「はあ?」
 九十九屋の言葉に驚きを浮かべる静雄と、露骨に嫌そうな顔をする臨也。
 トムは顎に手を当てて少し考えると、『いいかもしれない』と言って頷いた。
「となると、俺達マネージャーは退室するとしますかね」
「ですね。そうしましょう」
「ま……待てよ九十九屋!」
「三十分から一時間後くらいに迎えに来ます。丁度この時間帯はスケジュールも空白なので……どうぞ、ごゆっくり」
 制止にかかる臨也を有無を言わせぬ口調で丸め込んだ九十九屋は、ソファーから立ち上がると、掴みどころのない笑顔のまま、自分で言った言葉通り部屋を出て行った。
「静雄、お前もこの時間帯スケジュール空いてるから心配いらねぇぞ。……じゃ、あとは二人で上手くやれや」
 いけしゃあしゃあと静雄に告げては、そのまま軽く手を振りながら部屋を出るトム。
 二人は暫く、九十九屋とトムが消えて行った方角を呆然とした表情で眺めた。

 カチ、カチ。
 時計の針。
 カチ、カチ。
 音。
 カチ、カチ。
 時計の秒針。

 沈黙の世界で先に動いたのは、折原臨也だった。
 臨也は静雄に向き直ると、視線を落としたまま固まった。

 ――カチ、カチ。

 再び時計の音が気になり始めた頃に、臨也が声を発した。
「平和島さんの曲、聴いたことあります」
 突然の告白。
 まるで、スーパーで万引きをして問い詰められているような雰囲気で告げてくるものだから、おかしくて笑いが込み上げそうになる。
「お……俺も……折原さん、の曲、よく聴いてます……」
「……そう……ですか……」
「はい……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…」

 カチ、

「「あの」」
 沈黙に圧迫されて身を縮めていた二人は、ほぼ同時に顔を上げると声を絞り出した。
 絞り出した声は、見事に綺麗にハモってしまった。
 そのことにお互い動揺して、思わず顔を凝視してしまう。
 瞳の揺らぎを認識して、『あの』の後に接続される言葉がどこか彼方へと吹っ飛ぶ。
 絞り出した声の後には、再び沈黙が接続された。
「……敬語……やめませんか? その……同い年ですし」
「……折原さんが言うんなら……いい、すけど……」
「じゃあ……なしで」
「はい……、じゃなくてっ――……お、おう……」
「……」
 ぎこちない会話。
 会話とも呼べない、たどたどしい言葉のキャッチボール。
 しかし二人は、時計の音が気になり始める一歩手前のところで、沈黙を裂いた。
 それを何度か繰り返していくうちに、漸く緊張が緩和されていく。
 無駄な労力を使いつつも、努力の成果が出ていることに二人は安堵して胸を撫で下ろした。


♂♀

三十五分後

 敬語がすっかり抜け落ちて、時計の音を気にすることもなくなってきた頃、二人の距離はぐんと縮まった。
「折原のデビュー曲を一回スタジオで聴いたことがあってよ、トムさんに連れられてライブを覗かせてもらったことがあるんだ」
「へぇー、生で聴いてくれたんだ。気付かなかったよ」
 用意された紅茶に手が出せるようにもなって、すっかり温くなってしまったそれを早く処理しようと、会話の途中途中でカップに口を付けながら、静雄と臨也はどうでもいい話を続けていた。
「その曲よ、歌詞がすんげぇ中傷的だろ? 俺、あんまそういう曲好きじゃねぇんだけどさ……なんか嫌いになれなくてな、寧ろ感動すらした」
「? ふーん……」
「そーいやライブなら他に二曲くらい見たことあるな。あと、PV観たこともある。あの、女装して着物着てるやつ」
「あー、あれね。女装した俺と男の俺が歌ってるやつでしょ? みんなどんだけ俺をいやらしい目で見てんだろね。あの撮影は恥ずかしかったよ」
「でも、似合ってた」
 特に深い意味もなく放った言葉が、臨也に一撃を与えたらしい。
 臨也は静雄の一言を聞くと、紅茶が器官の変なところに入ったのか、ゲホゴホと咳き込んだ。
「だ……大丈夫か!?」
「だ、じょぶ、ケホッ、コホッ! ビックリしただけ」
「……ビックリ?」
 言葉の意味が分からず、眉を潜めて目を細める静雄。
 臨也は落ち着きを取り戻すと、苦笑とも微笑とも取れる微妙な笑顔を浮かべた。
 そして、飲み干したカップを置くと、静雄に向かってクスリと小さく笑う。
「あはは、だって、静雄君」
「なんだ?」
「それじゃあまるで、俺のファンみたいだよ」

