小説 | ナノ
 「読破と公認と奇縁」



日曜日の午後。
約束通り、
私は太陽君の病室を訪れていた。



「なまえお姉さん!」

太陽君は私を見ると、
勢いよく起き上がった。

「やっほー」と
緩く手を振りながら、
そちらへ近付く。

「よいしょっと」

とりあえず
リュックを下に置いて、
ベットの隣の椅子に腰掛けた。

えーと、
リュックからタッパーと
手提げからルールブックを出して……。

「今日はいつもの
あの格好じゃないんだ。」

「うん。
今日は完全オフの日だから。

いつものあの格好は仕事着。」

昨日のあの後は、
なくなくタイムセールは諦めて
家に帰った。

そして、
ヤンキー君との約束通り
ここに来る前に
ちゃんと足の診察も受けてきました。

軽い捻挫で、
走ったりしなければ
3日で治るとの事。

試合迄には
ギリギリだけど完治出来そう。

「ねえ、もしかしてなんだけどさ」

「うん?」

引き出しの上に
ルールブックとタッパーを
置いた所で、

太陽君が
神妙な面持ちで声をかけてきた。

「そっちの足怪我してる?」

「えっ。
あー……歩き方変だった?」

「うん。ちょっとね。」

痛みは昨日と比べたら
ほぼ引いていて、

歩く時だけ、
ほんのちょっぴり
出てくる程度。

ヤンキー君にはへこへこ歩きって
言われちゃったし、

隠したつもりでも
結構出ちゃうものなんだな〜……。

「昨日、
ちょっと捻挫しちゃって。」

もう本当に
大した事ないから
変な心配かけたくなかったんだけど、

どうやらすぐに見破られる位
私は誤魔化しが下手みたいだ。

「大丈夫?
あ、診察は?」

「ここに来る前に診てもらったよ。
昨日、ある男の子に
絶対に行けって釘刺されちゃったしね。」

「なら良かった〜
あ、その男の子って
もしかして、雷門の子?」

途端、
太陽君の瞳がキラキラと輝く。

太陽君は本当に
雷門中サッカー部のファンなんだなあ。

でも、気持ちは凄く分かる。
前に君と会った時よりも、ずっと。

「そうそう。
見た目は怖いけど、凄く優しい子なんだ。

えーと、ヤ、」

っっっぶない。
今、剣城君じゃなくて
ヤンキー君って言いかけた。

「ヤ?」

「つ、剣城君っていう……子なんだけど。」

そういえば、
ポジションが何処か知らないな。

あんな必殺シュートが
打てるくらいだし、
FWかな?

「ああ、剣城君か!
名前は知ってるよ。」

名前は?
って事は、姿は見た事がない?


少し引っ掛かりを感じたけど

これは
このまま流した方が
良いことの様な気がした。

「あ、
やっぱり知ってた?」

「うん。
確か僕と同じ一年だよね、彼。」

「エッ!!?
太陽君って一年生なの!?」

「?うん。
言ってなかったっけ?」

に、2年生くらいかと……。

ヤンキー君の事も、
最初は見た目と身長から
中学2年生か中学3年生かと思ってたし……。

「そ、そっか〜……。
太陽君って大人っぽいから、
2年生くらいかと思ってた。」

「本当?
周りからはよく
子供っぽいって言われるから、
なんか嬉しいな。」

「あー、
それは分かるかも。」

「えっ!?どっち!?」

どっちも!と返すと、
太陽君は拗ねた様な顔になる。

それが微笑ましくて、
尚更笑いが溢れた。


「じゃあ、今日も
宜しくお願いします。太陽先生。」

「うん、任せてよ!

何処からやる?」

「えーっとね
昨日少し読み進めたんだけど、

その中でここのルールがーー」


太陽君を
見ているのは楽しい。

少し変な言い方かもしれないけど、
でも、本当にそう。

サッカーの事を話す太陽君は
生き生きしていて、
私までそういう気になる。

だから
少しでも追いつきたい、
なんて柄にもなく思ってしまう。

別々の人間なのは
分かっているけど、

もっと知っていけば、
同じ視点を共有出来て

私も何か……何か?


