ログホラとうらぶパロ
※俺得ご都合捏造設定!

・コーウェン家血筋が審神者能力を持ち代々その任を担っている。
・刀剣の種類は刀や槍だけに限らず大剣、斧、魔法杖などもある。
・顕現する刀精は破壊もしくは刀解されない限り姿変わらず生き続けるが、顕現させた審神者が死ねば共に死ぬ。
・新しく審神者に顕現させられた刀精は基礎能力以外、経験値や以前の記憶等はリセットされる。
・本来刀剣男士と呼ばれる存在だが男女関わらずいる為、便宜上刀精と呼ぶ。
・審神者は本来コーウェン固有のものではなく、コーウェン家にも生まれない代や他の家に生まれることもあるが、他所で発見された場合は設備や知識の揃っているコーウェン家で修行を積む。

審神者と冒険者の組み合わせ
・先代候:〈記録の地平線〉+〈ロデ研〉
・当代姫:〈DDD〉+〈海洋機構〉
・新米:〈黒剣騎士団〉+〈第八商店街〉
・北姫:〈銀剣〉
※前々代審神者(老候前任):〈放蕩者の茶会〉+〈西風の旅団〉





■新米審神者イセルスと大剣アイザックの話



「…出来たっ!」
 イセルスは今年で八つになる。つまり、コーウェン家の生業である刀精を顕現させる「審神者」としての能力があるか試す儀式があるのだ。
 イセルスの上の姉はその才がなく、下の姉、レイネシアはこの時に幻想級両手斧〈鮮血の魔人斧〉クラスティを鍛刀した。つまりそれだけ才があったのだ。前任であるイセルスの祖父、セルジアット・コーウェンは歴史で五指に入るほど有能な審神者であり、大斧クラスティを始め大鎌〈カラミティ・ハーツ〉高山三佐や高い解析能力を持つ魔法杖リーゼといったレアリティの高い刀剣を得た姉がその跡を継ぐと言われている。
 イセルスは彼ら刀精が大好きだった。強い光の姉や祖父に気後れすることもあったがそれでも審神者のひとりとして一助になれることを願って試しの儀に臨んだ。
 鍛刀とは多くの資材、多くの時間が掛かる。イセルスも何時間もかけて必死に鍛刀し続けた。
 だから、最初イセルスは自分が疲労困憊の末に幻覚でも見ているのではないかと思った。目の前に立つのは黒い鎧を着込んだ男。漆黒を纏う中、燃え上がるような赤い髪が鮮やかだ。
「お前か、俺を呼び出したのは」
 イセルスの身の丈以上の大剣を備えた男の低い声は恫喝するように響いた。目付きは悪く、それ以上に彼から立ち上る神気に圧倒されるばかりだ。
 彼はイセルスを上から下までじっくりと眺めると片眉を上げた。
「ちっちぇえな」
 その低く響く声はそれだけで恐ろしいと思えたけれど。言われた瞬間、イセルスはカッと腹の底を焼かれるような怒りを感じた。
「僕は!」
 疲労で棒のような足を踏ん張る。
「小さくありません!もう八つになるんですから!」
 侮られてそのままでいられるほど、イセルスは弱くなかった。貴族の子として育てられ、優秀な家族に囲まれつつもそれを支えるという目標へ進む為のプライドは、その求められる役割相応にあったのだ──それは家族をも侮辱するものだから。
 誇りある家族を想えば、目の前の強面の男に。一振りでイセルスを殺せるだろう武器の化身に立ち向かうことなど怖くはなかった。
 余りにもはっきりとした主張に、男はぽかんと目を見開き、次いでくつくつと喉の奥で笑う。
「ああ、そうだな。そうだった、審神者は皆、八つで試練を受けるんだったな」
 ぽんぽんと頭を叩かれてイセルスは目を瞬かせた。どうやら第一印象ほどに怖い人ではないようだ。わざわざ屈んでイセルスと視線を合わせてくれた男の目はまるで猫の目のような金色で、真剣な顔で問いかける。
 ──審神者は、人を殺す仕事もある。いつまでも戦い続け、床の上で死ぬことも出来ないこともある。
「それでも、お前は審神者になりたいか」
 新しく鍛刀された刀精たちは前の主の記憶をもたない。それ故か勇名を馳せた武器と言えども鍛刀された今は只人と同じほどの力しかないが、それでも人並み以上の力があるのだ。そして自身が人の肉を持った殺戮兵器であり、審神者の特殊な能力で顕現していることなどは知っている。
 審神者はつまり、男の言う通りに戦いに身を投じる一生を義務付けられてしまうのだ。
 男は、この大剣の精は、つまりそれを気にしているのだろう。呼び出されたばかりと言うのに死地へ向かおうとする無垢な子供を諭そうとしているのだ。
 今ならばまだ間に合うと。
 なかったことに出来るのだと。
 しかしイセルスは首を振る。
 きっと苦しいこともあるだろう。悲しいこともあるだろう。それでも。
「僕は刀精の皆さんが大好きなんです。だから皆が悲しいのや辛いのを見ているだけなんて嫌なんです。なにも出来なくても、側にいたいんです」
 お祖父様のように頼り頼られる存在になりたい。そうはにかんだイセルスの言うことはまさに子供の絵空事。いつか本当に嫌となったとして、その時に拒絶をしても取り返しのつかない選択肢。
 しかし彼の目には決意があった。軽々しいものではないそれにアイザックは唇を吊り上げる。面白い。
 嗚呼、これは。
「俺が間違ってたわ」
 そう言って男は後ろ頭をがりがりと掻くと、にかっと小さな少年に笑いかけた。大人の男の姿なのに、まるでガキ大将のような屈託ない笑顔。
「俺は幻想級大剣〈苦鳴を紡ぐもの〉」
 一変して顔を引き締めた男は、己の本体たる大剣をザッと地面に突き刺して片膝をつく。ふわり、白いマントが翻った。そうして片膝をついたというのになお下にある少年の青銀の目を見る。
「名を、アイザックと言う」
 それにイセルスは大きく目を見開いた。名乗り。それはつまり契約の証。
 金の眼をした赤髪の男はゆっくりと頭を下げた。