      ――カチリ。

 その瞬間、今の今まで気になっていなかった時計の音が、やたら大きく聞こえた。
 鼓膜を揺さぶった、忘れかけていたその音は、まるで存在を主張するかのように。
「……? 静雄君……?」
 カチ、カチ、カチ、カチ。
 よくよく考えてみればその音は、
 トク、トク、トク、トク。
 鼓動の音に似ている気がする。
 カチ、
 トク、
 カチ、
 ……トク、
 カチ、
 …………トク、
 カチ、
 ………………トク、
 ――――――――――――――


      カチ。トクン。


「なあ」
「んう?」
「……メアド、教えてもらっていいか?」
「……ああ、いいよ。赤外線でいい?」
「ああ」
 カチ、トク、カチ、トク、
 カ、トク、チ、トク、トク、カチ、トク、
 トク、カ、トク、トク、カ、トク、トク、トク――
「なあ」
「……なぁに?」
 トク、
 トク、トク、
 トク、トク、トク、
 トク、トク、トク、トク、
 トク、トク、トク、トク、トク、――……
「名前で……呼んでいいか……?」
 内側で加速しながら刻まれる音に、急かされるようにして思い切って尋ねた。
 その質問に、臨也はポカンと口を開けている。
 しかしすぐに正気を取り戻して、やはり笑うのだった。
「やっぱり君も、俺の声に魅せられちゃった可哀想な人間なんだね」
 折原臨也は、よく笑う人間だ。
 歌う時もそうだ。
『バカ』『屑』『死ね』など、他人を傷付けるような言葉を笑顔で言う。
 その不気味さにハマって抜け出せなくなる者が、この日本には多いようだ。
 静雄も、数多くの内のその中の一人。
 静雄は頭の隅のほうで、ぼんやりと悟った。
 自分は折原臨也を尊敬しているのではなく――折原臨也の歌声の、中毒患者であるということに。
 折原臨也という人間を探究して、奥へ奥へと突き進みたいということに――。
「いいよ。俺も勝手にさっきから君のこと名前で呼んでるしね」
 臨也は首を振りながら答えると、偉そうに足を組んだ。
 上等なソファーに座ったまま体を仰け反らせ、鼻先で笑っては挑発するような顔つきで静雄を一瞥する。
「だから君が俺のことを名前で呼ぶなら、俺は君にニックネームを付けてあげるよ」
 主導権を全て握ったかのような、得意気で性格の悪い物言い。
 臨也は『うーん』と頭を捻った後、ポンと手を打って思い付いたような顔をした。
「こんなのはどうだろ?」
 そして艶めかしく唇を動かして、こてん、と首を傾げながら静雄の顔を覗き込む。
「静雄だから――『シズちゃん』。うん、シズちゃんにしよう。可愛いでしょ?」
 臨也の顔にピントを合わせた時、静雄の瞳に映ったのは、
 嫣然と笑む、折原臨也の姿だった。
 その笑顔に、クラ、と眩暈がしそうになる。
 ――ああ、やべぇ……
 ――もう、逃げられない。―――
 その時、ドアがノックされた。
 現れたのは臨也のマネージャー、九十九屋だった。
「予定がちょっと狂ってね。そろそろ行くぞ、折原」
「あぁ、そう。……じゃ、仕方ないね」
 少しだけ残念そうに呟くと、臨也は静雄に向き直り、皮肉を言うような口振りで、告げた。
「そんなわけだから、俺は行くとするよ。収録で会えるのを楽しみにしているね――シズちゃん」
 意地悪くそれだけを言うと、そのまま席を立ち上がり、九十九屋の方へと歩み寄っていった。
 ドアが閉まる寸前、臨也がふざけた調子で『まったねー』と言った声が、鼓膜から脳から離れない剥がれない。
 カチ。
 時計の音を思い出した。
 カチ、カチ。
 時を刻む針の音。
 カチ、カチ。
 人生を刻む秒針。
 カチ、カチ、カチ、カチ――
「いざや……」
 静雄が最後に発音したのは、先ほど飄々と姿を消してしまった、男の名前だった。
 近い内に、面と向かってその音を発音できる日が訪れることを考えると――
 咽が、乾いた。
「ははっ」
 口角が吊り上がっていることなんて、指摘されなくても分かっている。
「いいなぁ、折原臨也。気に入った」
 カチ、カチ、トク、トクン。
 欲望が、流れ込む音。
「覚悟しやがれ――臨也よぉ」
 雪崩れ込む劣情に、抗えない。
 針は容赦なく時を刻む。
 カチ、カチ、
 カチ、カチ――……








私の脳内
・臨也のデビュー曲=ペテン師が笑う頃に
・静雄が言ってた他二曲=clock lock works、火葬曲
・臨也が着物女装PV=いろは唄

ですね。もう完璧趣味の世界。
はい、全部ボカロ曲です。
いろは唄以外、しゃむおんサンです←

ちなみに臨也とシズちゃんがコラボして歌うのは、しゃむおん×みーちゃんの、え?あぁ、そう。です(笑)(勿論ピッチ変更の)
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