◆ 大抵のことは 前置きとして、死番さんと標本さんの設定と、大王さんの設定をさらっとみておくと読みやすいかもしれない。 ╋╋╋ 【標本】 恐怖に顔を引きつらせ、目を見開いたまま二度と喋ることのない肉塊と化したそれは、確か女だったものだ。 数日前に両手両足、そしてその関節部に、計8本の杭の如き針を打ち、住まいの壁に磔にしたそれ。既に濁りきった虹彩は光をうつすことはなく、見開いたままだった眼球は乾燥し、萎んでいる。生命活動を終えたそれの浮いた足元には、筋肉の弛緩により垂れ流されたままの排泄物が異臭を放ち、腐敗による膚の変色が下腹部から上部へと進みゆくのが見てとれた。もう幾日も経てば、それの体内から腐肉を食い荒らした蛆虫が皮膚を食い破り湧きだしてくるだろう。 命の灯火は消えども、遺された肢体は姿かたちを変え、進み続けている。例え蛆虫であろうと、それを苗床に芽吹いた新たな命にかわりはない。そうして紡ぎ繋がれ進み続けている。実によいことだ、やはり万物はこうでなくては。止まることなど、留めることなど、許されざる所業だ。 眼前の、女だったそれ。なかなか好みの貌だった。伴侶にしてもよいと思っていたのだが、屍と成りし今となっては、残念に思うしかない。尤も、己が終わらせた命なのだが。死人は生き返らないし、時間も決して戻ることはない。進みゆくのみである。 腐臭に満ちたそれの、崩れ痩けた頬を撫で、かさついた土気色の唇に、もう幾度目だかわからない口付けを一つ。 (こんなにも愛しく思っていたのに) (あんなことをしなければ) 【死番】 相方殿を訪ねれば、真新しい装飾が壁に窺えた。 裸の女のそれは、目を剥き、恐れのあまり歯を噛み締め過ぎたのか、一部欠けているようだった。 今にでも叫び出しそうな相貌だが、耳をすませてみても鼓動は感じられず、既に魂の居所ではなくなっているようだ。 能く能く見てみれば、見覚えのある女だった。以前一度だけ、相方殿について回るのを見かけたのだ。 その時のことを後日聞いたところ、川で水浴びをしていたらうっかり顔を見られてしまった、とのことだった。顔を見られたと聞き、直ぐに合点がいった。 相方殿は当方が贔屓目にみずとも恐ろしく整った造形をしている。男も女も関係なく、血の凍るような、みる者を惹き付ける妖しげな美しさをもったそれ。普段は長い前髪で隠していているが、ひと度その貌をまみえれば、頭に焼き付き、忘れることはないだろう。 相方殿の貌に魅せられ、ついて回る者は幾度となくみてきたが、如何せん相方殿に負けず劣らずの別嬪揃いの里である。別嬪に興味のない相方殿はあしらうばかりで、自室まで連れ込むのは珍しくあった。 今しがた息絶えたであろう、幾つもの情事痕の残る女の身体。一夜を共にするほどに恋慕の情が湧いていたことは、女の貌をみればよくわかった。 言ってしまえば相方殿は醜女が好みなのだ。醜女だけでなく、醜男といった、造形の整っていない者が好ましいらしい。ひび割れし肌や、閉じることなき双眸をもつ当方に興味を持ち、積極的に関わってくる奇行も、この悪趣味さを知れば納得できたのは今はもう昔の話である。嫌味を通り越してどうしてそんな悪趣味に走ってしまったのか。友人として心配したものだ。 この女はその相方殿のお眼鏡に叶った貌というわけだ。当方からみてもお世辞にも別嬪とは言えない。里の外であろうと、よくて下の上だろう。 どうして手にかけてしまったのか。聞けば、腹話術で使いし人形を取り上げられた、と。相方殿は己の声音を嫌い、常日頃から人形を使いわざとしゃがれた声で喋る。当方ですら元の声音で喋るところは聴いたことがない。激昂することが滅多にない相方殿の逆鱗がそれらしく、以前にも無理矢理喋らせようと人形を取り上げた者を葬っていた。情事中ですら手拭いを猿轡の様に噛み、声を漏らさぬようにするくらいだ。それほどまで徹底しているのだ、女が害されたのは仕方のないことに思えた。 思えた。が、溜め息をつく他、当方が今ここで相方殿にしてやれることはなかった。 (全く、勿体無いことをしたものだ) (この女も、相方殿も) (この異臭悪臭腐臭漂う相方殿の住まいに耐えきる者など数少ないというのに) (この、他の美しき者さえ、みる者を魅了する相貌の持ち主など数少ないというのに) (いやはや、本当に互いに勿体無いことを) 【死番と大王】 ばきり。 