 お前を主と認めよう。
 小さな審神者。俺の唯一。





■新米審神者近衛と前代審神者近衛の話



 先代審神者セルジアット・コーウェン候は歴史に名を残す程素晴らしいと言われている。
 その彼の初期刀は便宜上刀と呼ばれていてもその実は魔法杖であり、その身を血で濡らすより、その智で血を流させることの方が得意であったのもまたセルジアットの名を上げたのだろう。幻想級魔法杖〈滅びたる翼の白杖〉──名を、シロエ。
 それは若い男の姿を取っており群青の髪を持ち痩身を白い外套で包み、猛禽のような鋭い目を丸眼鏡の奥に隠した男だ。長年セルジアット候を補佐し続けた貫禄のある威圧的な笑みに陰では腹黒眼鏡とも呼ばれている。
 そのセルジアット候の孫、イセルスの近衛であり未だ唯一たる刀精アイザックは、現在その小さな主を補佐する為にと前代近衛たるシロエに教えをうけていた。
──のだが。

「居眠りしない!」
「イテッ」
 パァンといい音を立てて殴られたアイザックは頭を撫でながら顔を上げる。目の前の腹黒い笑み。嗚呼、またやってしまったのか。
「何度目ですか、貴方は」
「仕方がねぇだろ、こんないい天気なんだし」
「人間に染まるのがお早いことで」
 ふあ、と欠伸をするアイザックにシロエは溜め息をついた。未だアイザックしか持たないイセルスを支えるのはアイザックのみだというのに頭を使うことを苦手とするアイザックはこのように直ぐにだれてしまう。武器らしい気性の荒さとは裏腹だ。
「…よし、それでは今日は戦闘訓練と行きましょうか」
「マジか!!!」
 シロエが諦めてそう言うと、アイザックは先までの怠そうな様子をガラリと変えていきり立つ。誰だ、誰とだとシロエを揺さぶる男に青年は「僕とですよ」とにっこり笑った。
「………は?」
 アイザックは幻想級だ。ステータスは元より高く、現在順調に──と言ってもまだ両手には満たないが──レベルも上がっている。そしてシロエの〈滅びたる翼の白杖〉も同じくして幻想級だが、攻撃特化の〈苦鳴を紡ぐもの〉とは違い魔法効果を上げる付与術型の魔法杖なのだ。大きくレベルに開きはあるものの普通に考えたら戦闘にならない筈である。
 目を点にするアイザックにシロエは光る眼鏡を押し上げる。
「貴方が不要とする智の力、とくと見せてあげましょう」



