髭むしられリコとツンデレッカ






「おーう、おはよう親方」
「ああおはよう、フェデリ………!?」

いつも通りの朝。ギルメンの朝食の支度の為にボロネーゼ親方とフェデリコは空も白み始める前には厨房に入る。羅喉丸などは起きるのは遅いが、女性陣やウィリアムの朝が早い為こんな時間だ。
挨拶を返す為に振り返った親方は、まだまだ半人前の料理人弟子を見て目を丸くした。フェデリコは狐尾族のもふもふの耳尻尾と口許の見えない立派な髭がその特徴なのだけれど。
──髭がない。
もさもさの髪とたれ目、見慣れた茶色い服。しかしあるはずの髭のない顎はつるりと若々しい肌を晒している。

「どうしたフェデリコ、イメチェンか」
「ああ、髭か?」

髭のないフェデリコはなかなか精悍な顔立ちで男前だった。こうしてみるとまだ若いと言うのも納得だ。
髭のないフェデリコは優美なエルフの多いシルバーソードの中では方向性の違うイケメンだった。つるりと顎を撫でたフェデリコは苦笑う。髭はリアルでは元々ないのだがこの世界ではないと逆に落ち着かない。どうせ24時になれば髭はいつも通り生え揃うのだが。

「ポロロッカが髭がちくちくしてうざいとか言うから」
「待て。なにも言うな。俺はそんなノロケ聞きたくない」
「すまん」

しかし調理中に胸焼けを起こすレベルでノロケられるのはいつものことだ。いつか親方の手元が狂って唐辛子たっぷりのスープが出来ないことを願うばかりだ。
はてさて、髭のないフェデリコは概ね好評だった。ピアニシッシモや浮世、エルテンディスカ、そしてウィリアムとディンクロンを始めとした早起きエルフはその顔を見てイケメンだとかスッキリしていいと褒め称えたし、ギルドホームで働く大地人の女性もフェデリコを見て頬を染めた。なんとも新しい反応だ。

「ぬっふー。フェデリコもってもてじゃーん。ポロロッカ妬いちゃうんじゃない?」

レイドでなければ昼夜逆転が常のプロメシュースが寝る前にごはん、と降りてフェデリコを見るなり腹を抱えた。ヒィヒィと苦し気に笑ったかと思えばするりとフェデリコの肩を抱いたプロメシュースはこそりと囁く。
フェデリコは自身の恋人でありツンツンギスギスと口が悪く素直じゃない青年を思い浮かべた。
そもそも髭を剃ったのも彼が嫌がったからだが、しかし彼が自分が周りにちやほやされているからといって嫉妬する姿が思い浮かばない。そういう関係であるが、しかし自分がごり押して押し倒して拝み倒して踏み倒したようなものなのだ。すぐにキライキライ言うあの青年はフェデリコがどれだけそれに傷付いているか知りもしないだろう。

「うざい離れろ。つか、ポロロッカがそんな反応するわけないだろ」
「あーらら。そんなこと言ってるとポロロ泣くよ?」

意外と自己評価低いんだ、とプロメシュースは囁く。いちいち近いんだが。片腕を抱き込まれた為に残った腕で顔面を押すがなかなかしぶとく絡み付いてくる。向こうも意地になっているのか脚を踏ん張っている。

「なにやってるの…?」

その時、底冷えする声が響いた。
振り返ればいつもの小バカにするような薄笑いすらもなく、ただ冷めた表情でフェデリコを見ていた。フェデリコもまた言いたい、このキテレツな参謀は一体何がしたいのか。と、同時に腕に絡み付いていた男は数歩下がってにやにやとフェデリコを見ていた。お前、仕組んだのか。本当に何がしたいんだ──いや、今はプロメシュースよりもポロロッカだ。なにやら酷く苛ついているようだ。
かつかつかつ、踵を鳴らした青年が近付いてくるとフェデリコの尻尾が無意識に揺れる。どうであれ、ポロロッカから構ってくれることは珍しいのだ。

「…プロメシュースが言ってたことは本当みたいだね」

冷え冷えとした言葉。ポロロッカのそれに首を傾げる。このトラブルメーカーはなにを吹き込んだのだろう。

「髭を剃ってみんなにちやほやされて、そんなに嬉しい?尻尾振っちゃってさ」
「いやこれは」
「言い訳とかいいし」

ズパッと切られて閉口する。言い訳ではなく訂正なのだが。しかし言っても聞きそうにないポロロッカにフェデリコはシュンと耳を垂らす。

「髭なくてもかっこよくもないし。それどころかなんか変だし。それなのにへらへらしてほんとカッコ悪い。みんな同情して良く言ってくれてるだけなの分かんないの?ほーんとカッコ悪い!髭あった方がマシだったかもね!」

