勿忘草の恋

元より女に恋焦がれてのたうち回る、という経験などしたことはなかったが、今度は今がそうなのかもしれない。

木の葉の暗部で日々鍛錬を積み重ねていた頃、うちはの集落にうちはイズミという女がいた。
目立って美人でもなく、取り分け気立てが良いでもなく、ただ単に一緒にいて不愉快になることがない、その程度の女だった。恋心かも分からない、何か抱いたかまでも分からない感情の中で最期、任務の一環としてその女に幻術をかけて殺した。
もやもやと分からない感情の中で、その女に死ぬ前に幸福を感じさせてやろうと、思い望んでいた幻術を見せてやった。
これは恋というものか、それに至らぬ情けというものか。今でもさっぱり分からないが、強いていうなら後者だ。


今現在、過去の話など薄れて消えてしまいそうな状況に扮している。
珊瑚。一目見たときはただ美しい年頃の娘に見えていたが、今となってはどうか。
同い年で器量も気立てもよく、頭脳明晰、穏便で賢明、礼儀正しい上、どのメンバーにも劣らぬ強さ、そして何よりあの玲瓏なさま。

一言二言、あの整った顔に告げられる度に心臓のあたりが圧縮されたような気分になる。そうしてその言葉を、何度も脳内で反芻しては余韻に浸るのだ。

花びらのように紅く揺れる唇から発せられる言葉が、どれだけたわいの無いものであったとしても、暫くチクチクと刺のように胸に突き刺さっていたり、血液が巡り巡って体温が上がり、血の流れる様子が音を立てて伝わってくるのを感じるほど高揚したり、何かと心臓に悪いのだ。

「イタチは優しいですね」

にっこりと微笑んでみせるそのようすが、今後の自分の活力へと変換されていく。

「そうか。それは良かった。これぐらいならいつも通りのことだがな」

そんなことは無い。少なくとも過剰な優しさを向けるのは決まって珊瑚だけだ。
きっとそれも珊瑚は分かっている。

「どうしてそんなに、優しくしてくださるのです」

無垢な笑顔が向けられる。絵か何かにして飾っておきたいと思うほどのそれに、しばし見蕩れたが何でもないふりをして言葉を返した。

「お前が飴玉をもらった子供みたいな笑顔を向けるのが可愛いと思うからだ」

呆気をとられたのか、大きな瞳をぱちくりさせて口を結んでしまった。
言ってしまった後、率直すぎたか。と少し後悔をしたが、珊瑚はすぐにまたあの笑顔を向けてくれた。

「素敵ですね」

嗚呼、俺はこの女に救いようのない恋をしている。




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