定食パァンタグ




【お好み焼き】

じゅわっといい音がした。たっぷりのキャベツと桜えび、揚げ玉が入った生地をフライパンに手際よく広げた隆史は上に薄切りの豚肉を並べると蓋をする。透明な蓋は直ぐに白く曇り、じゅうじゅう、焼ける音。
二口コンロのもう片方の熱しておいたフライパンに同じく油を引くと生地を流し込む隆史の後ろを晴秋と恵がまるで動物園の檻の中の野獣のように彷徨いている。親獅子は隆史の肩越しにフライパンを眺め、子獅子は「まだですか」と隆史の服の裾を引いた。

「まだだ、まだまだ。お前らうぜえよ、あっちに行ってろ」
「だって」
「だってじゃねぇよ」
「ねぇ隆史、もういいんじゃないかな」
「アッこらバカ秋!勝手に蓋を開けるな!」

隆史はまとわりつく恵をあしらいながら蓋を開けようとする晴秋をどついた。片方だけでも面倒なのに、揃うと厄介が倍どころでないのがこの二人だ。
頃合いを見て蓋を開けると桃色の肉は透き通り、フライ返しを差し込むと生地はすっかり焼けていて、ぽふっといい音を立てさせてひっくり返す。

「ふおお…!」

恵の奇妙な感嘆の声を聞きながら火力の調整。さぁここまで来たらもうあと少し。

「恵、皿出せ。2枚な。晴秋は冷蔵庫からソースとマヨネーズと鰹節と青海苔」
「はいっ!」
「はいはい」

敬礼までして恵はどれだけ楽しみにしているのか。うきうきの背中を見送り年嵩の眼鏡を見やれば彼もまた、心なしか背中が喜びを湛えている。
取り出された皿に出来たお好み焼きを移すと隆史はまず先に次のお好み焼き作りに取り掛かった。じゅわっといい音。それを2回。
涎を垂らさんばかりのふたりに苦笑しながらカリカリに焼けた豚肉を上にたっぷりとソースをかける。勿論、おたふくだ。マヨビームで格子柄を描き、きらきらと輝く青年に見守られながら花鰹は踊る。振り掛けられる青海苔。

「ほら、お前ら先食ってていいぞ」

出来たふたつの皿を押し付ければ、しかし眼鏡はふたつ揃って困り顔。

「いいです、待ってます」

神妙に頷く晴秋の背を蹴り恵の肩を叩く。

「気にすんな。冷めちまったら元も子もねぇ」

気遣いは有り難いが、しかしお好み焼きとは出来立てを食うものだ。
──気にするふたりはしかし、隆史のお好み焼きだけに乗った目玉焼きにブーイングを起こすのだった。





【おかず争奪戦】

「あーーー!」

アイザックは叫んだ。ひょいと取られたとんかつ。しかも真ん中。

「テメェなにしやがんだ!」
「一切れくらいいいじゃないか」
「良い訳あるか!しかも真ん中だと!?ふざけんな!!!」
「あーはいはい、私のしょうが焼きあげますから許してください」
「あっ………!テメェ、とんかつの上に乗せんな!味が!あー!もう!あー!」

詫びとしてクラスティに乗せられたしょうが焼きがびしゃりととんかつの上に乗り、たれがじわじわかつに汁気を与えていく。
ふざけんな。下味の塩コショウに溢れる肉汁、衣のさくっと感を味わう楽しみを奪われてアイザックは悲壮な顔をした。ソースや醤油は邪道だ。そのまま食うのが美味いのに。

「テメェ、今晩覚えとけ。ブッ殺す」
「ええ、挑むところですよ」

殺気立つふたりに一膳屋の空気が凍る。それを抑えたのは鶴の一声。

「はいはいふたりとも落ち着いて。僕のからあげあげますから物騒なこと言ってないでご飯食べましょう?」

ころりと転がるからあげに、しかしふたりは止まらない。

「お前は!」
「人にあげる前に!」

「しっかり食べなさい!」
「もっと食え!」

このモヤシが!と続いた言葉と共にどさどさと倍に増えたおかずの皿にシロエは目を白黒させる。

「ちょ、」

こんなに食べられない。訴えるシロエに構わずにひょいと海老フライが更に乗せられる。

「さぁ食え」
「まさか私たちの好意がいらないとは、ねぇ?」

言わないですよね?と笑顔の圧力にシロエは泣き笑いを溢した。どうやら今日の午後は重たい腹を抱えて仕事が手に付かなさそうだ。





【丸い】微ホモ

円卓会議が使うギルド会館執務室の一室。ソファの上で器用に丸まる背中を見てなんてバカなこどもだろうかと溜め息を吐く。成人しているとは言え、アイザックにとってみれば未だ学生の身分たるシロエなどはただのこどもでしかない。卒業した上でニートたるクラスティはこどもか否か以前に甘ちゃんとしか評価はせず。