「な、んで………ッ!」
 アイザックは肩を上下させながら荒く息を吐く。なんで。なんで当たらない。シロエはただの魔法杖だ。当たりさえすれば。
「逃げ回ってんじゃねぇぞ!」
 かれこれ一時間は動き続け体力の減ったアイザックとは裏腹にシロエはけろっとしているのもまた腹立たしい。ひらりふわりと避け続け、戯れのように杖がアイザックの額を打つ。喚き、くそがと悪態を吐くアイザックにシロエは溜め息を吐いた。
「…大抵のことは力任せにすれば解決するでしょうね」
 アイザックの特攻をものともせずに青年の姿の武器は語った。右に左にと襲い掛かる大剣は最小限の動作でかわされて、化身の本体たる杖は沈黙を保つ。
レベル差はある。未だ一桁のアイザックとカンストのシロエなのだからステータスで言えば足元に及ばないのは当たり前なのだ。だが、本能で戦い方を熟知している武器が、それも幻想級のアイザックが魔法杖に一太刀も浴びせられないとは。なんという攻撃特化の名折れだろうか。
「ですが僕たちの主は、それだけではいけないのです」
 シロエは付与術を得意とする杖である。味方には祝福を、敵には呪怨を与えるのが仕事だ。同等のレベルであればステータス差でこうも簡単にアイザックを手玉に取れなかっただろう。
 血の道を進むことを定められた審神者。多くの屍の上に立つ者。彼らは傷付くだろう、多くの出会いと別れでもって。彼らは悲しむだろう、折れた刃の数だけ。
 人間の生は刀精たちに比べてなんと短く儚いものだろうか。その上、リセットのできないただ一度のものだ。後悔などさせられない。悲しんで欲しくない。
 人間ではないが人間の形を持つ殺戮兵器は、しかし、感情というものを知り、愛情というものを持つ。彼らもまたそれぞれが一度きりの命なのだ──どんなに愛しても、審神者が死ねば全てをリセットされてしまうのだから。なればこそ長く、少しでも長く。共に生きられるよう。少しでも笑顔が見られるよう。
 大切な主。審神者を守って折れるのならば本望だ。しかし、それで悲しむ顔を知っている。かの優しい人を煩わせることは嬉しいよりも遥かに悔しい。
 大事な主。審神者が殺されることあれば己の存在に意味などないのだ。
「貴方が出来ることはなんですか」
 幼い審神者。未だ弱い己。シロエの言葉はアイザックの胸を切り刻む。
 守ろうと決めたから名を告げたのではないのか。
 ならばなぜ努力をしないのか。
 今はまだ前代老候がいる。当代の姫もいる。しかし、ふたりが何時まで保つかなど誰も知らぬのだ。
 在りし日の老候の喪失と同じく。
 もしも明日、庇護の手がなくなってしまったら。今のままのアイザックで主たるイセルスを守り抜けるのか。
「自覚してください、貴方はこのままでは主を殺す」
 能動的にではないが、結果的に。告げられ、アイザックの動きに隙が生まれた。
 シロエは軽く床を蹴る。それだけで簡単に距離が詰まり、アイザックが防御の構えを取る前に杖を大きく振り上げた。
 古木の杖とは言え、綺麗な程に真っ直ぐに胸を打たれてぐっとアイザックは息を詰めた。足払いを掛けられて尻もちをつくと喉元に杖の先が突き付けられる。
「…それとも今ここで貴方を壊して、もっと有能でもっと勤勉な方を喚び出した方がイセルス様にとっては良いことかも知れませんね」
 眼鏡を押し上げ青年は溜め息を吐く。
 バカ言うな。そう答えることは出来た。けれど言葉は口から溢れることはなく、「明日、いつもの時間で」と言い残して背を向けるシロエをただ見送った。
 どれだけそうしていただろう、遠くから軽い足音が聞こえる。振り向けば、未だ幼い丸い頬を赤く染めながら大切で大切な主がアイザックを呼びながら駆け寄ってくる。
「アイザックくん!」
 何度やめろといってもやめないふざけた呼び名も、今はただ、愛しい。座ったままのアイザックに不思議そうに首を傾げながら、次いで「美味しいお菓子を貰ったんです。一緒に食べましょう!」と笑う主に胸が締め付けられる。
「………バカは俺か」
「アイザックくん?どうしました?」
 この笑顔を守ると決めた。それなのに。
 なんでもねぇよ、と自嘲を返してアイザックは起き上がるとひょいとイセルスを肩に抱き上げた。わしっと頭を掴んでバランスを取る小さな主に、その暖かさに、改めてシロエの言葉を飲み下す。
 嗚呼、絶対に守り抜く。決して殺させるものか。

