第2章 現に在りし神の遺物 1. さすがに1週間経てば、ディレイスの言っていた“不穏”の正体が分かってきた。 西の隣国クレールだ。 最近、武器の搬入が多いという情報がサリスバーグとクレールの国境辺りから入ってきた。それから、軍の配置。東側の街に、必要以上に配備されているのだという。アリシエウスはその街に近い。 戦争になるのではないか、という話が、同僚たちの中で流れていた。皆、騎士だ。そういった話には敏感になる。 信じる者は半分、疑う者も半分だった。アリシエウスは森の中にあるしがない国だ。元々は狩りで生きていた民族で、特産物は独特の技術で作った燻製肉と革製品。現在は農業もやっていて、花卉類も交易の品に加わっているが、はっきり言ってそれだけである。戦までして欲しい土地ではないのだ。 なにが目的なのか、そもそも戦は起こるのか。不確かな情報ばかりが広まって、皆が不安に陥っていた。 だから、最近仕事の時間が増えた。お陰で昼寝をする暇もない。 今日、ラスティは武器庫の点検作業にあたっていた。外は気持ちよく晴れているというのに、薄暗く埃っぽい武器庫の中に引きこもっているのだ。不満を押し殺しながら、作業に当たる。 ラスティの他に、この場には7人。デイビッドとクロード、それから従騎士が5人。点検作業はどちらかというと、従騎士たちのためにあって、ラスティ達はその監督の立場に立っていた。 「短剣の点検は?」 ラスティが声をかけると、背の低い童顔の従騎士が、背筋を伸ばしてラスティに向き直る。 「あ、はい。終わりました。不足はありません」 「そうか」 ラスティは綺麗に並べられた短剣のひとつを手に取った。暗い中で、角灯の光を頼りに刃を眺める。反射光は鈍い。刃も鋭さを欠いていて、切れ味が悪そうだ。 「こいつは武器として役に立たない。数だけでなく、状態も見ろ。その中から使える奴だけを数えるんだ。駄目そうな奴は集めろ。手入れをすれば使える可能性があるからな」 「は、はいっ」 真剣そうな顔で再び短剣の確認を行う従騎士。放っておいても大丈夫だと判断したラスティは、使えない短剣を台に戻そうとした。 「うわっ、なんだこれ!?」 「すっげぇ!」 従騎士たちが真面目にやっている傍らで、明らかに横道に逸れている者たちの声がした。ラスティは彼らに向かって持っていた短剣を投げた。短剣は、その切れ味にも関わらず、デイビッドとクロードの間を突っ切って、剣を飾っていた木製の台に突き刺さった。 デイビッドは出した手を引っ込めたような格好で、クロードは剣を両手で握りしめたまま身を引いた状態で固まっていた。かくかくとした動作でラスティのほうを振り向くと、一斉に叫びだした。 「ラスティ!」 「なにを遊んでるんだ、お前たちは」 非難の声を浴びせる2人に、ラスティは冷ややかな視線を送った。 「違うんだ! ほら、見ろ」 クロードはラスティに、手に持っていた剣を見せた。他のものに比べると若干細身である以外には、これといった特徴もないように見える。取り立てて騒ぐような一品には見えない。しげしげと眺めるラスティに、クロードは捲し立てた。 「火の魔術が掛けられている魔具だぞ、これは。しかも、飾り具に魔石まで嵌まってるんだ! これ1本でも相当の……」 言葉を切って、ふと剣を観察するラスティを見ると、空いた手で頭を掻いた。 「悪い。忘れてた。お前魔術使えないんだった」 魔術は様々な法則のもとに成り立っているので学問に等しいのだが、現在では素人でも簡単に――無論多少の知識と技術はいるが――魔術を使うことができる道具が広まりつつあった。特に、魔物を相手に戦う騎士のような仕事に就く者たちは好んで魔具を使う。デイビッドやクロード……いや、それに限らずここにいる従騎士たちもそうだ。しかし、ラスティは魔術に関するものには全く触れたことがなかった。 「どうしてわからないかなぁ。魔力少なめの俺でもわかるのに」 「ていうか、不便じゃないか?」 「別に」 苦戦したことはあるが、死ぬような思いはしたことがない。今まで魔術に羨望したことはなかった。 「くっ……、ちょっと剣の腕が長つからってぇ……」 デイビッドは拳を震わせた。 「とにかく、後輩もいるんだ。真面目にやれ」 デイビッドたちはぶーぶー言いながらも、仕事に戻って行った。ラスティは投げて壁に突き刺さった短剣を抜いた。剣先が欠けていないか確かめ、従騎士に渡した。童顔の従騎士はおっかなびっくりでそれを受け取る。 ラスティは、次に弓矢の在庫を確認している者のところへと向かった。矢数が多く、大変そうだったので、数えるのを手伝っていると、閉まっていた武器庫の扉が開く。 突然入ってきた外光は、暗がりに慣れた目にはきつかった。 「ユルグナー殿はいらっしゃいますか!」 外が眩しくて姿が判別できなかったが、声にはまだ幼さが残っていた。従騎士だろう。誰かに使い走りにされ、自分を捜しに来たようだ。 「ここに」 「陛下より伝言がございます」 折り畳まれた紙を渡された。開いて内容を確認すると、ただ一言『夜に、執務室へ』とだけ書いてあった。 伝言を託された従騎士は敬礼をすると去って行った。 夜に呼び出しなんて、いったい何の用だろうか。心当たりがない。これがディレイスなら、飲みに行こうとかそういう下らない内容なのだが、字は間違いなくハイアンのものだった。 思い立ったのは、ハイアンが最近行っている人事異動についてだ。だが、一騎士であるラスティには直接関わりはないはずだ。騎士の出世は主に功績で決まる。 もう一度紙を見返す。本当にその一文しか書かれておらず、細かい時間指定もなにもない。 「ラスティ、仕事しろよな〜」 先程の仕返しだとでも言うのか、デイビッドが笑いを含んだ声で、途方に暮れていたラスティを注意する。ラスティはひとつ大きな溜め息を吐くと、紙を畳んでポケットにしまい、矢の本数の確認を再開した。 [小説TOP] |