※静雄と臨也売れっ子歌手パロ
※普通に九十九屋出ます







 ――爽やか且つ独特な嘲りを含む歌声、音域の広さ。全ての面に置いて歌唱力に長けている人気歌手、『折原臨也』と言えば、最近巷で一番有名な男性歌手だ。
 近頃落ち目であった芸能事務所・澱切シャイニング・コーポレーション所属の彼は、同じ事務所所属のアイドル歌手『聖辺ルリ』に次いでの稀代の天才歌手である。
 現在では先輩である聖辺ルリを見事オリコンランキング三位に抑え、一位を独走中の実力派と言われる折原臨也。
 人気の秘密は、先ほど話した並外れの歌唱力、そして何より、ルックスの良さだ。
『眉目秀麗』という言葉があるが、それはまさに彼のために作られたようなものである。
 ドラマや映画のオファーを数多く受けており、俳優としてデビューするのを待ち望んでいるファンも多い。
 そんな有能な彼だが、彼以外にも現在進行形で厚い支持を受けている男性歌手がいた――……




「……あのさ、九十九屋。いい加減手帳を有効に使うようにしてよ。お前、俺のマネージャーだろ? そんなの書いてないで次の収録はなんなのか教えて」
「……おやおや、人の手帳を覗き見か? それは関心できないな、折原臨也」



チャンスがあったら
買っておけ




「大抵真剣に手帳に書き込みしてる時は、そういうの書いてるだろお前は。てか……改めてフルネームで呼ぶな、気持ち悪い」
 ここはとあるテレビ局の控え室の一室。
 番号は203。
 そこに待機していたのは人気歌手の折原臨也のマネージャー・九十九屋真一だった。
 更衣室で着替えを終えた臨也が203号室に入ると、九十九屋は黙々と手帳にペンを走らせていた。
 九十九屋がこうして真面目に作業をしている時は、大抵彼は文を書いて暇潰しをしている。
 そのことを知っていた臨也は、足音を立てずに九十九屋の背後に忍び寄ると、そっと手帳を覗き見たのだ。
 九十九屋は話を作るのが上手い。
 彼の手掛けた作品はどれもこれもが面白く、臨也のお気に入りでもあった。
 臨也は、九十九屋は役職を絶対に間違えていると思っている。
 それほどにまで九十九屋真一という男は文章力があり、マネージャーには不向きな存在なのだ。
 しかし、今回九十九屋が書いていたのは臨也が望んだ『物語』ではなかった。
 九十九屋が手帳に書き残していたのは、折原臨也という芸能人の『事実の記録』だったのだ。
「しかしまあ……折原臨也っていう人間はこうして改めて考えると偉大だな。非の打ち所がない。いっそ俺がお前のプライベートを流出させてやりたいよ」
「……お前が言うと笑えない、それ。それにしてもお前は……よくこんなものを書く気になったな。しかも大袈裟に書き過ぎだし」
「だって大袈裟に書かなきゃ詰まらないだろう?」
「そりゃそうだけど……」
 肩を竦めながら九十九屋の向かい側の椅子に腰掛けると、臨也は背もたれに背中を預けきって溜め息を吐きこぼした。