 さて後日、シロエの授業での居眠りをしなくなったかと言えば、三日に一度になったのだと追記しておこう。



(どんなにレア大剣でもカンスト魔法杖には勝てないレベル1ザックさん)
(睡魔にも勝てなかった)





■前代審神者とその近衛の話

「儂ももう歳だな」
 笑った老人の顔には皺が深く、輝かんばかりだった銀髪は色褪せた白髪となった。老人の名をセルジアット・コーウェンといい、今は隠居しているものの昔日は名を馳せた審神者であった。
「何を仰る。まだまだお若くいらっしゃるのに」
「それを君に言われてもな、シロエよ」
 己が八つの時に喚び出した時と変わらぬ姿の幻想級魔法杖〈滅びたる翼の白杖〉の化身、シロエの言葉に老人は笑みを苦いものに変えた。遥か昔は兄のような存在だった青年も今や実の子よりも若い姿だ。
 実子には審神者の才がなかったもののその娘息子、セルジアットにとっては孫に当たる内のふたりが──それも、まさかの幻想級を喚び出せる程の──才能を持っていたとは驚かざるを得ない。姉のレイネシアはもう十八となりその能力は安定している。既に代替わりを経たが、しかし少々の怠け癖があるのが珠に傷だ。その分は彼女の近衛である大斧クラスティと大鎌高山がどうにかしてくれることだろう。そして弟のイセルスは先日鍛刀を果たしたばかりで未だに不安が多いが、シロエに喝を入れられたらしく苦手なデスクワークにもやる気が見られるようになった。
 隠居とは言えまだまだひよっこの新米たちよりも老候の出来ることは多いのだが。
「…君が、」
 セルジアットが生涯をかけて鍛刀した刀の中には武器ですらないものがある。名をロデリックといい、天秤の形をしている。優美な姿の割りに人型は中年で痩せ細った男を取っており日夜部屋を爆発させている。彼は刀精ではあったが戦い向きではなく、むしろ技術革新に一役買った。シロエとロデリックが続け様に鍛刀された際、セルジアットは武器を出せないのではないかと悩みもしたが、幻想級大盾〈獅子王の剛盾〉の直継、レイピアのにゃん太という面子が生まれた時は酷く安堵したものだ。神楽に使う鈴飾りの少女はミノリ。短刀のトウヤと仲が良く、彼女は護りの障壁を扱うのが上手だった。
 数多くの素晴らしい仲間たちだが、その中でもセルジアットが一番に信を置くのが目の前の青年、シロエであった。
「せめて君が、儂が死んでも残ってあの子たちを支えてくれたのならば」
 祝福の加護を、慧眼の一矢を。
 セルジアットの名声の裏にはいつだってシロエがいた。彼がいたからセルジアットは生きて、孫の顔まで見る幸せを得た。
 幻想級魔法杖〈滅びたる翼の白杖〉から投影される翼のように清廉潔白で、しかしその実は少しだけ引っ込み思案で落ち込みやすいのが珠に傷だ──やはり、セルジアットの前代の末路が心に陰を落とすのだろうか。
「バカを言わないでください」
 セルジアットが思考に埋もれていると、シロエはきゅっと眉間に皺を寄せて言う。鍛刀された刀精たちは審神者が死ぬと同時に人の形を失い、物言わぬ本来の形に戻る。そういう摂理なのだ。
 しかし、ある儀式を経れば武器を継承することが出来る。この智謀に長け歴代にも誇る性能を持つ青年がセルジアットの死後も次代を見守ってくれるのならば──そう願ってしまうのは、それだけ老候が懐刀に信を置いているからだ。
 確かにシロエの心には前代の末路がいつまでも消えない。彼を指導してくれた兄のような杖、刀。彼らは戦場で主を失い、戦場で踏み散らされる主の屍を守ることさえ出来ず、皆、踏み砕かれ小さな欠片となって消えた。一面の銀の破片はまるで言葉ない悲鳴のようで、シロエに深く突き刺さった。
 子を得て、孫を得て、幸せそうなセルジアットを見る度にシロエはあの日を後悔する。もう少し早く、もう少しだけ、早く、気付き、駆けつけられていれば。
 ──でも、そんなことよりも。
「僕らと審神者は共に生き、共に逝くもの。それが摂理で──僕たちのなによりもの願いです」
 歳を経てしわくちゃになった手を掴み、化身は言う。どうかその願いを否定してくださいますな。床の上で眠る貴方の側にいつまでもいつまでも、一緒にいさせてください。
「それに、貴方のお孫様には僕は必要ありません」
 レイネシアもイセルスも、己の友であり武器である刀精たちと互いに愛し愛され、いい関係を築いている。今はまだ弱くとも、いつかはシロエとセルジアットのように強く成長することだろう。
 優しい彼らは刀精が傷付くことを嫌い、そして優しい主の為に刀精たちは努力を怠ることはない。
「クラスティさんもアイザックさんも幻想級──至宝と呼ばれる一振りがひとつ。次の世代は彼らに任せましょう。だから、大丈夫です」
 諭されてセルジアットは頷く。
「……そうだな、きっと我らのように無二の友として」
「ええ、命を共にする相棒として」
 全く、歳を経て心配性になったねセルジアット。初めて会った時から兄と慕った青年の笑みに「まだ若いと君が言ったのではなかったのかね」とセルジアットは眉を下げた。




