第4章 アスティード 5. 宿に帰り、鍵を借りて部屋の中に入ると、すぐにラスティはベッドに腰を下ろした。レンに至っては、飛び込むように倒れ込んだ。ふたり揃って疲れてしまっているらしい。当然だ。昨日の疲れも充分に取れていないのに、町の中で鬼ごっこなど繰り広げてしまったのだから。 「……あの人たち、何者だったんでしょうね?」 ベッドに俯せたまま、レンは言う。 「彼ら――〈木の塔〉の4人のことか?」 レンは壁のほうを向いていた頭を反転させた。 「特にあのウィルドって人、その剣――アスティードでしたっけ? に詳しすぎるんですよ」 むくっと起き上がり、ベッドの上に胡座をかいて、腕を組む。 「僕も本で調べたことがあるんですが……、サリスバーグやアリシエウスのどの本を読んでもせいぜいリズが言っていた程度の伝承くらいしか載ってないんですよ」 ふと目をあげて、驚きながら彼を見るラスティに気が付いたらしい。 「……なんですか。僕だって、文字くらい読めますよ」 「いや、そこじゃなくて……」 書物で調べた、というところに驚いたのだが。 「そうですか、すみませんでした。 で、アスティードなんですが、実はその形状すらも詳しいことは書かれていなかったんです。アリシアの剣を題材にした物語では、偉く派手な物のように書かれてましたけど、あれは作者の想像でしたし。僕もそんな地味な剣だとは思いませんでしたよ」 地味。 ラスティはアスティードを見る。柄頭とポメルにちょっとした彫り物がある以外になにもない剣。柄は赤だが、古い所為かくすんでいて、派手とは言えない。伝説の剣にしては、確かに地味な部類なのかもしれない。 「なのにあの人、剣を保有するアリシエウスの城内の本にも名前も形も書かれてないのに、剣の名前を知っていて、さらに一目見ただけで見抜いたんです。それって変じゃないですか?」 確かにそれはおかしい。名前が本に載っていないことについては、リズも言っていた。そして、レンの話によれば形状についてもそれは同じ。ということは、アスティードについて、知る術はないのだ。 それを知っている。 考えられるのは、アリシエウスの城の蔵書にもない本があるということくらいか。まさかアスティードを保持していた国が、その本を知らないとは考えにくいが。 「ん?」 なにかが引っ掛かる。 「ちょっと待て。今、アリシエウスの城内の本って言ったか?」 あ、と声を出し、レンはさっと目をそらした。 「いつの間に読んだんだ!」 ハイアンの執務室に入る前に見たのか。それとも……。 「いや、その……。実は、城の中にはあのとき以外にも何回か……」 片手を頭の後ろにやり、えへへ、と笑う。 「お前な」 不法侵入を何度も繰り返して、よくフォンとカルと一緒にするな、と言えるものである。いや、それ以前に、アスティードを盗みに来た時点で立派なこそ泥だ。自分のことを棚にあげるにも程がある。 少し説教してやらねばならない、とレンを睨みつけると、こんこん、とノックの音。 「はーい、開いてますよー」 いいときに来た、とばかりにレンは声を張り上げる。お陰でラスティは口から出掛かっていた言葉を飲み込む羽目になった。 「邪魔するわね」 扉を開けて入ってきたのは、金の髪を持つ女。フラウだ。 「ずいぶん遅かったのね。それに、なんだか疲れているみたい」 「ええ。いろいろ……ありまして」 ぐぅ、という音が部屋の中で鳴り響く。 恥ずかしさからか、それとも空腹を自覚して力尽きたのか、音源であるレンは再びベッドの上に倒れた。 「……お腹すいた」 伏した布団に埋もれる小さな声は切なげだった。 「そういえば、食事がまだだったな」 いろいろあって忘れていた。食欲も特になかった。だが、こうして気が付くと空腹を感じる。 食事を摂らなければならないが、疲れから動く気がしない。 「食堂、下ですよね……」 そう言いながら、レンもまた動こうとしない。 疲労で動けない2人を見兼ねて、フラウは腰に手をやり溜息をついた。 「仕方ないわね。店主さんに頼んできてあげるから。ベッドの上で食べるなんてお行儀の悪いことはしては駄目よ?」 「ありがとうございます!」 フラウの言葉に身を起こしたレンは、がばっと頭を下げる。彼女はそんな少年を見て微笑んだ。 「メニュー、なんでもいいわね?」 長い金色の髪を翻して、フラウは部屋を出ていった。 「優しいですね、彼女。お姉さんみたいだなぁ……」 彼女が出ていったあとのしまった扉をぼうっと見ながら、レンは言う。確かに、面倒見は良さそうではあるが。 