第11章 出陣要請 4. 夕方。 目が覚めては眠り、それを幾度か繰り返してそろそろだるくなり、身体を起こす。筋肉は弛緩し、脳内は飽和状態。欠伸は止まらず、目の端から涙が零れる。 ――寝過ぎた。 誰がどう考えても無駄に寝た。睡眠にも体力を使うというが、疲弊するまで寝るなんて、健康な人間のやることではない。 ――ま、たまにはいいか……。 昨日までの3日間、ぼうっと1日を過ごしていたことは棚に上げる。 左上を見上げると、ベッドの上でのレンはさっき起きたときと同じ体勢だった。違うのは、傍らに本が2冊積み重なっていること。あれからずっと読書をしていたようだ。右上のベッドは、毛布の下がまだ盛り上がっていた。ユーディアもラスティと同じ。1日中寝ていたらしい。 かちゃん、と鍵の開く音がした。ぼんやりしていると、双子がドアを開けて入ってくる。 「うわ、なにこれ!?」 部屋に入って部屋を見るなり、身を引いた。あたりを見回す。確かにくちゃくちゃになった布団がベッドの上や床にそのままで、散らかっているように見えなくもなかった。この部屋の物は出しっぱなしの物もあったが、結構片付けられていたので、こういうのは珍しい光景なのかもしれない。 「ずっと寝てたのかよ!」 悲鳴が上がる。結構ショックだったらしい。おそらく1日中寝てる、という過ごし方をしたことがないのだろう。 「あ、本勝手に借りました」 「うん、いいよ。別にいいんだけどね、そんなことは」 受け答えながら、リズはラスティを押し退けて、ずかずかと部屋を横切った。 「1日中こうだったのか?」 リグはそこに立ったまま腰に手を当てて、ラスティに半眼を向けてくる。 「まったく、寝てるのはいいけど、風も入れないで」 窓へ寄ったリズが勢い良くカーテンを開き、窓を開ける。涼やかな風が入ってくると、部屋の空気がこもっていたことに気が付いた。清々しい空気を吸い込むと、頭の中がすっきりしてくる。 「なんだなんだ」 騒いだリグとリズの声に反応して、外で待っていたらしいグラムが上がり込んで、部屋の惨状を見るなりリグたちと同じように身を引いた。 「うわぁ……珍しい。おれの部屋並みじゃん」 双子たちは直ちにグラムを睨みつけた。 「失礼な!」 「一緒にするな!」 「ひでぇ」 傷心するグラムを無視して、リズは布団に包まったままのユーディアの傍へ寄った。 「ほらユディ、そろそろ起きろ」 身体を揺すられてようやく身を起こしたユーディアは、リズと二、三言会話を交わすと、今まで寝ていたとは思えないほど素早い動作でベッドから飛び降りて洗面所へ飛び込んでいった。リズはやれやれといった様子で首を振る。 「で、なにしに来たんですか?」 夕飯の誘いか、とレンは尋ねる。 「いや、ちょっと物を取りに来た」 リグとリズはそれぞれのベッドに近寄るとしゃがみ込み、ベッドの下から大きめの箱を引っ張り出した。開けると、短剣や腕輪……武器や魔装具類が詰まっていた。一つ一つ手に取り、観察しては戻していく。それから数を数えはじめた。 「何処か行くんですか?」 武器の状態と所持数を確認していることから大事だと受け取ったようだ。 「うん、ちょっと戦争に」 「戦争?」 リズは手にしていた棒手裏剣をそっと置くと、こちらを向いた。灰色の目は水面のようで、何の感情も映していなかった。 「クレールがリヴィアデールとサリスバーグに宣戦布告したんだ」 背後から息を呑む声が聴こえた。振り向くと、顔を洗ったのかさっぱりしたユーディアが、口を掌で覆っていた。 「……嘘」 「嘘じゃないんだ、残念ながら。今〈木の塔〉にリヴィアデールの宮廷魔術師が来て、おれたちを誘いに来たから」 「てことは、それじゃあ……」 ユーディアを見て、グラム、リグと視線を移す。最後に視線を向けられたリズは肩を竦めた。 「ユディの敵だってわけ。……残念ながらね」 ラスティは絶句し、レンは表情を険しくした。 「いいんですか」 リズはもう一度肩を竦める。 「良かないよ。だけど仕事だからね、お互いに」 組織に属するというのはそういうことだ。自分が嫌だと思うことでもやらなければならない。拒否するならば、抜けるしかない。だが、抜けるとなると、今までの生活を捨てることとなる。嫌で嫌で仕方がないが、そこまですることはできないのだ、とリズは言った。今の生活が大事だから。 「まあでも、あんたは他人の心配をしている余裕はないぞ」 どういうことだ、と箱はそのまま横に置きベッドに凭れて膝を立てて座るリグに向かい合って見つめると、応えは右のほうから返ってきた。 「アリシアの剣、クレールだけじゃなくて、リヴィアデールも探しているみたいだからさ」 部屋の入口の脇の壁に凭れて、グラムは言った。 「アリシアの剣?」 「あ……」 しまった、とグラムは顔を顰めた。