帰還後戻れない設定アイシロ
放流時よりホモ度増量キャンペーン
〜少女漫画フィルターを乗せて〜







「おい」

これで別れか。現実に還る際になってアイザックはシロエの肩を掴んだ。振り返る青年の青い目を見る。そこには少しの痛みもない。なんて素っ気ないのだろう、戯れでも唇を重ねたこともあるのに。この青年は名残もないのか。酷い奴だ。
思い返すのは短いようで長かった日々。光る眼鏡に靡く白。青い目は光を受けて煌めいていた。言ってしまったこと。言えなかったこと。言いたかったこと。いろいろあるけれど、今は。

「お前のが頭がいいんだからお前が覚えろ」

説明もなしに告げた11の数字。唐突なそれにシロエは目を白黒させたが二度三度と繰り返せばそれが電話番号だと理解したのだろう、つと柳眉はひそめた。どう言う意味だ。が、それを確かめる前にもう時間はなくなってしまうらしい。透ける手のひらは触れ合わせてもなにも感じない。

「いいか、連絡を寄越せ。絶対だ──俺は、現実でもお前と出会いたい」

もしもこれで便りがないのならばそれまでなのだろう。胸は確かに痛むが仕方がない。少しの期待と大きな諦めを含んだ言葉は、しかし見開かれた鋭い目に割合を覆す。これは、期待してもいいのだろうか。
眉を下げた泣き笑いに痛みを見て取りアイザックはうっそりと笑う。どうせくだらぬ覚悟でもしていたのだろう。この場限りになどしてやるものか。
気が抜けた時に垣間見える素直なそれが好きだった。精一杯の告白は、そう言って、タイムオーバー。
消えていく群青は黒髪の若い男に。
消えていく深紅は黒い短髪の男に。
透けていく、現実の虚構と現実。見覚えのある知らない顔は、見慣れた快活な笑みで色をなくしていく。

「僕も、」

シロエは手を伸ばす。消える頬。鮮やかな記憶の数々。触れた筈の指先はなににも触れずに宙を掻く。失われていく輪郭に、叫ぶ。
──願えるのならば僕も貴方と、もう一度。

聞こえただろうか。まぶたを開ければ見慣れた、けれど懐かしい天井。酩酊したような頭はまるでスイッチでも押したかのように切り替わる。そうかここは現実。シロエは、恵は飛び起きた。
覚えている、アキバの日々を。
覚えている、赤毛の男を。
覚えている、11の数字を。
恵は膝をぶつけるのも構わずに鞄に飛び付き携帯を取り出した。嗚呼、こんなにも電話に緊張することが今まであっただろうかいやない反語。震える指が記憶を打ち出す。間違っていないかな、繋がるかな。この気持ちが消えない内にと勢い勇んで押してしまった通話ボタン。コール音を数えながら、心臓は火傷しそうな熱を巡らせる。

「──はい、」

繋がってしまったそれに恵は硬直する。嗚呼、その声に間違いはない。彼は、電話の先のそれは確かに先まで、目の前で笑ったあの人の。
ブチ。恵は思わずそれを切っていた。ツーツー、虚しい音。

「……ッ!」

そこで漸く、我に返る。やってまった。どうしよう。はくりと喉が詰まり、目頭は熱くなっていく。どうしよう。嘘だろ、いや、嘘じゃない。確かに残る、履歴の3秒。確かに残る、履歴の番号。
あの声を間違える筈がない。電話の先のそれは確かに、アイザックだ。
そして悪魔が囁いた──もしも僕しか覚えていなかったら?もしも全てが僕の夢想でしかないのならば?
それはなんて、


まるで嘘のような現実に、恵は。
──鳴り出した携帯の着信音に恵は肩を震わせた。画面の番号に登録はなく、素のままの11文字の数字は、しかし知っているもの。
どうしよう。
恵は再度狼狽える。先の熱はどこに消えたのか、心臓は痛みをもって体を凍えさせていく。
無機質な電子音は途切れることなく鳴り響いた。確実に、間違い電話などではなく、確信がなければ鳴らし続けることはないだろうほどに長く。
恵は安堵して、観念した。震える指が通話ボタンを押す。

「……はい」

その二文字を押し出すことだけでとても苦しいなんて。名乗ることさえ出来ないそれに、待つ言葉は間髪入れずに放たれた。

「遅ぇよどんだけ待たせんだ、シロエ」

苦笑混じりのそれにもう我慢は限界で、ぽろりと零れた涙と共に彼の、慣れた仮初めの名を呼ぶ。アイザックさん、アイザックさん、アイザックさん。

「なんだよ、泣くほど嬉しいか」
「はい、とってもっ、嬉じい、です…!」

笑う声に真面目に頷けば、向こうは言葉を詰まらせた。反則だと言われても意味が分からない。なぁ、名前を教えろよ。言われてずずっと鼻を啜る。

「ぼ、くは、城鐘恵」

けい。
久しく名乗りも呼ばれもしなかったそれ。

「恵か」
「はい、」

舌の上で転がされる自分の名前がいたく擽ったく思えた。

「恵、俺の名前は荒城隆史だ」
「あらき、さん」
「馬鹿野郎、なんで苗字なんだよ。隆史って呼べよ」

低い笑い声に恵の頬は熱くなる。

「た、たかふみさん」
「おう、なんだ?」

練習がてら呼んだそれに優しく応じられて、伝わる筈もないのに恵はぶんぶんと勢いよく首を振る。
たくさん話した。出身地、年齢、職業。城、お揃いですねなんて笑いもした。
次の休みに上京するわと軽く話した隆史に出迎えの約束をしながら、その数日がもどかしくなる。
さぁ、なんて言葉で出会おうか。





150403

初めまして、久し振り。



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