二度目の"初めまして"(4/4)

「小狼君!小狼君が湖に!!」
「ここにいます!!」

黒鋼さんの大声に目を覚ましたサクラ姫は、寝ぼけながらも勢いよく立ち上がった。隣に小狼さんはちゃんといるのに、それにさえ気づかず湖の畔まで走り出す。小狼さんが必死になって止めないといけないくらい、サクラ姫の足はとても速かった。50メートル走いくつだろう、なんて私の中では呑気な思考が今日も元気に回っている。

「…良かった」

それもこれも安心したサクラ姫の顔を見られたからかもしれない。サクラ姫もなんだか緊張の糸がやっと切れたみたいで、よかったよかったと暫く私と一緒に言い合っていた。それが一段落つくと、ファイさんはサクラ姫の名前を呼んだ。

「これからどんな旅になるか分かんないけどさぁ、記憶が揃ってなくて不安だと思うけど、楽しい旅になるといいよね。せっかくこうやって出会えたんだしさ」

ファイさんの言葉は、旅の始まりに話すような内容だと思った。それもそのはず、きっとこれは目覚めたサクラ姫との二度目の"初めまして"の挨拶なのだ。阪神共和国ではろくな話ができなかったから、旅を続けていく仲間として私達はもう一度旅の始まりを重ねている。

「はい。まだ良く分からないことばかりで、足手まといになってしまうけど。でも、出来ることは一生懸命やります。よろしくお願いします」

サクラ姫にとっては、必要なやり取りだろう。守られる立場として、それだけでは終わらないように。旅の仲間として宣言する。全ての言葉を言い切ると彼女は綺麗にお辞儀をして、それから笑った。サクラ姫のそんな笑顔と、この旅が始まってからようやく出会えたのだ。


***

「そういえば湖の中大丈夫だったー?ずっごい光ってたけどー」
「ああ、そうでした!それで戻って帰って来たんでしたね」

サクラ姫の身に何かがあったわけではないから、すっかり忘れてしまっていた。すると湖の中を探索していた小狼さんが、どこか子供のような顔で湖を指差す。

「あ!町があったんです!」
「町…ってことはこの中で暮らしてる人が?!」
「なるほどー、この国の人達は湖の中にいるんだねー」

小狼さんは持ち出してきたウロコと共に、湖の中の事情を聞かせてくれた。
大きなウロコを持つ生き物と町並み。光るウロコが太陽の代わりとなっているという、町の営みについても興味深かった。これならこの森をいくら探しても、生き物の気配がなかったことにも頷ける。この世界では湖の中で、ひとつの世界が完成されているのかもしれない。

「強い力、このウロコから出てる力と同じ」
「ということは姫の羽根は…」
「これ以外に強い力感じない」

サクラ姫の羽根のように、力を放っているものが各世界にあることを私達は知った。無駄足になったことに黒鋼さんは愚痴をこぼすけれど、こうして色んな世界を旅することは決して無駄ではないように思えてならない。だって、小狼さんもサクラ姫も楽しそうだ。
元の世界に戻りたいという願いを持った黒鋼さんからしてみれば、気の毒ではあるのだけれど。

「でも、小狼君楽しそう」
「まだ知らなかった不思議なものをこの目で見られましたから」
「ふふ、いいですねえ!湖の中の町、私も見てみたかったです!………私は潜れませんけど」
「なんだ、金槌か」
「違います!!寒いのがダメなんです!!」
「えー、そうなのー?」
「違いますからね!?」

先程の仕返しといわんばかりに、生き生きとした黒鋼さんが私の弱点を指摘する。誤解されないように必死に叫ぶが、聞いてもらえたかどうかは分からない。私がムキになればなるほど、ファイさんは面白がるのだからこの人はタチが悪い。モコナさんが世界を渡るために魔法陣を展開しようとしていなかったら、からかう手が更に増えていたかと思うと頭が痛くなりそうだ。

それにしても、こんなあっさりとした旅立ちを迎える日がくるなんて、思わなかったな。羽根は得られず、滞在期間はとても短い。それでも私達には確かに得たものがあったのだと、消えゆく世界を見つめていた。



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