言っている間にヒートアップしたのか、ポロロッカは最後には大声になっていた。紅潮した頬に上下する肩。
プロメシュースは耐えきれず床に倒れた。どこもかしこもぷるぷると震え、声を出すことも出来ない。
おかしい。おかしすぎる。
つまりポロロッカは、プロメシュースの想像通りに嫉妬をした。その挙げ句、ツンデレの型に嵌まった言葉の数々。全て言葉は裏返し。髭がなくて格好いい、惚れ直した、貴方のいいところは僕だけが知っていたいのに──つまりポロロッカが言いたいことはそういうことだ。
勿論それと理解しているのはプロメシュースだけではない。朝っぱらから男同士の修羅場を目撃させられた者たちも同じ気持ちだろう。ディンクロンは微笑ましそうに二人を見遣り、ウィリアムはうんざりとした面持ちで食事を掻き込んだ。そして厨房から聞こえる親方の鼻歌がそれを通り越して熱唱になっている。
ただ一人、ポロロッカの言葉にだけは頭が回らない恋に狂った男がしょぼんと耳も尻尾も垂らしている。髭のない為いつも以上に感情の読み取りやすくなっている男は口角を下げ眉尻を下げ、傷付いていると頬にでかでか張り付けて青年を見た。

「そうか、ポロロッカは髭がない方が嫌なんだな…」

寂しそうな声音にポロロッカの肩が跳ね上がる。
違う、そうじゃない。いや違わないけど、なんて矛盾が心を騒がせる。髭が合ってもなくてもポロロッカはフェデリコが好きだ。嫌いじゃない。
衝動的に放った言葉の数々は本当に天の邪鬼でしかないのだ。しかし今更それを取り消すことなど出来ずにはくはくと唇を震わせるも言葉は出ない。
フェデリコとどれだけ目が合っていたのだろうか。実際は数秒もないだろうが1分や2分も合っていたように思う。フイッとフェデリコから視線を逸らされて、ポロロッカは殴られたような衝撃に身を震わせた。
違う。違う。嫌じゃない。嫌いじゃない。カッコ悪くない。本当は。本当はかっこいいんだ、みんなにちやほやされてへらへらしてるのが嫌なだけなんだ。僕だけを見て欲しいんだ。僕だけがフェデリコのことを知っていればいいんだ。頭の中に回る言葉はついぞ唇から零れ落ちることはなく。

「ふぇっ……」

呼吸の仕方も分からない。赤茶の髪の隙間から金目が覗く。ポロロッカは大きく息を吸い込んだ。

「フェデリコのバカッ!」

フヒィと床でプロメシュースが変な声を上げた。あかん、理不尽すぎる。別の意味でプロメシュースも呼吸が出来なかった。

「嫌い!キライ!フェデリコのあんぽんたん!おたんこなす!」

なんで分かってくれないんだよ、こんなにも好きなのに。言っていることと言いたいことは全く逆だ。というか小学生でも言わない幼稚な言葉を叫びながらポロロッカは手を振り上げていた。いつものように髭を掴んで毟ってやろうかと考えたけれど、肝心の髭がなくて苛立ちが増す。

「………ッ!」

振り上げた手は、振り抜いた。髭のない頬に向けて。パァン、いい音。隠すもののない頬には大きな紅葉。
フェデリコは呆然とポロロッカを見た。魔法職と攻撃職の基礎能力の差でダメージは少ないが心の中はもうダメだった。バッキバキだ。同じくポロロッカも自身の素直になれなさに絶望していた。なんで今殴ったの自分。

「フェ、フェデリコが悪いんだからな!僕もう知らない!」

叫ぶだけ叫んだポロロッカはくるりと踵を返すと食堂から飛び出していく。すごい勢いだ。

「ねぇ、追いかけなくていいの?」

叩かれた頬を手で押さえながらフリーズし続けるフェデリコにプロメシュースは声をかけた。一連の出来事に一頻り笑い飛ばし床を転げ回った結果、彼の輝く稲穂のような髪は薄汚れている。
ゆるりとフェデリコは顔を横に振った。

「この顔で行っても…もっと嫌われるだけだ………」

そんなことあるはずもないだろう、と思いながらプロメシュースはふぅん、と頷いた。つまり24時を過ぎて髭が元に戻ってから顔を出しに行くのだろう。まだ午前6時なのであと18時間もある。
ポロロ、絶対泣くだろうなぁ。
想像して、プロメシュースは口をつぐむ。
彼は面白いことが大好きなのだ。その為にはゲスの選択も厭わない。

いつの間にか食堂にはフェデリコとプロメシュースの二人だけになっていた。








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