“木漏れ陽の街”の〈木の塔〉-1 ミルンデネスの三大国の1つリヴィアデールの東側を縦に割るシェタ沙漠。その更に東には、短草草原が広がっている。見渡す限り草原の、背の低い貧弱な木しか生えていない土地に、1本だけとてもとても大きな木がある。囲うのに100人でもなお足りない太さの幹を持つ大樹。1000年生きた木もこれほど大きくならないだろう。 そんな木を囲むように、1つの街が出来上がった。巨木の枝葉を天にする“木漏れ陽の街”シャナイゼ。それが僕が今暮らす街。 「はい、そこまでそこまでー」 野次馬の作った輪の真ん中で男の背を踏みつけていると、闊達とした声が乱入してくる。聞き覚えのある声に、僕は思わず固まった。 「この場は我々〈木の塔〉が預かりますー……って」 意気揚々と人だかりを掻き分けて入ってきたその人は、予想した通り僕の知り合いで。 「お前かよ」 その人は僕の姿を見ると、背骨がこんにゃくになりましたとでも言うように脱力した。 だらん、と猫背になって両腕を垂らす彼。腰には剣。胸元には6枚の葉と木を模られた〈木の塔〉の紋章。僕と同じくらいにしか見えない童顔のその人。〈黒枝〉の戦士、第6小隊隊長グラム。 戦闘と防衛を専門とする〈黒枝〉の仕事――街内の巡回中にこの騒ぎに遭遇したようだ。……全く、ツイてない。 「お前、今度はいったいなにしたんだぁ?」 僕と出会ったショックから立ち直ったグラムは、呆れたように腕を組んで僕に半眼を向けた。それはまるで僕がしょっちゅう騒ぎを起こしているみたいな言い方だ。ひどい。 まあ、僕の傷心についてはとりあえず置いておいて、僕は足元の男を指差した。 「この人、婦女暴行です」 「してねぇよ! ナンパしてただけだっ――ぶへ」 騒ごうとしたので、背中の足を頭に移動して、地面に押し付けてやった。人が話をしているのに、邪魔すんな。 「おいこらやめろって。ほら、足除けろ」 頭を抱えながら、こちらに来る。これ以上ごねたら僕の立場が悪くなるので、しぶしぶ足を除けた。まあ、グラムだったら信用できるし。 僕の期待通り、グラムは起き上がった男の腕を掴んで拘束した。 「おい、なんで俺を掴まえンだよ! 暴行犯はあいつだろ!」 拘束された理由が分からないとばかりに男はグラムに怒鳴り散らす。 「あいつは身元がわかってるからいいの。逃げたらどうなるかもよーくわかってるだろうし」 ええ、よぉくわかっていますとも。そんなことをしたら命が危ない。仮に命が無事でも、地獄を味わうのは間違いない。グラムはともかく、他の友人が怖いのである。 「それに、あいつは手が早いけど、理由もなく暴力振るう奴でもないんでね。悪いけど、事情を聴かせてもらうよ」 感激した。僕のことを信じてくれている! なんていい人なんだろう、グラムは。だから彼はモテるのだ。愛嬌はあると言ってもどちらかといえば平凡顔だし、女性の感情の機微には疎いところがあるが、無垢無邪気の純粋な彼の気に中てられる女性は少なくない。 その天然たらしは、婦女暴行犯を拘束したままこちらを振り向いた。 「お前も来い」 嫌と言っても許してくれそうにもないけど……困った。 「僕、お遣いの途中なんですけど」 女性に杖を返してもらい、見せつける。グラムはじぃっとそれを見ると、諦めたように溜息を吐いた。 「じゃあ、そのお遣いを終えてから来い。……ついでにその人送ってけ。状況によっては後で事情聴くかもしれないから、場所も覚えておけよ」 ものわかりが良くて、融通が利いて、本当に助かる。 そうしてグラムが相棒と婦女暴行犯を伴って人だかりの向こうに消えると、女性のほうを向いた。 「預かっていただいて、ありがとうございました」 頭を下げると、女性も慌てて頭を下げた。 「いいえ。こちらこそ助けていただいて」 「あんなの、大したことありません。気にしないでください」 困っている女性を助けるのは、当然の事だから。 ふと足下を見ると、花が落ちていた。屈んでそれを拾うと、なんと茎が踏みつけられて汚れている。見たところ彼女は花売りだ。だから、これは商品のはず。 「すみません。……僕が踏んづけちゃったかな」 大立ち回りをした覚えはないが、足下に気を配っていなかったのは事実だ。花1本の値段なんて大したものじゃないし、責任を取って買い取ろうとすると、彼女がやんわりと押しとどめてきた。 「気にしないでください。家に飾ることにしますから」 彼女は花を受け取ると、籠に刺して微笑んだ。うわー、可愛いな。素朴で純粋な笑みというのは、本当に心動かされる。彼女を作るならこういう人がいいな。 ……僕の名誉のために言っておくと、それが目的で助けたわけじゃない。ナンパ男を撃退してナンパするなんて、元も子もないしね。 「さて、先輩の命令もありましたし、送っていきますよ」 そう言うと、彼女は戸惑った顔をした。まあ、正常な反応だ。あんなことがあったあとに男が送っていく、だなんてねぇ。 「いえ、助けていただいたのに、そこまでしていただくわけには……。私の家は南区の淵のほうですし……」 「問題ありません。通り道ですよ」 僕の目的地は南区の家。城壁に近いところにあるはずだから、そこまで遠回りにはならないはずだ。 「それでは、お願いします」 彼女はまたぺこりと頭を下げた。 気付けばもう灯りが必要なほど暗くなっている。開けた場所にある街だが、街の空に掛かる巨木の枝葉の所為で暗くなるのは早いのだ。通りを歩く人もまばらになってきた。 「そう言えば、まだ名乗っていませんでした。僕はレンと言います」 「アーシャです」 「アーシャさんは、花売りをされてるんですね」 「ええ。店はきちんとあるんですけど、訪問販売もしているんです」 忙しかったり、身体に異常があったりして店に顔を出せない人の為にしているんだそうだ。今日も脚の悪いおばあさんの所へ行って、好きな花を選んでもらったのだと言う。 「レンさんは、やっぱり〈木の塔〉の方なんですか?」 〈木の塔〉。シャナイゼのシンボルとなる巨木の中を刳り抜いた“塔”を拠点とする魔術研究機関。その知名度は国内だけでなく、ミルンデネス全域に及ぶ。アーシャさんが予想した通り、僕はそこの研修生だったりする。 2年前、沙漠の西からこの街に来た僕は、ある技術者の下で暮らすことになった。その人の下でお手伝いをしながら勉強をし、今年晴れて〈木の塔〉に入ったのだ。 「だからそんなに強いんですね」 向けられる尊敬の目差し。〈木の塔〉はシャナイゼの人間なら誰もが一度は憧れる難関の就職先。加えて、いろいろあって街の警備や防衛までやって治安を守っているのだから、こういう目で見られることは珍しくない。〈塔〉の人間は例外なく強いと思われているのだ。もちろんそれは誤解。研究ばっかりで貧弱な人もいる。 だから、そんなことありません、と言ったら謙遜と取られた。まあ、僕は同期の中では強いほうだけどね。 [小説TOP] |