です。 この世界の始まりには世界樹しかありませんでした。 その世界樹は大地を作り、精霊を、そして動物や人々を生み出しました。 グラニデには様々な命が溢れ、世界樹の生み出すマナの恵を受けて、幸せに暮らしていました。 しかし人々はいつしか、おおさからさを失い、更なる豊かさを求め、マナを奪い合って争い始めました。 精霊は人々の前から消え、人々の争いは次の争いを予備、世界はどんどん疲れ果てていきました。 世界樹はこのままではいけないと、ひとりの人間を生み出しました。 世界樹から生まれた勇者、ディセンダーです。 生まれたばかりのディセンダーは世界のことも、自分のことでさえも何も知りません。 そして不可能も恐れも知りません。 ディセンダーは人々の助けに応じるかのように、小さなお手伝いから始めました。 そして人々のマナの廻る争いを終わりに導き、ディセンダーはまた世界樹へ帰っていきました。 いつも、いつまでも。このグラニデを世界樹とディセンダーが見守っているのです”
「私ね、このディセンダーのお話が大好きなんだ」
そういって笑うカノンノに、何も言えずに笑ってるだけだった。アスベルは自分がディセンダーじゃないと言える自信がある。けれど、カノンノは何処かでそうである可能性を探しているからだ。その様子をカノンノは特に何とも思わなかったらしく、どこか楽しそうに先へ戻る道へと歩いていく。
その後ろ姿を見ながら、小さく頭をかいていた。
「…厄介なことになったかな」 (世界樹とマナ、か) 「マナっていうのは原素と同じって考えていいと思うんだ。問題は世界樹だよな。もしも本当にディセンダーっていうのがいるとしたら」 (代わりに呼ばれた、か?ありえんな) 「分からないだろ?もしかしたらあの誓いの木が世界樹だったとか…」 (それこそお伽話だな) 「それを言ったら、俺が此処にいること自体がもうお伽話だよ。確証もないから何とも言えないし、どうにかすることも出来ないだろ」
少し離れた場所から、自分を呼ぶカノンノの声が聞こえて顔を上げた。ラムダと話している間に、いつの間にか随分と距離が空いてしまったらしい。早くー、と急かす声を聞きながら、何となく微笑ましくなって、顔を緩めながら歩き出した。
← | →
[戻る]
|