《サッカーをしたら
私も幸せになれるのかなあ》


「……なまえお姉さん?」

「へっ?」

名前を呼ばれて、
やっと我に返った。

「ぼーっとしてるけど……
どうかし、
あ、僕の説明下手だった?」

「ううん、そんな事ないよ!

前のページの内容が頭に浮かんで、
頭の中で今のページの内容と
こんがらがってて……。

ごめん!
一瞬そっちに
気が取られちゃってました!」

「あ、そういう事か。

ううん。僕こそ、
ちょっと急ぎ過ぎたよね。」

「いやそんな事は……。
えーと、ごめん。
今の所
もう一回教えて貰ってもいい……?」

「勿論!」

気合入れを込めて、
両頬を軽く手で叩く。

よし、気持ちを切り替えよう!
悩む場所は、ここじゃない。
今は楽しむ時だよね。



「終わった〜〜!!!」

「お疲れ様〜!
やったね!」

いえーい、と
太陽君とハイタッチを交わす。

ル ー ル ブ ッ ク 完 読 。

達成感を噛み締めながら、
ルールブックをゆっくり閉じる。

「いや〜
本当最初は絶対読み終えられないと
思ってたから……、

太陽君には感謝しかないよ……」

「これくらいお安い御用さ!
それに、
ちゃんと報酬だって貰ってるしね」

綺麗なウインクを
ひとつ私に飛ばして、

太陽君がタッパーから
クッキーを一枚取る。

それに優しく笑ってから、
私もクッキーを一枚取った。

さくさく、という咀嚼音が
この病室に小さく響く。

そうだ。
改めてお礼言わないと。

「教えてくれて
本当にありがとね」

「嫌だな、
別に最後って訳じゃないんだから。」

そう言った
太陽君の瞳には少し陰りが見えて、
喉の奥がきゅ、と閉まった。

「でもさ、
教えてくれたのが
太陽君じゃなかったら、

私きっとここまで
やれなかったと思うし」

「そうかな?」

「そうだよ!」

不思議そうに私を見つめる
太陽君の頭をくしゃくしゃと撫でる。

これは
本当に本心。

実際、初めて太陽くんと会った時
オフサイドで
既に心は半分折れかけていた。


「太陽君
キラキラした目で
凄く楽しそうに話すから……、

だから私、
太陽君をそんなに熱くさせる
サッカーの事を
もっと知りたいなって思ったんだよ」

私は元々
継続して何かを続けるのが苦手な方で。

そんな私が続けられたのは、

始めたきっかけである
雷門中サッカー部の事は勿論だけど、

一番は
ここまで教えてくれた太陽君のおかげだ。

「それとね、」

「?」

それと、もう一つ。

「後は、凄く楽しかったから。
これに尽きます!」

「……そっか。」

私の言葉に
太陽君は安心した様に
ふ、と小さく息を吐く。

「なら、
僕も良かったよ。」

そして、
また明るい笑顔を浮かべた。

「あーでも、
これでなまえお姉さんが
病室に遊びに来る理由は
なくなっちゃうんだよね……」

あーあ、とため息をついて
太陽君がベットに体を沈める。

「まあ……うん……。」

ちくちくと
そっちから視線を感じつつも、

あはは〜と返事を濁して
タッパーをリュックの中へ入れる。


いや、本音を言えば、
太陽君と話すのは楽しいし、

もっとサッカーの事も
教えて欲しいんだけど……。

お見舞いに来た
太陽君の友達とかご両親に
鉢合った時、
なんて言えばいいの!?という心配が。

もし
ヤンキー君のお兄さんみたいな
誤解をされたら、

今度こそ
(別の意味で)心が折れちゃう。

ちょっと
申し訳なく思いながら

リュックのチャックを閉めて、
顔を上げると、

太陽君はやっぱりこっちを見ていた。

それも、凄く
寂しそうな顔で。

予想していた以上の