「俺のライバルは平和島静雄だ、みたいなニュアンスにしないでよね」
 少し神経質な顔をして忌々しげに呟くと、片手にぶら下げていたペットボトルの蓋を開けて勢い良く一口含む。
 臨也のあからさまに不機嫌な態度に苦笑しつつ、九十九屋はテーブルに両肘を付いて指を組みながら、語りかける調子で声を発した。
「だってさ、あの聖辺ルリが三位に抑え込まれているんだぞ? お前以外の歌手によって」
「うん、確かに凄いと思うよ? でも、俺にとって平和島静雄なんてどうでもいいの。彼が俺の下だろうと、彼が俺の上になろうと、ね」
「張り合う気はないってか……。ダメだ、そんなんじゃ物足りない。今のお前に足りないのは『争い』だ。いつまでも自分の才能を傍観していちゃ長蛇を逸すことになる」
「……そんなに絶賛されるべきかね、『折原臨也』って」
「勿論」
 間髪入れずに返ってきた九十九屋の返事に、臨也は大きな溜め息を吐いた。
 ポリポリと頬を掻いて困ったように目を伏せる彼は、高校男子のように見え、到底二十四歳とは思えない。
「とにかく、さっさと次の予定を教えてよ。番組の収録だっけ? それともラジオだったっけな」
「残念、ハズレだ。次は事務所に行くぞ」
 九十九屋の言葉に臨也は眉を潜め、訝しげな顔で聞き返した。
「また澱切社長にお呼ばれ?」
「残念、それも不正解」
『じゃあなんだよ』
 そう言いたげな眼差しを受けた九十九屋は、にへら、と妙な笑みを浮かべる。
 そして、楽しげに言葉を繋いだ。
「今から行くのは『ジャックランタン・ジャパン』っていう芸能事務所だよ」
「ジャックランタンって言ったら俳優の羽島幽平が専属する事務所だろ? そんなところに、なんで――」
「ヒント。最近そのジャックランタンから某アーティストが誕生して、そのアーティストは現在人気急上昇中です」
「……九十九屋、まさか……」
 表情を強張らせる臨也をよそに、九十九屋はどんどん笑みを濃いものに変えていく。
 そして席を立つと、手帳を見せつけるように掲げながら、意地の悪い声で告げたのだ。
「さ、新しい仕事だぞ、折原。今回貰う曲はなんとデュエットだ」
「……決定じゃん。うあ、最悪、行きたくない」
「おいおい、これは仕事だぞ? 澱切社長の顔に泥を塗る気かお前は」
 うっ、と言葉を詰まらせ、唇を尖らせて拗ねたように顔を逸らす臨也は、やはり二十四歳に見えない。
「Strik while the iron is hot. Make hay while the sun shines. ……訳は分かるか?」
「……鉄は熱いうちに打て。太陽の照っているうちに干し草を作れ、だろ」
「ご名答。つまりは『好機、逸すべからず』ってことさ」
 観念したようにユラリと腰を起こし、臨也は九十九屋から普段愛用して羽織っているコートを受け取る。
 九十九屋は、コートを羽織った臨也の肩にソッと手を添え、再び愉しげな声で言うのだった。