「こどもが無茶しやがって」
「ですねぇ」

書類仕事が苦手で逃げ回るのはアイザックであるが、怒る癖に結局許してしまうシロエに甘えてしまうことは度々あり申し訳なく思うのだが苦手なものは苦手なのだと開き直り、苦笑するクラスティに「お前は苦手でもねぇ癖に逃げ回んなや」と苦言を呈する有り様だ。
円卓会議設立時、強行に「仮眠室を作るべき」と主張した〈記録の地平線〉の双璧は年下のギルマスの性質を良く理解していたということだろう。アイザックはよいしょとシロエを抱き上げる。体を冷やして体調不良とは聞いたことはないが、きちんと休むことは悪いことではない。隣接された仮眠室の扉はスクエア眼鏡が開けてくれた。
慎重に、と思えども生来のがさつさからどさりとベッドに下ろすと丸い眼鏡がううんと唸る。どれだけ疲れているのか、彼はころりと寝返りを打ち枕を抱え込むとまた眉間にしわを寄せて寝息を立てた。

「はっ。可愛くねぇ寝顔だなぁおい」

眼鏡を取り上げて黒々とした隈を一撫で。まだ丸みを残す頬のあどけなさとは裏腹の疲労感に苦笑いしか出てこない。

「そうですか?私には可愛い寝顔に思えますけど」

起きたらとても慌てるだろうシロエの姿を想像すればなんと愉快なことだろうとクラスティの胸が弾んだ。指でぐにぐにと眉間を揉んでも唸るばかりでシロエは起きようともしない。

「へぇへぇ、相変わらず趣味の悪いことで」
「私が悪趣味ならば君もそうだと言えるのだけれど」
「うるせぇ、百も承知だ」

全く、助けの求め方を知らないこどもを好きになってしまうなんて大層ヤキが回ったものだ。
──だからこそ放っておけないということもあるのだろうけれど。今は、起きたこどもが少しでも楽になるようにと苦手な書類と格闘するべく執務室に舞い戻る。砂色の髪の男を道連れにして。
はてさて、きっと群青の目がきょとんと丸くなるだろうことを想像してアイザックは小さく笑った。





【契約書】

ここに契約書があります。穏やかに笑っているのだがやけに圧迫感を感じる。きらり、眼鏡が光る。アイザックとクラスティはぞっと背筋を凍らせた。

「嘘だろ、腹黒…」
「ははは、シロエくん、冗談は…」

文面に目を通した大男のひきつる顔を見てシロエはにちゃりと笑みを深くする。嘘でも冗談でもありませんよ。

「ねぇ、高山さん、レザリックさん?」

声を掛けられた副官達もまた愉悦に唇を歪ませて頷いた。ええ、勿論ですよシロエさん。

「いや嘘だと言ってくれよレザリックぅうう!」
「み、身内の証言は証明になりませんよ」

副官の肩を前後させながらアイザックは叫ぶもレザリックははっはっはっと笑うだけ。
眼鏡をスチャリながら無効と言うクラスティに高山は「では、マリエールさんをお呼びしてきましょうか」と彼が求める第三者の提供を。あまりにもさらりと提案されたそれに、この契約書の内容が捏造されたものではないと納得せざるを得ない。




契約書

〈記録の地平線〉シロエは、〈黒剣騎士団〉アイザックと〈D.D.D〉クラスティに以下を要求する。

一、連続で3回書類を遅延させない。
一、副官に心配をかける程、失踪しない。
一、書類に悪戯を混ぜない。

上記が全て破られた場合、二名は監禁の上、強制労働を行うと誓約する。また、要求を受け入れない場合はよりひどい罰ゲームを付与するものとする。

      署名 クラスティ 印
         荒城隆史 印




「酒の席だから無効だろ!?」

頭を抱えるアイザックは署名のとなりの血判と自身の親指を見比べる。あかん、同じだ。
足掻いてみるが、しかし契約書は契約書なのだ。状況がどうであれその事実は消えない。
何故、判など押してしまったのだろう。きっとこの丸眼鏡の口車に酔って働きの悪い頭が、嗚呼、嗚呼。しかも本名でサインしているとか。アイザックは頭を抱えるも後悔と契約書は消えてくれない。

「僕の契約書が信じられませんか?」
「ぐぬぅ」

にっこり眼鏡にアイザックは言葉もない。空恐ろしい笑顔に囲まれてどうすれば逃げられるかと思案するふたりに、しかし追い討ちは掛けられた。

「お二方、ごねましたね」
「ウッ」

いやこれは。言い訳をするよりも先に腹黒眼鏡の指がパチンと高らかに鳴った。

「カモン、マリ姐!」
「呼ばれて飛び出て!」
「私もおりますわ!」
「ちょ!梅子ぉ!ジャジャンジャーン言うてやぁ!」

呼んで飛び出た〈三日月同盟〉の二人組にアイザックもクラスティも目を丸くする。どうしてここに。
その影でシロエが杖を掲げるのに気付かず、涼やかな腹黒声が聞こえる時にはもう既に遅く。

