護符(6/12)

あれから新たに水を汲みに行く頃になると、黒鋼さんは屋根の修理を無事終了させていた。労いと感謝を込めて黒鋼さん用のお茶も用意した後は、各々自由時間となったのである。
黒鋼さんとファイさんはこの国の囲碁を楽しんでいるようだし、私は別のことをさせてもらうことにした。

「それ、どっちが勝ってるんですか?」
「五分五分くらいかなー、でも黒たんの方が似た遊びを知ってる分ぜんぜんオレより強いよねー」
「てめぇ、やり方即座に覚えたやつが言うか」
「あははー」
「白熱しそうな予感ですね!お邪魔しました、頑張ってくださいね!」
「……そっちは何やってやがんだ………このにおい、墨か?」
「買い出しに置いていかれた悲しみを硯にぶつけているんです!」
「余裕あんじゃねえか」

しゃりしゃり。
私が墨を用意している音。その音と独特の香りが気になったのか、黒鋼さんの手番が長考に入って暇だったのか。ファイさんがこちらにずいっと顔を近づけてきた。途端に緊張で体が強張る。美人さんのお顔に墨を飛ばす訳にはいかないから、今までよりも丁寧に手を動かすようにしなければ。

「墨?っていうのはインクのことだよねー、何か書くの?」
「護符を書いています」
「ごふ?」
「ここに結界でも張ろうってか」
「そうなります!……お詳しいですね?」
「とはいえ、俺の知る結界の張り方とは随分違うようだがな」

頭から爪先までばりばりの戦闘要員に見えるのに、どこで結界について知ったのだろう。いやむしろ、戦う者だからこそ、守りを担う結界を知っていて当然か。護符を使わない結界の張り方といえば、別の祭具を用いた祈祷が一番に思いつく。それもまた祈祷師や巫女、その他能力者の務めだ。黒鋼さんの知り合いにそんな方がいるのかもしれない。
少しばかり気になりはしたが、いつもの黒鋼さんにプライベートな話題を聞くことは難しい。黒鋼さんの機嫌が良さそうな時を狙って、聞いてみるのもいいかもしれない。
……そんな時があるんだろうか。特に長考中の顔の今なんて、日頃の数倍は強面だった。

「ねー、こういうのってどこで習うのー?」
「ああ、風の一族に嫁がれた元巫女さんですとか、そういう方から教わりましたね」
「じゃあ、てめぇも巫女なのか?」
「んー、修行はしましたが、厳密に言うと違うかもしれませんね」
「煮えきらねえ答えだな」
「事実ですから」

私は巫女ではない。どこの社にも所属していない、はぐれ霊能者という立ち位置が正確なのだろう。風を操れない私は、風使いの一族の中にいてもそれくらいしかできなかった。これも十分なことだとは分かっているけれど。
そんなはぐれ霊能者の私を、風使いの一族はあたたかく受け入れ、守ってくれた。誰かを守りたいという私の心意気を買って、拾ってくれたと聞く。"守ること"を第一に考える私を。だから彼らは私を同じ志を持った一族の仲間だと、認めてくれていると自負している。例え私が風使いではなかったとしても。

「まー、そんな"なんちゃって霊能者"が作る護符ですが、先生がよかったので効果はばっちりですよ!気休め程度にはなるかと……よし、できました!」
「お疲れ様ー、立花ちゃん。いやあ、相変わらずオレには全然読めないなー、黒んぴはどうー?」
「黒鋼だ!…文字は読める。俺の国の文字と似てるな。……っと」
「同じ日本ですからね、大まかなところは一緒なのかと!囲碁の遊び方も一緒でしたし、……あっ、黒鋼さん、その手はうまいですね!」
「わー、やられた、次はどうしようかなー」

長考明けの黒鋼さんの一手は、盤面の流れをひっくり返すことに成功したようだ。焦りなんて全く見えない顔をしているファイさんだが、盤面が劣勢なことには変わりない。これはまだまだ勝負の見えない戦いになりそうである。


***

その後。黒鋼さんの一手で劣勢に追い込まれたファイさんだったけれど、次の一手で再び戦況が均衡するようになった。観戦者としても手に汗握る一戦が大詰めとなって、わくわくしている所に三人が戻って来る。二度目の長考となった黒鋼さんを待つ間、ファイさんと私は三人をあたたかく迎えるつもりで振り返る。

「あ、おかえりなさい!サクラ姫、小狼さん、……春香、さん?」
「おかえりー、どうだった?なにかー………あったみたいだね」

しかし、そこには俯いた春香さんと、彼女を心配する二人の姿があった。そのまませっかく着替えた二人の衣装を堪能する間もなく、私達は春香さんから事情を聞くことになる。一体三人に何があったんだろう、怪我をしてないといいな。


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※風の一族に嫁いだ元巫女:
Xにそのような記述はないため、これは捏造です。しかし、そんな人がいても不思議ではないかと魔が差しました。

※護符の描写:
悪霊シリーズコミカライズ版の最新章を参考にさせていただきました。正義くんと同じ字面の名前のゲストキャラが登場するあの話です。



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