「それよりも、いったいなんの用だったんだ?」 「戻ってきたら教えてくれるんじゃないですか?」 ごろり、とベッドの上を転がって端へ身体を寄せると、そのまま勢いを利用して足を床に着地させた。屈伸運動から立ち上がると、部屋にある小さなテーブルに着く。 「動けるじゃないか」 「これで限界です」 ベッドの上で食べない約束だったので、ラスティもレンに倣った。 そんなに長い間待つことなく、フラウが2人分の食事を持ってきた。スプーン1本で食べられる、簡単な炒め物。黙々と腹に詰め込む。 フラウが口を開いたのは食べ終わる頃だった。 「それで、行き先は決まったの?」 嫌な予感をひしひしと感じながら、ラスティは応えた。 「あんたには関係ないだろう」 「そんなことはないわよ。私の行き先でもあるのだから」 予想的中。むしろ呆れるくらいだ。 「……何故、俺たちについてくる」 「たまに人恋しくなることがあるの」 「ひとりでは寂しくなったと?」 「ええ、まあそういうことね」 嘘くさい。というより、掴みどころがない。今日はそういう人ばかりを相手にしているような気がする。 そういえば、フラウとウィルドはどこか似ているような気がする。 「まあ、今更か」 お人好し、とレンが言う。 あのとき同行を許したときから、こういうことになる予感はしたのだ。 「それで、最初の質問なのだけれど」 「その前に、フラウ。シャナイゼの蔵書はどんな感じだ?」 「〈木の塔〉には研究者がたくさんいるもの、この辺りの比ではないわ」 ラスティは、アスティードについて調べることを考えていた。ウィルドの話を聞き、〈木の塔〉の書物に可能性を見出した。リズもレンも本に詳しいことは載っていなかったと言っているが、もしかしたら彼らが見落としているだけなのかもしれない、と考えたのだ。淡い希望であることは自覚している。しかし、本がなくとも、神話に詳しい人物がもしかしたらいるかもしれない。 「なら、シャナイゼへ行く。いいか?」 レンは頷く。少し嬉しそうだった。宝探し屋を生業としているだけのことはあり、遺跡とかそういうものの興味は大きいようだ。遺跡の多いというシャナイゼに行くのは願ったりかなったりと言ったところか。 「となると……」 フラウは自分の鞄から地図を引っ張り出した。短剣やブリキのカップをペーパーウェイトの代わりに使って広げた褐色の羊皮紙には、薄いインクで西と南に海岸線が描かれており、右端の途中で消えていた。西がクレール、南に逆三角に突きだした部分がサリスバーグで、残りはリヴィアデール。アリシエウスは三国の境目にあり、その上にアリシエウスと同じくらいの大きさのバルデスとニーヴが存在する。右端が消えているのは、その先が未開の地であるため。誰も東の遺跡群の先へは行ったことがないそうだ。 「シャナイゼへ行くためには、沙漠を越えなければいけないの」 リヴィアデールと書かれた文字の右側をフラウは指差した。シェタ沙漠と小さく書かれている。縮尺は不確かなので規模はわからないが、結構広いとフラウは語る。 「最短距離で沙漠を渡るには、ここへ行くのが1番ね」 指をすっと西のほうに動かし、小さい点を指差した。 「フェロス?」 その下に書かれた文字をレンが読み上げる。 「沙漠の縁にある小さな村よ。小さいといっても宿くらいはあるし、沙漠越えの準備もここで十分にすることができる。だけど……、このルートには厄介な魔物が現れる」 「魔物ですか……」 レンは低く唸る。 「そう、魔物。沙漠の向こうは、こちら側とは比べ物にならないくらい魔物が多くて強いところよ。それに、沙漠越えも過酷」 いきなり挫折してしまいそうな話だった。 「ならば迂回ルートを探すか……」 ラスティは地図を見た。だが、期待はできそうにない。リヴィアデール国内では、沙漠を越えずしてあちら側へ向かうことは不可能のようだった。サリスバーグからなら、海岸線を行き、シャナイゼ側に向かう手があるが、それにはいったいどれほどの時間がかかることやら。 結局、フラウの薦める道のりしかないようだった。 「大丈夫よ。きっと、誰か経験のある者が同行してくれるわ」 根拠なく自信ありげに言う彼女に、ラスティとレンは不安を覚えた。 「なんでそう思うんです」 心配そうに尋ねるレンに、フラウは更に笑う。 「長く生きているとね、ある程度先のこともなんとなくわかるようになるのよ」 どう見てもせいぜいラスティの5つ上にしか見えない女の言葉に、ラスティの不安はますます増していった。 [小説TOP] |