■老候死後、シロエを鍛刀した話



偉大なる祖父の死後、レイネシアやイセルスが兄や姉やと慕った刀精たちもまた静かに眠りについた。物言わぬ刃として。
当代審神者たちも、またその刀精たちも祖父の死を悼み、彼が鍛え上げた刀精たちの素晴らしさに──主を守り抜き、大事な人に看取られて床で死出の旅路に送ったのだから刀精のなによりもの誉れである。斯くあるべしという目標であり願いとしてそれぞれの胸に刻まれた。
そんなある日のことだ。レイネシアの鍛刀にそれは起こった。
群青の髪、丸眼鏡。痩身でその身を白のローブで包んだ若い男。手に持つその長杖はレイネシアもイセルスも名前を聞かずとも知っていた。
幻想級魔法杖〈滅びたる翼の白杖〉
──祖父が最も愛した、

「シロエ、お兄様…」

震えるレイネシアの声に応えるように群青のまつげが持ち上がる。魔力を秘めた青い目はきらきらと光を反射した。思わず口をついたのは昔慣れしんだ甘いもの。
ぱちり、瞬き。薄い唇が小さく歪む。

「僕をご存じで?」

さらりと音を立てて髪が傾げられた首に沿って揺れる。その時の衝撃といったら、筆舌に尽くしがたいものであった。
──そうだ、そうだわ。刀精は、何度鍛刀される度に姿形は変わらずともその記憶は、その力は、全て、全て、唯一の主と共に逝くのだった。
つまり、レイネシアの怠惰な甘えに仕方がないなぁと苦笑して頭を撫でてくれたことを彼は覚えていないのだ。イセルスが泣き止まない日、優しく歌ってくれた子守唄を、彼は、もう。

(嗚呼、あの優しい彼がついていてくれるのだから、お祖父様はきっと、少しも寂しくなんてないのね)

全てを主に捧げる彼らに、その残酷であり優しい──死なない彼らはいつまでも繰り返す出会いと別れを記憶し続けていたらきっと心を壊してしまうだろう。ならば、なにもかもをなかったことにしてしまうことはいっそ優しさだとレイネシアは思った。
昔日の暖かさはレイネシアが知っている。イセルスや、彼女と彼の大切な刀精たちは、皆知っている。
もう共有できない思い出に切なさを覚えても、彼らの幸せを思えば。

「…私は当代審神者。名を、レイネシア・コーウェン」

背筋を伸ばして、レイネシアはシロエを真っ直ぐに見遣った。それを受けてシロエは片膝をつくと胸に手を当てて頭を垂れた。

「僕は幻想級魔法杖〈滅びたる翼の白杖〉──名を、シロエ」

涼やかな声は変わらず穏やかにレイネシアの耳を打つ。ええ、知っているわ。大好きなお兄様。出会いの始まり。繰り返される初めましての言葉。

「僕の主。貴方に歩む道に祝福を」

付与術を得意とするシロエのそれは正しく祝福。
祖父ではなく己を主と仰ぐその痛みに蓋をして、レイネシアは笑って見せた。



(ミロード出す為にレイネシア選んだのに出ずに終わってしまった悲しみ)