双子が呆れたように半眼で彼を見やると、片手で頭の後ろを掻いて引きつった笑いを浮かべる。そしてユーディアのほうを見た。 「……いい。忘れる。なにも聞かなかったことにする」 自分が知ってはならないことだと察したユーディアは、しかし声は力んでいて、少し苛立っているようだった。思えば彼女ははじめから仲間はずれだ。他の全員が知っている事を知らず、気を抜いて口を滑らせれば、今のようなグラムの反応を得るかはぐらかされる。そして、クレールがリヴィアデールとサリスバーグに宣戦布告したいま、国だけの関係で見たら敵対者。 ユーディアの様子に気付いたらしいリグとリズは、少しだけ申し訳なさそうに彼女を見た。だが、気付かれる前に視線を逸らす。 「とにかく、そういうわけだ。今まで追手がなかったのが不思議なくらいなんだけど、これからはたぶんそうはいかない。今まで以上に警戒したほうがいい」 だが、とリグは続ける。 「ここにいれば、そう心配することもない。なんてったって、ここはリヴィアデールの東の果てだ。戦火が及ぶに遠い。俺たちが戦争している間は、部屋はこのまま貸してやるから、その間に身の振り方を――」 リグの有り難い申し出を遮った。 「いや、俺は一度アリシエウスに帰ろうと思う」 「え?」 全員が――ユーディアまでもが――目を点にした。 「お前(あんた)馬鹿?」 こちらはユーディアを除く4人で。言われるとは思っていたが、この凹みようはなんだろうか。特に、グラムに言われたことがなかなか堪える。 「飛んで火に入る夏の虫、ですよ? 鴨が葱背負って鍋の中に入ってどうするんですか」 「一応言っておくと、その二つ、意味違うからな? 馬鹿な行動って点は同じだけど」 「そんなことはどうでもいいんです! とにかく、なんでそんなことを考えたのか言ってみてください!」 今の今まで寝ていたくせに、と唾を飛ばさんばかりにレンは怒鳴る。ベッドから落ちそうなまでに身を乗り出していた。凄い剣幕だ。 「エリウスの言葉を思い出して……考えたんだ。このままなにもせずにいていいのかと」 日中、睡眠もしていたが、まさか本当に1日中眠っていられるはずもなく、瞼を閉じていろいろと考えていた。 「その通りだとでも思ったわけ?」 ベッドに座り、脚と腕を組んだリズは、指先で片方の肘を突きながらラスティを睨み下ろした。 「あっちはあんたが行動することを望んでる。それこそ馬鹿な行動ってなもんだ」 「それは薄々感じている」 ラスティが今まで逃げていたから、昨日エリウスは姿を現したのだろう。ラスティを焚きつける為に。あんなことを言われて、気にならないはずがない。 「だが、このままなにもせずにいて、なにも起こらない保証があるのか?」 グラムたちは言葉に詰まる。つまり、ないらしい。 「だったら、動いてもさほど変わりはないと思う。一度帰って、故郷の様子を見て、国同士がなにを考えているのかを見て、それからなにをするべきではないのかを見極めてみたい」 ラスティも考えなしに言っているわけではない。どうせいつかそうなるのだとしたら、それまでに情報を集めて、判断の材料が欲しいと思ったのだ。状況に流されるのではなく、自分で考えて行動するために。 結局掌の上で踊っていることになるとしても、そこに自分の意思が欲しいのだ。 「あんたは間違いなくアリシエウスの騎士に戻る。そして俺たちと敵対する。賭けてもいい」 確かに、そうなる気がした。グラムたちがユーディアと敵対することになるとわかっていてもシャナイゼを捨てることができないように、ラスティも彼らと敵対してもアリシエウスを守りたいと思っている。 「そういう気はするが……そうならないように気をつけたいと思う」 ふー、と息を吐いて、リグは難しい顔で自分の眉間を揉んだ。 「なに言っても無駄な気がするな」 「悲しいことに、こいつの行動に口出す権利ってないんだよなー」 力なく嘆息する3人。言葉以上に心配してくれているのだ。それでいながら、ラスティの行動を容認してくれる。さっきのリグの提案から察するに、本当はラスティをシャナイゼに束縛しておきたいはずだ。そうすれば、敵対しなくて済むし、アスティードの所在もはっきりしていて安心だから。 「すまない」 心配してくれることに対する感謝と、好意を無下にしたことに対する申し訳なさから、謝罪した。出会ってから彼らはずっと自分たちに良くしてくれた。 「別に謝ることはないって。自分で決めたんだし。 あ、でも準備はちゃんとしていけよ? 場合によってはあたしらも利用すること。気兼ねして、道の途中で野垂れ死にましたー、じゃ洒落にならないから。ユディもだよ。敵だ味方だ、そんなのそうなったときに考えればいいんだから」 相変わらず考えがさばさばとしているな、と感心しながら、言葉に甘えることにした。 [小説TOP] |