魔を宿す石-2


「んで、話は変わって本題なんだけど」
 転移の術の話が終わって、僕らはようやく本来の用件を思い出す。2人は雑談をするために時間を作ってくれたわけじゃないのだ。
「〈精霊〉の本体を魔石にしようって話でさ、魔石についてちょっと専門家に話を聞いて来ようと思うんだ。それはリグが行くんだけど、どうせならレンも一緒にどうかと思ってね。あんた魔具技師だし、必要な知識でしょ?」
「それはもちろん」
 そういえば僕、値段や特性くらいは知っているけど、魔石についてはそう詳しいわけじゃないんだよね。それよりも装具を作る技術を磨くことに集中してたから。もしかすると、他の勉強してたから、ルビィが気を使って後回しにしてくれたのかもしれない。
「かなーり専門的な話になると思うから、理解できないかもしれないけれど」
「それでも、全く聞かずにいるよりかはマシです」
 わからない話でも意外に覚えているもので、理解できるだけの知識を身に着けたときに思い出したりするのだ。話を聞くことに損はない。
 明日の午後ね、と言われて、些か面食らったけれども。

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 魔石の話、と聞いて何処に行くんだろう、と思ったら、科学が専門の〈赤枝〉だった。〈赤枝〉の研究室は半分くらいが塔の上部に、もう半分は別棟にある。今回の目的地は前者だったので、それはもうひたすら階段を上った。こういうときこそ転移の術が欲しくなる。
 たくさんのフラスコやビーカーといったガラス器具。棚に収められた試薬瓶。いかにも実験室といった感じの部屋は、魔術師の、本ばかりの部屋になれた僕には珍しい。ついじろじろと見回してしまうが、なにやら壊してしまいそうで歩き回ることはできなかった。
 そんな部屋の入り口でリグが呼び出したのは、赤い髪を項で束ね、白衣を纏った女性だった。
「アリサ・イルマ。よろしく」
 そう名乗って、彼女は僕らを実験室の外に出し、別の部屋に案内した。そこは僕にも見慣れた、本とテーブルの置いてある部屋だ。
 アリサさんは白衣を脱ぐと、椅子の背もたれに放った。そして棚から黒い粉の入った瓶を取り出すと、カップの中に中身を入れてお湯を注ぎ、僕らに配った。……コーヒーだ。僕の周囲は紅茶党ばかりだから珍しい。
 自分の分もコーヒーを用意すると、アリサさんは白衣を掛けた椅子に座ると、困ったように視線を泳がせた。
「えっと……? 魔石についての話だっけ? どこから話せばいいのか……」
「基礎的なところから。わからなければ質問しますので、話しやすいようにお願いします」
 礼儀正しくリグが頼むと、途端アリサさんは顔を顰めて顔の前で手を振った。
「敬語じゃなくていい。同い年だし、レーヴィン様に下手に出られても気まずい」
 様、を付けられてリグは少し不快そうに顔を歪める。割と有名な双子たちは変に持ち上げられることを嫌う。それに気付かなかったアリサさんは口元に手を当ててしばらく考え込んでから話し出した。
「魔具に使われている魔石の大半が石英だってことは知ってる?」
「もちろん」
 魔石はそういった種類の石があるわけではない。魔力が宿った石のことならなんでも魔石と呼ぶのだ。それが金剛石でも、そこらに転がっている砂利の中の一粒でも。
 でも、魔具にやたらとその辺の石が使われているのかと言われるとそうではなくって、一般的に魔石として流通しているのは、だいたいが石英――水晶だった。
「なんで水晶なのかは?」
「……頑丈で、比較的安価だから?」
「あと、簡単に作ることができるから。時間はかかるけど、紅玉なんかよりも比較的楽に大量に作れる。まあ、他と違って屑石が必要だけど」
 へぇ、と頷いて、どうやって作るんだ、ってリグは訊いてるけど、僕はちょっとそれどころではなかった。
「人工的に作れるんですか!?」
 宝石って天然の物しかないと思ってた。だから良い物は高いお値段がするんだと。真珠は貝の体内に球を入れて育てさせるっていう話は聞いたことあるんだけど、相手は石だ。生体の中で育つものじゃない。
 ……石を作るって、どうやって?
「ん。まあ、材料さえ揃えば」
 粉体の化合物を乳鉢でよく混ぜて、高温で溶かして固めれば結晶になる物があるのだそうだ。ただ、水晶だけは製法が違う製法もあって、屑水晶を溶液中で溶かし、同じく溶液中にぶら下げた板状の水晶に析出させることでできるらしい。こちらは比較的低温でできるから楽なんだそうだ。