■幻想級魔法杖〈滅びたる翼の白杖〉



前代シロエと当代シロエを混同する者が多数いる中、勿論周りの困惑もあったようだがシロエもまた困惑した。あからさまに「ああ、お前は違うんだったな紛らわしい」というアイザックに「君がいったのだよ──前の君、だけれど」などと煽るクラスティにと、語られる以前の「有能な僕」とは一体どんな人物だったのだろう。
ある日聞いたのは、小さな歌だった。中庭のテラスに座るレイネシアとイセルスが寛ぎながら歌っている。シロエは誘われるように足を進めていた。

「主様、イセルス様」

唐突に声を掛けたシロエに姉弟は驚いたようであったが、すぐにどうしたのかと尋ねてくる。しかしシロエは己の言葉を探しあぐねていた。

「歌、が」

歌が聞こえたんです。歌。知らない筈なのに、どこか、懐かしい。

「もう、一度。もう一度、歌ってください」

失礼だと知りながらシロエはせがんでいた。胸を締め付けるようなこの想いは。
顔を見合わせた姉弟は、けれど先よりもはっきりと声を出して歌い始めてくれた。
それは小さな子守唄。昔日に〈シロエ〉が歌ってくれた思い出の。

「どうしてでしょうか」

シロエは首を傾げた。さらりと群青の髪が頬を撫でる。そして一筋の。

「どうして、こんなにも、愛しい」

呆然と零れ落ちた滴。
なにも覚えていない筈なのに、それでも残るものはあるのだろうか。





■北の姫と銀の剣の話



ウパシはエッゾの地方貴族の一人だった。特に裕福でもないが貧しくもなく、ただの町娘と変わらない。
そんな彼女を変えたのはある日、武器庫で触れた籠手。審神者が資材と祈祷でもって1から呼び出すことが多いが、武器に宿る魂に触れさえすれば既存のものから生まれさえもする。ウパシが呼び出したのもそれで、製作級〈強欲の籠手〉デミクァスに一時実家は騒然となった。
その頃のコーウェン家はレイネシアが〈鮮血の魔人斧〉クラスティを鍛刀をして修行に入っていたところだったがウパシの報を聞くと快く受け入れてくれた。
当初、その野蛮な由来からか気性が荒く主たるウパシにも逆らうばかりだったデミクァスもウパシが知識を得て力を強く研ぎ澄ましていくようになってから大人しくなった──端からは尻に敷かれていると言われていたのだが。後に鍛刀された幻想級長弓〈月を穿つもの〉(シュート・ザ・ムーン)のウィリアムや幻想級長剣〈ユウェールブルーム〉ディンクロン、幻想級魔法杖〈輪詩の杖〉プロメシュースといったレアリティの高い面子に自身の製作級という階級を卑屈に思い拗ねていた反抗期野郎とも言われている。

「セルジアット候が崩御されました」

静かなディンクロンの言葉にウパシはそう、と頷いた。彼の老候にはとても世話になった。下級貴族であるウパシに孫娘と同じように優しく接してくれた。その近衛たるシロエも、厳しく教育をされたがその裏はウパシたちを想ってのことだとよく知っていた。

「みんな」

振り向いたウパシを大切な仲間たちがじっと見る。両手両足の指の数より少し多い程度の人数だが、ウパシにはこれが限界であった。しかし、彼らがいてくれるだけでこれ以上にない幸福なのだ。もっとなんて望みはいらない。
皆が揃っているのを見て、ウパシは天を仰いだ。

「セルジアット候の冥福を祈り、」

ウパシは声を上げた。腹の底から声を出す。

「老候の弟子として恥じない生を送ることを誓います」

それは宣誓だ。ウパシの言葉は天高く響く。届くだろうか、永き眠りについた彼の老候に。
それを受けてウィリアムが己の本体たる幻想級長弓〈月を穿つもの〉を突き上げた。

「守るぞ、俺たちの主を。あのシロエ達のように穏やかに眠らせるのが刀精の誉れ」

応、と刀精たちがそれぞれの武器を天に突く。

「守れ。その身が壊れても」

強く応える刀精たちに、しかしウパシは苦笑した。

「あんたたちったら。私はまだまだ死なないわよ」
「でも、人間は弱い」

すかさずプロメシュースは言う。それでもウパシは笑って答えた。

「あんたたちがいるから弱くもないし、怖くもないわ」

ウィリアム、ディンクロン、プロメシュース──そしてデミクァス。大切な近衛の名をそれぞれ呼んで、ウパシは瞼を閉ざした。
だから壊れてもなんて言わないで。とても寂しい。

「共に生きましょう」

ただひとり残るなんてしたくない。




終わり。



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