002

きらっと、視界の端で何か光るものが舞った気がして、思わず目で追う。
でもさっき光ったと思ったところには何もなくて、気のせいだったのかな、と心の中で呟いた。

「……っと」

こんなことしてる場合じゃないんだった、早く番号の確認に行かないと。

入試の合格発表に来たはいいけど星奏学院の広すぎる敷地に翻弄されて絶賛道に迷い中のわたしは、とりあえず来た道を辿って正門まで戻ろうと勢いよく振り返った。

「わっ!?」
「うぇっ!?」

いつの間にかすぐ後ろに人がいて、危うく正面からぶつかるところだった。

「ああぁ、ごっごめんね!迷ってるみたいだったから声をかけようとしてたんだ!」

「えっ? あっ、そそうなんですかすみませんありがとうございます!」

右手をぶんぶんと振って大慌てで言われて、わたしも慌てて頭を下げる。

「案内看板が壊れちゃって、おれ達これから代わりの看板置きに行くところなんだ」

左腕で小脇に抱えていた『←普通科/音楽科→』と書かれた板をこっちに向けて見せるその人の言葉に、達? と首を傾げかけていると、その人の後ろの校舎から誰かが出てきて、きょろきょろと辺りを見回してからこっちに目を止めて、小走りで近づいてきた。
 って、うわ……。

「火原、少しは前以外も見た方がいいよ。」

そう言ってガムテープやビニール紐やカッターナイフなんかをさっきの人に差し出したその人は、声を聞かなかったら美少女と間違えそうなくらいきれいな顔で、肩より少し長いくらいの髪がさらさらと揺れるのがとても似合っていた。音楽科の白い上着とひらひらのタイがはまっていて、まるで王子様みたいだ。
わたしは思わずひゃぁーと心の中で呟きながら、まじまじと眺めてしまう。

「うわっ、こんなに落としてた?! ごめん柚木、ありがとう!」

看板を抱えた人は制服の上着じゃなくて、シャツの上にパーカーを着てタイもしていなかったので気づかなかったけど、よく見たらこの人も音楽科の制服だ。

「いいよ、僕が持って行くから。 ……合格発表を見に来たのかい?」

「あっ、はい! 普通科のなんですけど!」

突然、優雅な仕草でこっちを向いて話しかけられて、思わずシャキンと姿勢を正して返事をしてしまう。

「そう、看板がなかったから迷ってしまったんだね。よければ、案内するよ」

「ありがとうございます!」

力いっぱい頭を下げると、髪の長い人はおかしそうにくすっと笑って、パーカーの人は「元気がいいねー!」と向こうも元気いっぱいに笑った。

「えっと、……先輩たち、は生徒会の人なんですか?」

「そうじゃないんだけれど、生徒会や先生方が何かとバタバタしているものだから、手伝いを頼まれたんだ。」

「で、おれはさらにその手伝い。」

歩きながらそんな会話を交わしているうちに、見覚えのある場所に来た。
うんうん、ここで右に曲がったのが間違いだったんだな。

「あそこの角を曲がって行ったところが普通科の合格発表の場所だよ!」

「行けば分かると思うけれど……一緒に行こうか?」

立て続けに言われて、慌てて首を振る。

「いえ!たぶん大丈夫です!!」

「そう? じゃあ、頑張ってね。」

「受かってるといいね、またね!」

優雅にひらりと手を振る王子様っぽい人と思いっきりぶんぶんと大きく手を振るパーカーの人に何度もお礼を言って頭を下げてから、さっき指さされた方へ走った。

角を曲がればすぐに大きな掲示板と人だかりが見えて、あそこで右に曲がってなければすぐにたどり着けたんだなぁと思う。
 どきどきしながら掲示板を見上げて視線を走らせ、たくさんの数字の中からひとつを探す。

そしてわたしは振り返り、さっき来た道をまた駆けだした。


さっきの二人と別れた場所に近づくと二人はまだそこにいて、さっきはいなかった人影がひとつ増えていた。
それが目に入った瞬間、わたしは思わず足を早めて大きく息を吸い込んだ。

「お兄ちゃん!!」

思いっきり叫ぶと、二人と話していた信武お兄ちゃんが振り返って、ぱっと笑った。
わたしは信武お兄ちゃんにぶつかりそうな勢いで近づき、勢いが収まらずその場でぴょんぴょん跳ねた。

「お兄ちゃん番号あった!受かってた! ありがとう信武お兄ちゃん!」

「よかった! 真衣ちゃんやったね、おめでとう!」

嬉しそうな信武お兄ちゃんの顔を見て、わたしはもっと嬉しくなってしまう。

「……王崎先輩、妹さんがいらっしゃったんですか?」

驚いたような顔で王子様が声をかけてきて、信武お兄ちゃんが振り返る。

「隣のうちの子なんだ。 でも妹みたいなものかな。」

「東藤真衣です、よろしくお願いします!」

勢いよく頭を下げると、二人は対照的な笑顔を浮かべた。

「おれは火原和樹! 王崎先輩のオケ部の後輩。」

「僕は柚木梓馬。二人とも今度2年になるんだ。これからよろしくね、東藤さん。」

にかっと笑う火原先輩と、どこまでも優雅に微笑む柚木先輩に、わたしは笑顔で「はい!」と答えた。



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