風が止んだ後で(3/12)

幸いにも。幸いにも、と評しても良いものか悩むところだけれど。
天井に穴が空いた"だけ"で、家は原型を保つことができていた。天井の大穴だけでも十分な被害だけど、家ごと吹き飛ばされなかっただけずっとマシなくらい。それだけあの風は強く、そして異常だった。ファイさんは大きく開いた天井から空を見上げ、じっと考え込んでいる。魔術師だというファイさんなら、何か感じる所があったのかもしれない。

「自然の風じゃないね、今の」
「………はい」
「領主だ!アイツがやったんだ!!」

そうだ、あれは自然の風ではない。突如としてこの一帯に竜巻が発生したという可能性も、完全に捨てきれないけれど。でも、違うと言い切れる。私はこういった人為によって風を操る術を知っていた。
風使いの一族。誰かを守るためだけに風を扱う優しい人達。彼らの風の使い方には、いつも尊敬の念を抱いていた。

「…うう…風の乱用だ…あんまりですよ………」
「立花さん……?」
「…風使いの風上にも置けない…修行し直して一昨日来やがれ……」

けれど、今回の風は違う。春香さんは領主がやった、と言った。
領主は息子さんを守りたかったのかもしれないが、ここまで叩き潰されるほどのことをした覚えはない。確かに息子さんの顔を蹴り飛ばしはしたけれど、あれだってサクラ姫に酷いことをしたからだ。息子さんを守りたいなら、あの時蹴り飛ばされる前に来い。こんなのただの報復でしかない。
価値観の相違と言ってしまえばそれまでだが、私はあの領主達のやり方が好きではない。特に風の使い方が最低だ。胃がむかむかする。そのせいで風が去った後も蹲り、動く気力を削がれたままでいた。

「立花ちゃーん、平気ー?」
「平気ですー!元気いっぱい!」
「そっかー、よかった。ところで、その抱えてるものはどうしたの?」
「あっ、そうでした!」

ずっと抱きしめていた鏡面を確かめる。床に落ちる前に抱え込んだからか、鏡には傷一つついていない。服の袖で簡単に鏡を拭いてから、春香さんへ差し出した。

「それは…!!」
「ああ、やっぱり大事なものだったんですね…割れなくてよかったです!」

鏡を受け取った春香さんは、今にも泣き出しそうな顔で鏡を一度抱きしめる。感極まった様子の春香さんは、涙まじりの声で呟いた。

「立花、ありがとう…鏡を守ってくれて…母さんの形見まで、あいつらに奪われずに済んだ」
「形見、って…春香さん……」
「………」

この鏡が春香さんのお母さんのもので、それが形見だということ。それは春香さんのお母さんが亡くなっていることを示している。それを聞いてその場にいた全員が、会話を離れた位置で聞いていた黒鋼さんでさえ表情を変えた。
それを見て春香さんは一瞬だけバツの悪そうな顔をしたけれど、鏡を箪笥の上に置くために背を向けてしまう。そして振り返ると、春香さんの顔には笑顔が戻っていた。

「さあて、片付けなきゃいけないな。お前たち、旅人なんだろう?こんな家でよければ泊まっていくといい!片付けは手伝ってもらうが」

春香さんはきっと今、とても動揺しているんだろう。領主親子との因縁はお母さんの存在を交えて、複雑に絡まり合っているようだ。何から話せばいいのか、どう話せばいいのか。春香さんにとっても整理がうまくついていないのかもしれない。
だったら春香さんが話せるタイミングを待つべきだと、私達は言葉なく頷きあった。

「はーい、片付けなら任せてー。こっちには力自慢もいるから、すぐ終わるよー」
「誰のこと言ってんだ、ああ?」
「さーて、誰のことでしょー?」
「おれも手伝います!」
「わたしも、手伝います……」
「モコナもー!」
「じゃあ、皆で片付けましょう!!」

私達は一致団結して、片付けに取り掛かった。これだけ人数がいれば、あっという間に片付くに違いない。と思ったけれど、主戦力はやっぱり黒鋼さんと小狼さん、そしてモコナさんという結果に終わった。



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