「ソーンバインドホステージ!」

茨に取り押さえられたふたりは続くヘンリエッタと高山女史のデバフの歌声に急速に意識を失っていった。
さて最後に見たものは。

「安心してな、ちゃあんと可愛くしてあげるから!」

マリエールの浮かれた笑顔であった。


その場は、やけに静かであった。
誰も、物音ひとつ立てはしない。
定例の円卓会議。そこに、茶を運ぶピンクの制服は今は懐かしい、クレセントムーンのそれで。
しかし、着ている人物が問題であった。
フリルエプロンの結び目から見えるぴっちりのミニスカートは素晴らしき尻笑窪まで透かして見せた。むちむちの脚を覆うニーハイソックス。パンパンに張った肩は本来はそんなぴっちりとした袖ではなかった筈だ。シャツをはちきらんばかりに押し上げる──雄っぱい。それも、筋骨粒々、身の丈190に近い男がふたり。
どんと置かれた湯飲みからたぱんと茶が零れた。

「アイ子さん、乱暴ですよ。クラ子さんを見習ってください」

やれやれと苦言を溢すシロエにアイザックはふるふると震えた。正直、それを聞いていた他の者も震えていた。ベクトルは真逆だが。ブフォ。噴き出して突っ伏した帽子は笑う声さえ出せていない。
彼が問題児ふたりに与えた罰ゲーム──お察しの通り、クレセントムーン制服を着せての給仕だった。契約書に書き加えられたそれの所為でふたりはそれを脱ぐことが出来ない。

「覚えてろよ、腹黒眼鏡………!」
「ええ、しっかり覚えておきますよ」

恨み言はしかしにっこり笑顔で返された。腹黒眼鏡の隣に腹心の筈の副官が、それぞれ笑顔で立っている。彼らが手に掲げるのは、複数枚の紙切れ。
スチャリ、眼鏡を光らせたのは腹黒ではなくマッドサイエンティストの方。

「見てください!ロデ研でカメラの開発に成功しました!」
「余計なことをしてんじゃねぇよ!」

アイザックの叫びは尤もだ。まさかこんな姿を写真に残されるとは。

「やられましたね…」

クラスティも思わず唸る。まさかこんな弱味が握られてしまうとは。
契約書には有効期限も有効回数も書いていない。
写真を欲しがる若旦那の声に睨みを利かせてみるも格好が格好だ、爆笑して転げ回る彼に我慢も限界だとそこかしこで笑いが漏れる。一人を皮切りに、いつしか全員が声を上げていた。

「アイ子さん、クラ子さん」

不名誉な呼び名に死んだ目を向ける狼藉者は、ほとほと己の軽率な行動を恨んだ。

「お言葉、そっくり返しておきますね」

覚えていろよ、真面目に仕事をしなきゃこれをアキバに振り撒いてやるからな。
笑顔の裏の副音声に、流石にハイと返事を返すしかないふたりであった。

(キレが悪くてすみません)
(ギャグにクラスティ使いにくい)





【花嵐】

早く帰ってこいよ、馬鹿野郎。アイザックは呟く。
帰ってきたら、仕事全部やらせましょう。そして僕たちは慰安旅行でも行きましょうか。シロエは言った。
いいな、それ。からころ笑うアイザックに、でしょう?とシロエも微笑んだ。
全く、あいつはどこをほっつき歩いているのか。
本当に。人の苦労も知らないで。
降り積もる愚痴は、つまりひっくり返してそれを案じる言葉。
今、どうしていますか。
今、どこにいますか。
元気ですか、怪我は、していませんか。ねぇ、今はどこに。
膨らむ蕾に共に花見をと約束した筈なのに。ひらり、ひらひら。落ちる花びらに、ひとり、足りない。
冬が過ぎ、春が来た。長い不在だ。ふざけるな。アイザックは憤慨する。
膝を抱える青年と共に約束の木の下で満開の桜を見上げた。見事なものだ。これを見られないとは、あのスカシ眼鏡も可哀想に。ざまあみろ。
葉桜になったそれを見て悔しがればいいのだ。こんなに誰にも彼にも迷惑をかけているのだから。
だから、早く帰ってこい。
シロエと、アイザックと。その間にちゃんとお前の帰るところがあるのだから。

(花嵐なんも思い付かんかった)





おまけ

TLに放流しようとしたアイシロ小話
ガラケーのセルフリプが出来なくて断念



ざあざあ、とつとつと雨の音がする。嫌だな、これでは僕の好きな音が埋もれてしまうではないか。こんな時にしか聞けない、健やかな寝息が。勿体無く思えてシロエはそれに擦り寄った。あったかい。すうすう、なんて可愛い音じゃないかーこー豪快な音がらしくてくつくつと笑った。

「…あ?」

どうやらこの野性的な男は目を覚ましてしまったらしい。ぱちりと瞬く金色の目がシロエを見る。

「どうした?」
「いえ、なんでも」

誤魔化すシロエに男はそうかとおざなりに返すとシロエを抱き寄せる。

「寝ろ。俺は、眠い」

くりくりと頭に頬擦りをするアイザックを抱き返しながらシロエは囁く。おやすみなさい。
くうくう、ざぁざぁ。寝息、雨音。シロエもまた目を閉じる。温かな胸からは命の音。くうくう、ざぁざぁ。f分の1のゆらぎか。たまにこんな朝もいいかも知れない。たまには、だけれど。





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