折れた筆の毛先は紙面を踊り、先刻認めたばかりであろう文字列を乱した。 また書き直すのだろうか。任務の報告書ですら手間だと思う身としては、上のお偉い管理職殿はとんだ貧乏籤だなと度々思う。 筆を折ったその張本人。真庭大王は、そのようなことは微々たることだと、二の次だと言わんばかりに肩を震わせ、口元を戦慄かせている。 相方殿がつい先程殺めた女は、文字通り腐っても真庭の忍びである。同胞殺しはどの界隈でも禁忌だ、禁忌を犯した者は大概死罪となる。当方が相方殿の前以外でしてやれることは、そのことについての根回しくらいだ。 ことの発端から結末まで(一夜を共にしていたこと、恋慕の情が芽生えていたことを割愛し、ある程度嘘を交えつつ)、一通り話し終えたところで(要約すると、しつこい付きまといを相方殿がうんざりして殺めたという話にしておいた)筆が犠牲となった。情事のことまで話してしまえば今度は机が犠牲になりそうな勢いだ。 任せおくがよい、と一言。気丈に言い放ちながらも、尚も身体を打ち震わせているその成熟済みの女の姿は、恋慕の情を抱き、嫉妬に身を焦がす少女のそれにしか見えず。思わず口角がつり上がる。 何を笑っておるのだと言いたげな鋭い視線をかい潜り、そそくさと室外へと退散する。これで九割九分九厘解決したも同然だ。用事は済んだのだ、これ以上居ても仕方がない。早々に立ち去るが吉である。 (いやね) (相方殿の話をするときの、恋心を抱く少女のような貴殿のその鼓動は) (聴いていてとても心地良くてね) (つい笑ってしまったのさ) (これだからたまのお節介はやめられない) 【死番と標本】 あれから幾日後。再び相方殿を訪ねたところ、随分と干からび、腐敗の進んだそれに、寂しげに口付けをする影が一つ。 慰めてはくれないのかと、露骨に憂愁を漂わせる姿に、腹を抱えて笑ってしまった。 彼の干からびた女は、外部に情報を売ろうとしていたらしく、元々拷問にかける予定だったらしい。今回相方殿がうっかり手にかけてしまったことはお咎めなしだそうだ。そうした旨を伝えると、相方殿はそうかと、ただ寂しげに頷くばかりであった。 慰めてやろうかと、半ば冗談で押し倒してみれば、すんなりといったものだから、始めから手込めにさせる気だったことは明白だった。 (露骨過ぎやしないかね相方殿) (恋し人を失ったばかりなのだ、大目にみてやったらどうだ) (貴殿自ら言うのか) (相棒殿) (何か相方殿) (妹は元気だったか) (……) (以前から存じておったわ) (ヒヒヒ、これはまた。格好良く友人の裏で暗躍しているつもりでいたのだが。気付かれていたとはとんだ道化者だ) (気付かない方が可笑しいだろうて。幾度目だと思っておるのだ) (妹殿も献身的なことだ。家業を継がず家を捨てた相方殿を見捨てずにいる) (賢くも愚かでよくつかえる可愛い妹だろう?) (全くもって同意見だ) 手拭いを噛み締めた隙間から、呻き声に近い荒い息が通る。 横たわる相方殿の胸に耳を当て、心の臓が音を聴く。生きている。首を刎ねられることもなく、拷問にかけられることもなく、まさしく今を。生きている。 (世の中それなりに、程々に、うまい具合にまわっているものだ) (此の兄妹をみていると熟そう思う) ╋╋╋ なんやかんや言っても世界は回る話。 何かしらどうにかなる話。 標本さんが何かやらかしても、大王さんが勝手に権力フル行使してうまい具合に処理するから彼は楽しい出家ライフを送ってる。 THE☆職権乱用。 友人がやらかしたことを真っ先にそれとなく発破かけに行く死番さんも、その情報の代わりに何かやらかしたときそれなりに庇ってもらってる。 死番さんは、このこめっちゃ恋する少女やなかわいいって大王さんをみてる。 過去に何回も似たようなことしてる懲りない標本さんと、またか、って思ってる死番さんと、お兄様の最強のセ○ムという名の虫コナーズな大王さん。 死番さんが根回ししてくれてるのを実は知ってた標本さん。 一応数少ない大事な友人の為に適当に発破かけにいく死番さん。 家を出て尚も気にかけてるお兄様に寄り付く害虫の駆除に乗り出す大王さん。 この兄妹みてて面白いなって思ってる死番さん。 友人めっちゃ気が利くし、妹めっちゃ賢いのに愚かで自分の為に勝手に動いてくれる使えるかわいい奴だなって思ってる標本さん。 利害の一致と回る世の話。 2014/07/23 19:54 |