「奇貨、居くべし……ってね」




♂♀


「え、デュエット……俺なんかと、あの、折原臨也が……!?」
「そ。静雄、絶対やるべ? こんなチャンス二度とないだろうからな」
 ジャックランタン・ジャパン事務所、7F、喫煙室。
 そこには背の高い金髪の男と、ドレッドヘアーに柄物のスーツを着こなした二十歳過ぎの男が、煙草を吸って息抜きをしていた。

 ――平和島静雄。
 ジャックランタン・ジャパン所属の男性歌手。
 曲のジャンルは幅広く、拳の効いた演歌からJ−POPを歌いこなす斬新さが売りで、現在澱切シャイニング・コーポレーションの専属アイドル歌手・聖辺ルリを追い越すほどの絶大な人気を誇っている。
 同じ事務所所属の羽島幽平とは実は兄弟で、その理由もあり躍進を遂げており、またその実力も認められている。

「でも……俺なんかがそんな大物と一緒に歌っていいんすかね……?」
 そんな成り上がりの若手歌手のマネージャー・田中トムは、煙草を指に挟んだまま静雄を指差した。
「なに言ってんだ、静雄! お前だってもう立派な大物だろ!? もっと胸張ってろよ!」
「……『平和島静雄』はそんなに凄い人間じゃないっすよ、トムさん」
「そうか? 俺はマネージャーとしてお前のこと充分誇りに思ってんだけどなぁ……」
 ケロリとした表情で純粋な気持ちを口にするトムに、静雄は思わず苦笑いを浮かべる。
 煙草の煙を吸い込み、吐き出す煙に声を乗せた。
「社長は、なんて?」
「マックス社長はオファーにノリノリだったぜ。よく分からんこと言って相当ハシャいでた。……ったく、誰かあの人に正式な日本語教えてやれよ」
「……向こうの社長は?」
「澱切シャイニング・コーポレーションのとこか? あっちもオーケーだとよ。ほら、澱切社長って世間でも芸能界でも印象が良くないだろ? だから逆に、こうゆうのはありがてぇんだと思うんだ。自分の立場が守られるしな……。まっ、要は聖辺ルリも折原臨也も、澱切社長にとってはただの金蔓ってことだろよ」
「最低っすね」
 トムの言葉に、淡々と一言感想を漏らした静雄の声からは、少量の軽蔑と怒りが伝わってくる。
 微妙に変化した静雄の心境を読み取ったトムは、思い切り苦い顔をした。
「そう怒んなって。まあ、臨也を尊敬しているお前にとって、怒るのは無理もない話だけどな」
「……尊敬とか……そんなんじゃ、ないっすよ」
 誤魔化すように顔を逸らして、自分の爪先に目を落とす静雄に、トムは一層苦笑する。
 そして、腕時計を見て時間を確認すると、灰皿に煙草を押し付けた。
「臨也も静雄と同い年なんだからよ、芸能界ではそりゃあ先輩に値するかもしれねぇが、ガチガチになる必要はないって」
「そっすね」
 トムに倣うように、静雄も灰皿に煙草を押し付けて火をすり潰す。
「じゃ、来賓待たせるわけにはいかねぇし、ちょっと早いが部屋行くか」
「っす」


♂♀

東中野 芸能事務所『ジャックランタン・ジャパン』 応接室

 カチ、カチ。
 時を刻む時計の針
「……」
「……」
 カチ、カチ。
 人生を刻む淡白な秒針。
 カチ、カチ。
 カチ、カチ。
 ――……なんなんだ、この沈黙は。

 黒い車に乗って有名な歌手・折原臨也とそのマネージャーがやってきたのは、今から五分ほど前の話だ。
 事務所の従業員が二人をこの部屋へ案内してきたのは今から三分と十八秒前の話で、お互いに簡単な自己紹介を終えたのは二分四十八秒前。
 そこから先、今に至るまで――ひたすらに沈黙。

 ――なんでこいつ、無言なんだ? テレビではそこそこ喋っていなかったか? ……まさかこいつも、幽と同じパターンの奴なのか……?
 静雄の頭に浮かんだ疑問の三連符。
 助けを求めてトムに視線を向けてみるが、肩を竦めて首を傾げられただけで終わってしまった。
 ならば、と、臨也のマネージャーだと名乗った九十九屋真一という男を見てみるが、九十九屋は締まりのない訳の分からない笑みを浮かべるばかり。
 ――俺にどうしろってんだ。こういう場こそ、マネージャーがなんとかするもんじゃねぇのか……?
 そうは思っても、トムを恨むことは難しい。
 理不尽だと分かっていながら、静雄は恨みの矛先を、出会ったばかりの九十九屋に向けるのだった。
 そんな矢先――
「ケホッ、ケホケホッ」
 正面から、遠慮がちな咳が聞こえた。
『おや?』と、ほぼ三人同時に臨也を見遣る。
 そこには顔を顰めながら、それでも謙虚に咳をする臨也の姿があった。
「――あ」
 何か思い当たる節があるのか、静雄の隣に座っているトムが声をこぼす。
「もしかして苦手ですか、煙草……?」
 それを聞いて静雄は一人納得した。
 部屋のドアを開けた瞬間、臨也の顔がピクリと僅かに歪んだ理由。
 今まで険しい表情で、頑として押し黙っていたワケ。
「い、や……別に……」
 ――ウソつけ。
 無理矢理笑みを作って応える臨也を見て、静雄は確信していた。
 こいつ、煙草が嫌いなんだ、と。
「すいません、俺と静雄、喫煙者でして……」
「ああ、気になさらずに。お構いなく」
 そう臨也が言った途端、九十九屋が突然失笑した。
 そんな九十九屋を臨也がギロリと睨み付ける。九十九屋は噛み堪えれなかった笑いを必死に抑えながら肩を震わせていた。
 一頻り笑ったところで、九十九屋はどこか爛々とした瞳で、胸に何か一物あるような笑顔を浮かべると、人差し指を立てて提案を持ちかけた。
「じゃあ、お近づきのついでに二人で雑談でもすればどうです?」




next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -