〈凍れる森〉-1 「ふうん、これが〈凍れる森〉ねぇ」 1週間後、僕らはその〈凍れる森〉に来ていた。理由はここの結晶が魔石の新素材になるかどうかを確認するため。つまり、採取するのだ。アリサさんから話を聞いたあのあと、じゃあ採りに行こうかという話になった。忙しいリグが行ってもいいのかどうか確認したところ、許可を貰ったどころか自分たちの研究用にも採ってこいと言われたらしい。 街からはある程度離れた上に魔物もいる危険なところだし、リグが行くとなるとリズも行く。そうなるとグラムの小隊で動いたほうがいいんじゃないかって話になり、正式な隊員じゃないけどお手伝いのウィルドもついてきた。当然アリサさんも来るので、これで実に7人と割と大所帯。 そうやってにぎやかにやってきた僕たちは、足を踏み入れる者がほとんどいない、シャナイゼの中でもひときわ奇妙な場所の入り口で、その異様な光景を眺めていた。 「本当に葉っぱも草も結晶化してる……」 〈凍れる森〉の名前の由来は訊いてたけど、本当にその通りだった。森が結晶化したんじゃなくて、結晶で森を作ったんじゃないかってくらいに結晶だらけ。結晶の成分かそれとも光の散乱の所為か、遠くで見ると青と白に輝いて見えてなんだか寒々しい。1年を通して凍結という現象がないこの土地で〈凍れる森〉と名付けられたのはきっとこの所為だ。 「というより、あれだな。結晶が覆ってるんだ」 森の縁まで歩み寄ったリグが、手の届くところにあった葉っぱを調べていた。促されて僕もリグの手の中にある葉を見てみれば、確かに結晶の中に青葉がある。 「こんなので覆われてて、植物として成長するのか……?」 ここが本当にかつて森だったと考えると、当然湧き出てくる疑問を、否定したのはウィルドだった。 「草も木々も、森全体も成長はしていません。結晶に閉じ込められた当時のままです」 って断言することは、なんでここがこうなったのか知っているんだな。長生きした年寄りってこういうところが怖いんだ。せめて見た目も老けてたらいいのに。 「じゃあ僕らが結晶採取したら、それだけこの森は小さくなるんですか?」 「そこはなんとも。私はここが完成してからは近づいていないので」 ここは魔力が多く溜まっている場所で、こんな風になっているのも魔力による現象だそうだ。つまり、森がずっと結晶で覆われているように魔術が働きっぱなしの状態に近いっていうこと。それで、もしかしたら削り取られたぶん、新しい結晶ができたりすることもあるかもしれないわけだ。 そういう場所は多いってほどじゃないけれどわりとあって、例えばそんなところに死体があったりすると、動いて人を襲うことがある。前に遭遇したことがあるけど、あれは面倒だ。殺しても死なないから、動けなくなるほど死体を損傷させるか、黒魔術を使うしか対処法がない。 閑話休題。 しかし、そうだろうとは思ってたけど、自然発生じゃなくて後天的なものだったか。どうしてこんな風になったんだろうなぁ、と考えていると、リズがぼそりと呟いた。 「嫌だねぇ、これ」 顔を顰めて言うのだ。異常性はあるけれどこんなに綺麗なのに、どうしてそんなことをいうんだろう? ロマンチストにはたまらない場所だと思うんだけど。 「なんでですか?」 「だってこの草、結晶に覆われているんだよ? つまり硬いってことでさ」 リズは地面にしゃがみ込んで草(の結晶)の縁を指の腹ですっと撫でた。戦っている割に綺麗な人差し指に、赤い線が走る。指が切れたんだ。ちょっと触っただけで指が切れるほど硬いのか。 「こけたり、地面に転がされでもしたら、大変なことになるだろうね、これ」 想像してみた。戦っている最中に魔物に吹っ飛ばされて、落ちた先に剣山のような草むらがあったら……。 うわ、嫌だ嫌だ。考えるのやめた。痛いじゃすまないって。 「魔物、出ないといいなぁ……」 同じことを想像したらしく、遠い目をするグラム。僕もこれには同意する。これは魔物に引っかかれるよりも嫌だって。 そんなことを心配している僕らの横で、リグが地面を掘ろうと地面に槍を突き立てようとしていた。あの槍は、リグの杖〈リュミエール〉が魔術で変化したものだ。リグとリズの杖はルビィの特別製で、魔術によって武器に変化する。リグのは槍。リズのは2つの短めの剣。魔術を扱いながらも白兵戦の訓練を受けた2人にはうってつけの武器だ。 そう、武器だ。断じてスコップじゃない。