「やってみたい」
 宝石が自分の手で作れるなんて、夢のようじゃないか。たとえそれが人工の物で、天然の物よりも価値が下がろうとも。いいなぁ、ちょっと〈赤枝〉に異動すること考えようかなぁ。〈木の塔〉に入ってからというもの、〈青枝〉の活動がなくってちょっと退屈していたのだ。まあ、それには理由があるんだけど。
「今度ね」
 アリサさんがそう言うと、いつか本当にさせてもらえそうだから期待してしまう。リグが言うとただのごまかしになるんだけどね。
「続き。水晶が使われているのは、頑丈で、安価で、大量生産しやすいから。それと、色付けが簡単」
 石の色というのは、構成する成分の違いで決まるらしい。例えば鋼玉と呼ばれる紅玉と蒼玉。この二つは主成分は同じなんだけど、含まれる不純物の種類によって赤色か青色か変わってくる。水晶の色付けもこれを利用していて、屑水晶を溶かす前に他の化合物も加えて色付けを行っているんだって。
「だから属性ごとの色があるわけですね……」
 魔石が水晶だっていうのは知っていたが、いろんな色があるのは本当に不思議に思っていたんだ。紫色はともかく、青や緑の水晶なんて見たことがなかった。赤色も、紅水晶のようなピンク色はあるけれども、燃えるように真っ赤なのは宝飾店ではやっぱり見かけなかった。天然には存在しないのだ。
 でも、それも人工的に作られたからとなれば、納得だ。
「そういうこと。そして、着色しなければいけないということは、魔法陣の属性の色と合わない色の石を使っても問題ないということ」
 つまり、真っ赤な紅玉に水の魔術を込めても問題ないってこと。ただ、ややこしいので販売する側はあまりやらないけど。装身具の魔具が芸術方面に発展しなかったのにはそういう理由もある。金持ちはやはり、高価な宝石を身に着けたいものだから、水晶だけでは物足りなくなるのだ。
「その上で、ポイントがいくつか。まず、結晶形でなければならない」
「非晶質では駄目……硝子とか、琥珀や蛋白石は駄目ってことか」
 結晶っていうのは原子が規則的に配列して、原子と原子を結ぶと格子状になったもののことを言うらしい。非晶質っていうのは、原子が規則的に並ばなかったもののこと。リグが言ったように、硝子が典型的な例だ。
「これはどうして?」
「魔力は結晶間に留まる。規則正しく配列していないと、漏れてしまう」
 漏れて減ってしまったら、魔石としては全く役立たずだ。だから不向きということらしい。
 他に言われたのは、耐熱性。これは魔術が発動するときに発生するエネルギーに耐える必要があるから。あと、火の術を使ったとき耐えられないといけないってのもある。
 もう1つは劈開がないこと。劈開っていうのはある方向への割れやすさのこと。石を加工する側としては有り難いような有り難くないようなっていう性質だが、使い続けているうちにここから壊れていくんだっているから、やっぱり不向きということだ。魔石は、流された魔力の量によって壊れることがあるから、やっぱり頑丈な方がいい。
「化合物によっての違いは?」
「それもないと思う。珪酸の石英でも、アルミナの紅玉でも、出力に違いはないって論文で見た」
「溜めやすさや保持のしやすさで傾向は?」
「特筆するほどはない。全部誤差の範囲内。量は大きさに依存する」
 結局のところ、アリサさんが言った条件さえクリアすれば本当になんでも使うことができるらしい。
 リグは聞いたことを素早くメモに取り、それを見返すと、うーんとうなりながらペンの尻で頭を掻いた。
「思ったよりも注意点はないんだな。ちょっと拍子抜けだ」
 これは僕も思った。リズに念を押されたから覚悟してきたんだけど、知識不足の僕でも結構わかる話ばかりだ。
「結晶であれば基本的になんでも魔石になる。だから魔石の研究者は少ない。私たち結晶屋は、いかに簡単に作るかを研究している人が多いかも」
 なんでもってなって違いもないなら、確かに研究する面白味もないかも。研究者が少なくなるのも道理かな。
「新素材を開拓する人もいるにはいるけど……」
 そこでアリサさんは遠い目をした。口元に手を当てて考え込むと、やがておずおずと話し出した。
「1つ、未知の鉱物がある。これについては入手が難しくて研究が進んでいないから、なんとも言えない」
 でも、わざわざ口に出すんだから、見込みはあるってことだよね。
「それって?」
「〈凍れる森〉の、結晶」



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