屋根をトンテンカンと(5/12)

高麗国最初の夜は、春香さんの家で明かすことになった。春香さんさんはとてもしっかりしていて、この国の見たことのない食材の調理法なんかをよく教えてくれた。この国最初の日にして穴の空いた屋根の下で食事をし、眠るというある意味貴重な体験をしてしまっている。喜ばしい事態ではないけれど、考え方を変えれば悪くはなかった。
しかし、雨風を凌ぐ役割は全くもって果たせていないため、翌朝即座に修理を始めることになる。どれだけの滞在期間になるかもわからないからか、私達のための買い出し班も編成されることになった。
屋根の修理班と買い出し班。どのように別れたかといえば、各々の適正を考えれば自ずと知れることだろう。

「何でっ、俺がっ、人ん家、直さなきゃ、ならねぇんだ、よっ!」
「一泊させてもらったんだから当然でしょー」
「一宿一飯の恩というやつですね!」

春香さんの家に残って屋根の修理班となったのは、力仕事が得意な大人二人と前日怪我人扱いを受けた立花の三人組である。
残りの三人とモコナさんは買い出し班。現地人の春香さんや前回財布担当を任された小狼さん、小狼さんのお供にサクラ姫とモコナさんといった布陣である。実に楽しげだ、私もできることならそちらに入りたかったのに。

「置いていかれてしまいました………」
「あははー、でも、春香ちゃんの言い分も分かるけどねー」
「そーうなんですけどね…ぐすん……」
「口で言ってんじゃねえよ!」

思い出されるのは、出かける直前の春香さんとの会話だ。
端的に言えば病み上がりなのだから大人しくするように、とどちらが年上か分からなくなるような注意を受ける羽目になったのである。きっと彼女には今、頼る人がいないから。だから急いで大人になろうとしているようにも見えた。国のために戦う意志は、元々あったようではあるけれど。

「しかし、あの子供一人で住んでるとはな」
「んーお母さん、亡くなったって言ってたね、春香ちゃん」
「形見、って言ってましたからね…しかも、何だか不穏でしたし」
「そうだねー、領主とも色々あったみたいだし、この国の事情も根深そうだ」
「…………で、いつまでここにいるつもりなんだ?」
「それは、モコナ次第でしょー」

私達が春香さんの境遇に同情し、長居をしそうな気配でも感じたのか、胡乱げな顔で黒鋼さんは問う。さらりとかわしたファイさんの態度に、不満げな黒鋼さんが怒りのぶつけどころを探して金槌で屋根を連打していた。あれで修理になっている辺り、あの人も結構器用だと思う。

「なんで、あの白まんじゅうは、あのガキの肩ばっか持つんだ!」
「でも黒鋼さんだってなかなか、小狼さんの肩を持っているような…」
「んだと、小娘」
「ぎゃー!!金槌投げるのは勘弁です!!助けて小狼さんー!!」
「あはははー、そこでオレはお呼びじゃないんだねー。その小狼君は春香ちゃんの案内でサクラちゃんとモコナで偵察に行ったし、何かわかると良いねぇ」
「ちっ…。しかし、大丈夫なのか?あの姫出歩かせて。しょっちゅう船漕いでるか、寝てるかだぞ」
「足りないんだよ。羽根が。元のサクラちゃんに戻るには」
「……ッ」

元のサクラ姫。彼女がどんな人だったか、知っているのは小狼さんと私くらいだろう。下手に話してサクラ姫自身を混乱させるのは本意ではない。だから私達は見守るしかないのだ。
サクラ姫へ戻った羽根は未だ三枚だけ。それだけでは自我もなく、言われるままに行動するようにやってしまう。サクラ姫からは、ある意味で生気が感じられない。それを見ている小狼さんが、どんな気持ちか。二度と小狼さんとの思い出は、戻って来ないと分かっていながら。
ファイさんの語る考えは、きっと正しい。

「それでも探すでしょう、小狼君は。色んな世界に飛び散った、サクラちゃんの記憶の羽根を。これから先、どんな辛いことがあっても」

それが私達の旅が行き着く結末を描いているようで、胸が痛かった。


***

なんて、沈んだ空気はそんなに持たなかった。ファイさんは切り替えがうまく、沈んだ空気を長らく溜め込まないようにしてくれたからだ。そこが彼の魅力でもあり、どこか弱みなのかもしれない。

「とにかく修理しながらみんなを待とうねー。おみやげあるかなぁ」
「そうですね!お茶請けに美味しいお菓子もあると嬉しいです!」
「おー、いいねー、じゃあその時にまた一緒にお茶での飲もうー」
「はい!あっ、おかわりの分も水、汲んできましょう」
「オレがやろうかー?重たいでしょー」
「大丈夫です!そんなにたくさん汲んできませんし、何より私も後から別件で使いますから!」
「へー、なんだろ、気になるし教えてよー」
「ふふふー、後からのお楽しみです!」
「って…ナニ茶飲んでくつろいでんだよ!てめぇらは!」

私に対しては投げつけられなかった金槌が、とうとうファイさんに向かって投げつけられる。痛くないんだろうか、あれは。

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