その表情に、

罪悪感から思わず
う、と声が出る。

「……なまえお姉さんは
僕にもう会いたくない?」

「そ、その言い方は狡くないかな〜?
ってお姉さんは思うな〜…?」

視線を逸らしつつ
そう答えると、

太陽君は体を起こして、
少し距離を詰めてくる。

あれ、これなんかデジャヴ。

「ねえ、どっち?」

「……太陽君の事好きだし、
もっと話したいって思ってるけど……」

そんな真っ直ぐな目で見られたら、
嘘がつける筈もなかった。

ああ、この流れ
ヤンキー君のお兄さんの時と
同じ流れだ〜い……。

「何か心配事でもあるの?
あ、僕の体の事?」

「ううん、違うよ。
冬花さんには、
脱走しないなら
お見舞いは大歓迎って言われたし。」

勿論
これは時間制限とか注意事項とか
踏まえた上での話で、

最初にここに来る前に
冬花さんには
それについてはちゃんと聞きました。

「冬花さんナイス!」

「こら」

「あはは。
でも、なら
何を心配してるの?」

「え、」

きょとんとした顔で
聞かれると、
なんだか変な恥ずかしさが出てきた。

なんだこれ!

「い、いやさー、
私と太陽君って
本当に偶然あそこで出会ったじゃない?」

「うん」

「年なんて8つも離れてるし」

「うん」

「社会人と中学生って
字面がもう危ないじゃない?」

「……うん?」

「ご両親や学校の友達とか
お見舞いに来るでしょ?

ばったり会っちゃったときにさ、
なんて言えばいいのかな〜って……。

変な嘘ついても、
バレた時が怖いし……
下手したら通報案件じゃない……?」

言いながらどんどん
声が震えてきた。

ヤンキー君とも太陽君とも
まるで同年代の友達みたいに
話してるけど、

年は変わらないし誤魔化せない。

「それで冬花さんに
迷惑かけるのも申し訳ないし、

それに今迄も
冬花さんに受付で一応
《前後に誰か来る予定ありますか?》
って聞いて調べて貰ってたりしたんだ。

だから、
これ以上はちょっとな〜って……。

それに
突然来るって事もあるでしょう?」

「そうだったんだ!?
あ〜成る程、そういう事か〜」

「そういう事」

「でも、それなら
心配いらないよなまえお姉さん!」

「え、」

納得してくれたんだ〜と
安堵したのも束の間、

そう言って
太陽君が私の肩に手を乗せる。

「僕、
もうなまえお姉さんの事
両親にもチームメイトにも言ってるから!」

「は?」

「公認済みって事だよ!
あ、ちなみに両親からは
《そのお姉さんと冬花さんに
迷惑をかけない様に》って言われてて」

「ちーーーょっと待とうか太陽君」

「うん」

混乱しつつも、
今度は私が太陽君の方を掴んで
少し距離を取る。

「言ったの?私の事を?
いつ?」

「えーっとね、
なまえお姉さんがここにくる前かな。

だからね、
そんな心配しなくて大丈夫だよ。

むしろ、堂々と来てくれて
構わないからさ!」

「………ウン、ソウダネ……」

この子には一生
勝てないかもしれないと
この時心から思った。

でも、嬉しそうなこの顔を見たら
さっきまでの心配が
少し些細な事の様に思えて。

結局ーー
まあいっか(納得)になりました。
要するに負けました。

いや〜〜あんな子犬みたいな顔されたら
誰だって断れないって!本当!

とりあえず、
次の面会の時に
そっちが終わったら寄るねと約束をして

その日は帰った。


「これも、縁だよね」


全国大会開始まで、
もう後目と鼻の先。




















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