“木漏れ陽の街”の〈木の塔〉-2


 花売りのアーシャさんを送ったこともあってだいぶ遅い時間なってしまったが、杖の持ち主なあまり気にしていなかったようで許してくれた。丁寧に謝罪を言って、街の中心にある巨木にある〈木の塔〉に向かう。
 辺りはすっかり暗くなっていた。道に所々立てられた洒落た街灯が白い光を放っていた。この光のエネルギー源は、ミルンデネスでは珍しいことに電気である。硝子球に微量の水銀を封じ込め、どういう原理か電気を流して光らせているのだそうだ。〈水銀灯〉と言うらしい。電気は、この街灯の他には〈木の塔〉と役場にのみ供給されていて、一般家庭には普及されていない。街全体に充分に行き渡るだけの電気量を賄うことが難しいのだそうだ。その代わりに普及しているのが、魔術を利用した明かり。光の術の魔法陣を描いた台座の上に魔石――魔力の溜まった石を置き、硝子球で覆ったもので、自分で魔力を流し込んで点灯するのだ。こういうものもシャナイゼにしかないから、〈木の塔〉の魔法技術には驚かされる。
 さて、そんな世にも珍しい光源の下、街の南の区画を二分する大きな木の根を掘ったトンネルの前で、僕は屈強な男たち6人に囲まれていた。全員武器を持っている。傭兵かな。その中の1人に、さっき僕が伸したあの男がいる。
 たぶん、情けないことに、僕に報復しにきたのだろう。6人がかりで、1人の餓鬼に。時間からいって、グラムから聴取を受けたばかりだ。注意とかされなかったのかな? 面倒な目に遭ったばかりでまた面倒事起こそうとするとか、頭悪い。
「よお、また会ったな、赤眼のガキ」
 人数が多いので得意になったのか、デカイ態度で身体を揺らしながら件の男は前に出る。
 そりゃあ向こうから会いに来たんですから、嫌でも再会する羽目になりますとも。まったく面倒臭いなぁ。お腹すいたし、早く家に帰りたいからし、男なんかに囲まれたくないし。
 つーか、赤眼とかムカつくからいちいち言わないでほしい。嫌な奴らを思い出す。それに、自分の身体的特徴ならよく知っているから、わざわざ指摘してくれなくっていいっつーの。
 ……って言葉をなんとか飲み込んだ。僕は喧嘩は買っても売らない主義。
「さっきのお礼なら結構ですよ」
 動かない、と自分に言い聞かせる。ここでこっちから手を出したら間違いなく怒られる。罰を食らうだけならまだいいが、〈木の塔〉在籍資格を剥奪されたらたまらない。せっかく2年近く頑張ったのに。
 うーん、にしてもこんな暗いのに、初対面だった奴にあっさりと見つかるなんて。もう少し容姿が地味だったら回避できたんだろうか。
「まあまあ、そう言わずに受け取れよ!」
 周りの男たちが剣を抜く。喧嘩売る気満々。馬鹿な奴ら。つか、剣抜くか普通。大人しく引き下がっていれば、余計な怪我しないで済んだのに。
「面倒臭いなぁ……」
 思わず本音を吐きながら、腰のポーチから〈魔札〉を1枚取る。こんな奴らに使うのはもったいないが、対近接でどうにかできるほどの魔術の腕はないのだから仕方がない。武器で1人1人相手にするのも面倒臭いし。
「さっさと失せろよ、うざったい」
 魔力を流し込むと、札が消え、代わりに足下に青色の光を放つ魔法陣が描かれる。青い光は水の術。〈魔札〉は予め紙に陣が描いてあるので魔力を流すだけですぐに魔術が使えるという優れものだから、男たちの足元が氷漬けにされるのもあっという間だ。
「なんだこれ、動けないっ」
 傭兵なんだから魔術を見るのははじめてってわけでもないだろうに、戸惑ってもがく姿は酷く滑稽だ。でも、男がもがく姿を見ても、僕は全然楽しくない。
 いらいらするし、面倒臭いし。さっさと片付けてしまおう、とそもそもの原因のほうに向かって足を進める。
「待っ……その……俺たちがっ」
 焦って悲愴に暮れるナンパ男の目を冷やかな視線で見下ろしながら、話を最後まで聴かずに鳩尾に拳を叩き込んだ。


