憂心のグラム 「僕、罰金取られるようなことしてませんよ?」 あんなことしといて平然と言う年下の友人に、ついつい溜め息が出た。 レン・ヴィス。2年の付き合いになる、おれの友人。 出会ったきっかけは、〈木の塔〉の汚点となる禁書の盗難事件。本と犯人を追い掛けて西へ行ったおれらは、奴を犯人と勘違いして捕まえた。 そこから、ひょんな事にシャナイゼまでの帰り道を同行することとなり。ミルンデネスを巻き込む事件を乗り越えて、気付けばここでの新しい生活を手伝っている。 レンは基本的にはいい奴だ。好奇心旺盛だし、おれと違って勉強にも真面目。ちょっと腹黒いし敬語が胡散臭いところはあるけど、困っている奴は放っておかないし気立てもいい。 ……んだけど、たまに手の付けられないところがある。気に入らない相手――特に男――に対しての扱いがとにかく酷い。無視に嫌味なんて可愛いほう、暴言吐くし、なにか気に入らないことをしたのをみればすぐに手が出るし、決闘などになろうものなら徹底的に叩き潰す。のくせして精神的な面を除いて被害者のダメージが小さいのがまた恐ろしい。 偶然じゃない。確信犯だ。世間に非難されないぎりぎりのところでやりたい放題にやっている、そういう奴なんだ。 今日もまたそうだ。街を巡回していると、騒ぎの中心にあいつがいた。なんでもセクハラ男を撃退していたんだって言う。これは街の人たちから聞いたので嘘じゃないんだろうけど。 ……だけど、足蹴にすることはないんじゃないか。頭踏みつけるとか、ホントやり過ぎ。 しかもそれだけじゃ終わらなくて、夜に再び遭遇すると今度は喧嘩吹っかけてきた奴の足を氷漬けにしたと来た。 確かに状況からして正当防衛だ。身を守るのに魔術を使うなとは言わない。そもそも〈木の塔〉にケンカを売る方が馬鹿だし、相手が痛い目に合うのも仕方がない。でも、氷漬けにしたまま放置して、報告もないってぇのは普通ないだろう。なんとかそれを聞き出したおれは、人を向かわせて助け出した。軽い凍傷になっていたらしいんだけど、あいつの反応は「そっか」で終わった。 なにが言いたいのかっていうと、とにかくレンはやりすぎなんだ。それをどうにかしようとしたんだけど、奴は全然おれの話を聞かない。〈塔〉の評判にかかわると言ったらしぶしぶ納得してくれたから、聞き分けがないわけではないんだろうけど。 もうちょっとあの過激な行動を控えめにさせられないか。それが今のおれの目下の悩み。 「でもねぇ、自業自得じゃない?」 あっさりとそうのたまったのは、仲間のリズ。その言葉に同意して頷くリグ。1個年上の双子の兄妹は、4年近くの付き合いになる。 特にすることがなくなると、おれはいつもこいつらのいる研究室に行く。うるさい奴もいるが、居心地がいいし、研究しているときは邪魔しなければ追い出されない。ついでに、お茶とお菓子がいつもある。剣を振るうだけが仕事のおれは、特定の部屋を貰えたり持っている人の下に付いたりしなかったから、ここが〈木の塔〉での貴重な居場所だ。 レンのことで疲れたおれは、いつものようにこの双子のいる研究室に来た。最近研究で夜遅いのは知っていたから、愚痴でも聞いてもらおうと思って。運よく休憩中だった双子は、快く話を聞いてくれたってわけ。 で、聞いた感想が自業自得。 「だってそいつ、日のあるうちからいろんなこと言ってたんでしょ? で、注意したら逆恨み。あたしだったら、足どころか全身動けないようにするなぁ」 「さすが魔王様」 全身氷付けか、それとも黒魔術による金縛りか。いずれにしろ容赦ない。おっかないと思いながら剣を鞘ごと持ち上げた。がちゃり、とぶつかり合う音。こいつ、おれを殴るのにわざわざ杖を持ち出してくる。せめて手にしてほしい、当たったとき痛いから。 見上げてみれば、穏やかな笑みを浮かべたリズの顔がある。ただし、瞳は絶対零度。それこそ魔王たる所以であるとなぜ気づかない。……いや、魔王扱いしてからかっただけで、そこまでするか!? いつもいつも思うけどさっ! 冷汗を浮かべながらも見合っていると、リズはすっと杖を引っ込めた。目もすっかり元通り。どんな魔法だ。 「まあ、ねぇ」 確かにやり過ぎだわ、気持ちはわかるけど、とリズ。やっぱり容赦ない魔王様だ。本気で呪われそうだからもう口には出さないけど。 それで終わらせていいのかよ、と思ったが、明日注意しておくとリグは言うので、諦めた。なんでもレンの所に行く予定があるそうだ。 「お前が言っても聞かないだろ」 「うるせー」 むかつくが、事実なので反論はできない。年上なんだけどなぁ、おれ。戦い方だって教えたのに、いまいち尊敬されてる感が欠片もない。 だけど、ここはこいつらに任せよう。言っとくべきときに言っとかないと、多くの人が苦労する羽目になる。 「心配し過ぎだと思うんだがなぁ」 頬杖をつきながらリグは言う。横でうんうん、とリズが頷いている。つくづくおれの意見は受け入れられないらしい。 「あいつは馬鹿じゃない。自分の身は守れるし、無闇に他人に迷惑を掛けるようなことはしない」 それは言われるまでもなく知っているけど。 「確かに頭に血が上りやすいところはあるが、あいつがうっかりやり過ぎて人殺すとか大きな間違いを起こすことはないと思うよ、俺は」 いや、さすがにそこまで考えたことはねぇよ。 「そうそう。なんてったって……」 引き継いだリズの言葉に、2人して意味深に目蓋を伏せる。 「「お前じゃないんだから」」 「いじめっ!?」 内容ももちろんそうだけど、ハモるとか酷い! わざとだろ! 「レンは無茶でも無謀でも、考えなしでもないよって言ってんの」 「それっておれがそうだと言っているようなもんだよな!?」 話の流れからして、そうとしか聞こえないんだけど! 「……自覚なしか」 ぐさっと心臓になにかが刺さる音がした。リグの言葉の刃は厚くて鋭い。ダメージでかい。 ばたん、とテーブルの上に潰れると、冗談、と笑い声が降ってきた。もう遅い。その言葉は傷薬にはなりません。 「別にお前が大きな間違いを起こす馬鹿だとは思っていないよ」 起こさねーよ、考えたこともねーよ。大げさに言ったっていうのはわかってんだよ! そこじゃなくて、無茶、無謀、考えなし、の所にダメージ受けてんだけど。っていうか、なんでレンは擁護して、おれにはしてくれないの。 訴えにおかしそうに笑う友人たち。 双子の、友人に対する扱いの理不尽さに、涙しそうだった。 [小説TOP] |