第17章 意地か使命か


  1.

 リヴィアデール軍が街に突入した後、決着がつくのは早かった。クレール側の戦力はほとんど城壁に集中していて、グラムたち侵入組によって勢力を削がれていたためだ。外からも中からも囲まれた彼らは、懸命にも素早く降伏を決断した。今は、城壁内の何処かに捕虜として閉じ込められているはずだ。
 戦いが終わったあと、グラムたちは事後処理をしていた。事後処理とはおもに清掃活動――死体の処理や血糊落としなどだ。情けないことに、リヴィアデールの若い兵士たち――主に雑用ばかり押し付けられる階級の人たち――はあまりこういうことをやりたがらない。だから、グラムたちが率先して行い、敵味方に関係なく丁重に弔った。敵の遺体は祖国に帰してやりたかったが、捕虜はいつ解放するかわからないし、熱くなってきたこの時期、腐るのが早いので、止む追えずこの地に埋めた。そのうち慰霊碑が立つだろう。
 因みにリグは、怪我人の治療に向かっていて、別行動だ。
 全て片付いたあと、疲れた体を引きずってリズと2人〈挿し木〉へ向かっている途中のこと。ふと路地に眼を向けると、誰かが誰かに暴力を振るっていた。被害者は誰かわからないが、加害者はリヴィアデールの兵士だ。3人がかりで1人を蹴ったり殴ったりしている。
「おい、お前らなにしてんだ!」
 グラムが注意すると、リヴィアデール兵たちはぴたりと動きを止め、こちらを見た。その間に殴られていた誰かが逃げようとするが、1人に見つかり、その背を踏みつけられる。
「やめろって。なんだってこんな……」
 路地に入り、足元に目を向けて、彼らが暴力を振る原因を一目で悟った。殴られているのはクレール兵だった。間違いない。付けている装備が、さっきまで戦っていた連中と同じものだったから。
 一緒にいたリズがグラムのあとから入ってきて同じものを見ると、彼女は天を仰いだ。
「ほら、足どけて」
 いくら相手が敵だとはいえ、3人がかりで袋叩きなどあんまりだ。とにかく彼らをクレール兵から引き離そうとすると、身体を突き飛ばされた。2、3歩後退してしまう。
「なにしやがるっ」
 非難を受けるが、それはこちらの台詞である。暴行を止めて、突き飛ばされるいわれなどない。グラムは彼らを睨みつけた。
「やりすぎだよ、お前ら。この人ぼろぼろじゃんか。だいたい、捕虜への暴力は禁止されてるはずだけど」
「知るか。こいつらの所為でニコルやヨーデルが死んだんだ。なのに俺たちがこいつを殺してなにが悪い」
 なるほど、友人を失ったのか。納得したが、だからといってこの行為は容認できない。なんとか説得を試みようとしたが、
「馬鹿じゃないの?」
 先に彼らに言葉を浴びせたのは、絶対零度のリズの声だった。
「お前たち、軍の兵士だろ。徴兵されたんじゃなくて、自分から進んで兵になったんだろ? そのくせに、仲間殺されたぐらいで、なに言ってやがる」
「なんだと!」
 1人が激昂して詰め寄るが、リズは動じることなく、冷ややかな眼差しを向けるばかり。
「戦場で兵士が死ぬのは当たり前。悲しむなとは言わないけど、自分も仲間もただの駒で、死ぬ存在だってことくらいは理解しろよ。
 だいたい、お前たちだって、そいつの仲間を殺してんだろうが。殺した奴が、殺されたことを恨む筋合いがあると思ってんの?」
 一理ある。が、あんまりだ。もう少し人権を尊重する言い方をしてくれてもいいのではないか。暴言ともいえるリズの言葉に、言われているほうも、庇われているほうも絶句している。
 そんなことはお構いなしに、彼女はリヴィアデール兵3人を見下し続けた。
「これだから馬鹿は。
 理解したなら、その人渡してさっさと失せな。次、同じことしてるのを見たら、ただじゃ置かない」
 横から見ていて冷や冷やした。逆ギレで襲われでもしたら、どうするのだ。だが、それは杞憂に終わり、リヴィアデール兵は拍子抜けするほど大人しく引き下がっていった。捨て台詞すら残さない。
 理由は、リズの周囲が凍てついた殺気に覆われているからだ。歯向かいでもしたらどうなるか。彼女を知らない人間でも、身の危険はしっかり感じ取れる。クレール兵も苛めたほうではなくリズを見ているし。
「……過激だな」
 それでも、否定はできなかった。結果的に暴行も止めたし、釘を刺すこともできた。ただ、リズの価値観はいつもシビアだと思う。
「そうでもないよ。
 それで、あんたは大丈夫?」
 兵士は答えずに、リズを睨みあげた。情けを掛けられたとでも思っているのだろう。だが、あれだけ恐ろしいリズの姿を見ておきながらそんな真似ができるのは大したものだ。……恐ろしいから、盾突かずに睨むだけで終えているのだろうが。
 グラムはしゃがみこんで、怪我の様子を見た。服はぼろぼろ、顔は痣だらけで痛ましい。
「骨折はなさそうだ。けど、だいぶ酷いな……。ほら、手ぇ貸せ」
 リグならきっと彼を治せるはずだ。取った手を首の後ろに回し、腋の下を持った。腰の剣は邪魔になるので、取り外してリズに預けた。
 なんともまあ、戦争とは戦ってなくてもくだらないことが起こるものなのだな、と肩に担いだ彼を哀れに思うと同時に、この馬鹿馬鹿しい事態に呆れ果てた。