ルビィの傑作でなにしてくれてんだ。 「駄目だ。完全に結晶化してるな。普通にやったんじゃ土が採れない」 槍を振って土を払い、ハンカチで刃をぬぐうリグ。そんな姿に僕は完全に呆れ果てた。 「なんで地面掘ってるんです」 僕らは目の前にたくさんある結晶を採ればいいだけで、地面を掘る必要がないんだけど。いくら硬い結晶だっていったって、葉っぱの付け根とか細いところ探せばそこで折ることができるだろうし、最悪術を使えばいいだろうに。 「〈緑枝〉の奴から頼まれたんだよ。行くんなら、土壌のサンプル採ってきてくれってな。無理みたいだけど」 リグは研修生のとき〈緑枝〉に入るつもりだったらしく、そこの知り合いが割と多かった。それ経由なんだろうけど、そういう調査って1ヶ所じゃ終わらないから大変なのに、どうして引き受けちゃうかな。 「ああ、おれも〈黒枝〉から魔物の情報できれば持ってきてって言われた」 暢気に便乗するグラム。ここにも居たよ。余計な荷物引っさげてきた奴。 「なにしに来たんですか、あんたたち。目的はこの森の結晶を採りに来たんでしょう」 「ついでだよ、ついで」 確かに滅多に来ないところだけど。結晶採掘に、土壌サンプル採取に、生息する魔物の調査? ちょっと欲張り過ぎじゃないんだろうか。お人好しが過ぎるんじゃないの。 ……ンもう、こいつらは無視、無視。 「で、どうします? アリサさん。この辺の採ります?」 肝心の依頼人を振り返ってみると、アリサさんは首を横に振った。 「いや、もっと奥へ行く。もっときちんとした結晶があるかも。確かめに行きたい」 「入るのか……この中に」 はじめからそのつもりだったはずなのに、耳を疑ってますとばかりに呆然とした声を出すグラム。今、戦いになったら嫌だね、って話をしたばかりだから入りたくなくなったんだろう。いや、戦いだけじゃなく、森の中を歩くだけでもいろいろ気遣わなきゃいけない。せめて全身革装備とかで来るべきだったんじゃないだろうか、これ。大丈夫そうなのはグラムと小隊の新入りくんだけだ。まあ〈木の塔〉で渡される服は防刃機能はあるんだけど。 よっし、とグラムが気合いを入れ直し、リーダーらしく指示を飛ばした。 「森の中だ。テッドが先頭だな。殿はウィルド。その次か隣にリズ。アリサは真ん中で、レンとリグが傍に居ろ」 普段はあんな風なグラムなのに、指示を出せば全員黙って従う。それは長年付き合ってきた双子やウィルドに限らないらしく、アリサさんやさっきからだんまりの新入りくんもそうだった。 グラムの小隊の新入りテッドは、僕と同じ研修生。茶髪で黒目の、ヨランに負けず劣らずな地味な男の子。まあ、ヨランと違って可愛らしいかもしれないが、リオどころか僕にも負ける。そんな彼は〈黒枝〉で弓士だった。僕らの隊と交流がある――この前の訓練でグラムが来たのもその所為――ので、アナイスに指導を受けることもあるらしい。 弓士。 「ああ、そうだ。ちょっと待って」 いざ行かんとする隊列を止めて、僕はテッドの傍に行って背負っていた袋の中身を差し出した。 「これ、試作品ですけど。魔力を流し込んで打てば、火矢の代わりになります。魔具の使いかたはわかりますよね?」 渡したのは10本に纏めた矢で、羽と箆(棒の部分)が赤いのが特徴だ。前にアナイスが希望して、この前の護衛任務で使った試作品の矢の魔具。羽が赤いのは見分けがつきやすいように。箆が赤いのは、赤色の魔石を粉末にしたのをまぶしてあるからである。もちろん剥がれ落ちないように加工済み。ここが一番苦労した。正確には、ルビィが苦労していた。 グラムの小隊に弓士が入ったというのは結構前から聞いていたから知っていたから、いくつか持って来たのだ。宣伝とモニターとグラムたちの戦力の強化の一石三鳥だ、なんて持って来たわけだけど。 「……いらない」 そっぽを向いて断られてしまった。 「テディ」 「魔術に頼らなくてもオレは射貫ける」 咎めるリズを無視して、ぎりっと音が鳴りそうなくらい力強い瞳で僕を睨みつけてきた。 ……これはあれだな。もしかしなくても怒らせたな。 「そうですか。必要になったら言ってください」 たぶん僕が悪いわけじゃないんだけど、大人しく引き下がることにした。このまま押し問答していたら、確実に拗れて隊列が乱れてしまうに違いない。 さてさて、どうしてこうなのか。グラムたちは気付いているのかな。 [小説TOP] |