「おれさぁ」
 接客室――もとい取調室。部屋の真ん中に置かれた、6人は座れるだろう机の真ん中に座り両肘を付いていたグラムは、うんざりとした様子で気だるげに声を出し、眉間を揉んだ。
 僕らはその向かいに座っている。僕と……襲いかかってきたあのお馬鹿さんが、隣に並んで一緒に。
 どうして僕こっち側。
「あの後すぐその人を連れて帰って、話聞いて、騒ぎ起こさないようにって注意して、報復とか考えないようにしっっかぁりと言い聞かせて、帰らせたんだよね。それがだいたい30分くらい前の話な、ん、だ、け、ど」
  じと、とこちらに視線が向けられて、僕らの背は自然に伸びた。なんとなく怒りのようなものを察して。よく有りがちな例に漏れず、普段のほほんとしているグラムも怒らせると怖いタイプの人間である。
「これはいったいどういうこと?」
 怒ってるのは無理ないとは思うんだけど、どうして恨めしや、って感じの目を僕だけに向けてくるのかな。悪いのこいつじゃん。
「木の塔に向かおうと思ったら襲われました」
「で?」
「身の危険を感じたので、応戦しました」
「それで?」
「そのまま放置してはいけないと思い、そもそもの原因であるこの人だけ連れてきました」
「……“だけ”?」
「残りの人たちは、南トンネルの前に放置してきました。まだ氷漬けのままだと思います」
「早く言えよっ!」
 グラムは叫ぶと立ち上がる。背後の扉を開け、偶然廊下にいた誰かを呼びとめた。すぐに僕の言った場所に向かうように指示を出す。
 そういえば、この人が小隊以外のところで働いているの初めて見たなぁ。小隊の隊長ってだけかと思ってたけど、〈黒枝〉の中でもそれなりの地位にいるんだ。しかも、しっかり働いている。どうも子どもっぽくてマイペースな一面ばかり見てるから、人に指示する姿とか想像つかない。仕事できるんだ。
「で、その……えと……コースターさん?」
「カーストです」
 名前を間違っているくせに、子音がほとんど合っているのはむしろ凄いんじゃないだろうか、と横で変なことを考える。
「カーストさん、おれさ、確かに言ったよね? 報復しようとか考えるなよって。まずあんたじゃこいつに勝てないし、シャナイゼで〈木の塔〉と騒ぎ起こしたら罰金取られる上に仕事もやりにくくなるって。あんた傭兵だろ? 仕事なくなっちゃうよ?」
 仕事がなくなる、ってところでカーストはうろたえた。シャナイゼで〈木の塔〉に喧嘩売ることの意味をわかっていなかったんだな。この街の行政を担っているのは一応国だけど、〈木の塔〉のほうが色々貢献していてすっかりシャナイゼの顔だから、敵に回したら街中から見放される
「すんません。勘弁してください」
「残念だけど、もう無理。はい、そこに書かれてる金額出して、この書類にサインして」
 有無を言わさぬ様子に、この馬鹿はしぶしぶ書類にサインし、お金を置いて部屋を出ていった。丸まった背は哀愁漂い、少し小さくなっていた。いい気味だ。
「お前も他人の事言ってる場合じゃないからな?」
 せせら笑う僕に水を差すようにグラムは言う。
「僕、罰金取られるようなことしてませんよ?」
 襲われた女の人を助けたし、喧嘩吹っ掛けられたので抵抗しただけ。僕の暴力は正当性があるはずだ。
 なのに、重々しい溜め息を吐かれた。グラムに呆れられるとなんかムカつくんだけど、どうしてだろうか。
 部屋の扉がノックされる。グラムの返事に応えて開けて入ってきたのは、僕とほとんど歳の変わらない少年。研修生か? 彼はカーストの仲間を救出したと報告して去ってった。
 振り向いたグラムに軽く睨まれる。
「足、凍傷になってたそうだぞ」
「それはお気の毒」
 どうせ治療したんだろ。自業自得なんだからほっときゃいいのに。
「お前なぁ……」
 がっくりと項垂れた。やりすぎなんだよ、と頭を抱えている。
 僕は身を守っただけなのに。
「分からなくもないけどな、ほどほどにしろよ? あんまやり過ぎてなにかあると、〈塔〉の威信に関わるからな」
「……はーい」
 まあ、忠告には耳を貸しておこう。恩人でもあるグラムたちを困らせるのは、僕の望むところではないし、〈木の塔〉の信用問題はシャナイゼの安全の問題だ。僕だって、〈塔〉に所属している以上は市民を不安にさせちゃいけないっていう責任感くらいはあるつもり。
「じゃ、説教終わりっ。帰って良いぞ〜」
 さっきのあれは演技かと思うほど、あっさりと終わった。それで良いのかと思ったが、まあグラムだし。
 取り合えず、ようやく夕飯にありつけるようだから、良かったな。あ、でもただのお遣いに出て帰りがこんなに遅くなったから、ちょっと怒られるかもしれない。
 畜生、奴らの所為だ。早く帰ろう。
「帰り、喧嘩すんなよ!」
 ……余計な一言にちょっとイラっとした。



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