「俺もさっき見たよ、そういうの」
 〈挿し木〉でリグと合流すると、ただちに兵士を治療してもらった。傷の癒えた彼を〈挿し木〉の者に任せた後、事情を説明したところに返ってきたのが、リグのその言葉である。
「また? 意外に馬鹿が多いの、この軍」
 よほど気に入らなかったのだろう。さっきからリズは容赦なく、発言の度に端々に冷気が篭っていた。
「虐げられてたルクトールの人たちが我慢してるのに、なんでたかだか今日戦っただけの兵士が出張るんだか」
 虐げられる、といっても、街から出るのを禁じられていたのと、食糧を提供させられていたくらいで、大袈裟な表現である。それでも負担にはなっていたことはかわりないので、恨むのだとしたらやはりルクトールの人たちのほうがまだ道理がある。
「それはともかくさ、気になってることがあるんだけど」
 突然リズが変えた話題に、リグはついてくる。
「魔物のことか」
 リズは頷いた。
「ルクトールを襲った時にはいたはずなのに、全く見なかった」
 その情報は、キルシアにいたときから聞いていたし、さっきも当時ルクトールにいた〈挿し木〉の傭兵に確かめたことだ。間違いなく魔物はいたはず。
 城壁に侵入していたときにリズが気にしていたのもこの点だった。
「てっきり飼ってるんだと思ったんだけどなぁ……」
 魔物がいなかったからこそ、こうも早くルクトールを奪還することができたのだとは思うのだが、いるものがいないとどうも落ち着かない。なにかを見落としていそうで、そしてその隙に付け込まれそうで怖いのだ。
「なんだお前ら、いたのか」
 どうしてだろう、と考えていると、上の階からこのロビーへコルネリウスが下りてきた。
「よお、コーネル」
「コルネリウスだ!」
 3人して挨拶すると、名前を略されたのが気に入らないらしく、彼は顔を赤くして怒鳴り散らす。
 因みに、彼は双子のお気に入りである。理由は、どこかジョシュアに似ているから、なのだそうだ。グラムとしてはあんな性格の人間が増えるのは勘弁して欲しいが、それでも彼のことは嫌いではない。
「まあいい。ちょうど良かった」
 苛立たしげに言ったあと、すぐに冷静さを取り戻して、コルネリウスは告げた。
「手記泥棒をどうにかしてもらいたい」
「はい?」
 耳を疑った。今、最近グラムたちが戦争の為に諦めたものの名前が出てきたりしなかっただろうか。
「え、なに、いるの?」
 リグの気の抜けた声がするあたり、聞き間違いではなかったらしい。コルネリウスは肯定した。
「ルクトール襲撃のきっかけになったのが奴だ。本当はラスティたちにどうにかしてもらう筈だったんだが、同じ日に彼らも消えた」
 またもや意外な名前を聞いて、戸惑う。
 ――ルクトールにいたのか……。
 アリシエウスに行ったあと、行く場所もなくてここに留まったということか。リヴィアデール内だったら、グラムがあげた紹介状が役に立つから、仕事もあるし。
 ただ、消えたとはどういうことだ。
「事情聴取は支部長がしたが、処遇に困ってな。どうにかしてくれ」
 捕まえたそのときにルクトールの出入りが禁止されたものだから、〈木の塔〉に引き渡したくともできなかったのだ。
「……とりあえず、話聞きたいんだけど?」
 つれてくるから上で待ってろ、とコルネリウスは肩を竦めた。



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