ログホラ製菓部くろさわ部長に捧ぐ(笑)





■ミロードのおやつ「スコーン」

お茶にしましょう、と高山女史が声をかける。ああもうそんな時間かとクラスティは目を瞬いた。冒険者と言えど眼精疲労には勝てないらしく眼の奥が重い。休憩用のテーブルに着けばまだ湯気の立つスコーンが籠に入って鎮座していた。

「今日はスコーンですか」
「ええ、にゃん太様から頂いたレシピだそうです」

それはなんとまぁ、目を見張る。
絶対に美味しいだろうそれと黒薔薇茶をサーブして席についた女史と揃って手を合わせる。

「頂きます」

この世界に来て比喩でなく死ぬ程食べたくなかった食事しかない生活から、皆が一様に食事への感謝をするようになった。おいしいごはんがあるということは素晴らしい。
ぽちゃぽちゃと角砂糖をお茶に溶かし続ける女史から目を離して早速クラスティはスコーンを手に取った。表面は綺麗な狐色で艶がある。そして見事にさっくりと腹が割れていてひょこりと覗くはチョコチップ。よく見ればそれとプレーンと紅茶の3種類あるらしい。
食べれば想像以上にしっとりとしていた。バターの風味があり甘過ぎないチョコチップとその食感。流石だと素直に絶賛する。甘いものが苦手なクラスティであるがこれならもっと食べられそうだと今度は紅茶のそれに手を伸ばした。

「…少し甘味が足りませんね」

しかし女史には少し物足りないようで麗しいが冷たさを感じる眦を眇た。今度はもう少し甘めに作って貰おうかしらと呟く彼女に慌ててクラスティは籠の横に添えられた物を寄せる。

「ここにジャムがありますよ。チーズクリームや蜂蜜まで。君はこれも一緒に楽しめばいい。両方甘かったら味が戦って風味が損なわれてしまう。だからきっとこれくらいで丁度いいと思うよ」
「そうですか…ええ、そうですね」

言われて漸くそれに気付いたらしい女史は目を爛々と輝かせてそれに手を伸ばした。透き通る黄金はりんごのジャムか。鮮やかな赤はいちごのジャムか。白くすべらかなチーズクリームはレモンが添えられ爽やかな香りを漂わせ、ととろとろの蜂蜜との相性は抜群だろう。半分に割ったスコーンにクリームとジャムをこれでもかとたっぷり付けた女史は溢すことなくそれにかぶりつく。
いつもは冷静な女史もこと甘いものに関しては頬が緩む。美味しかったのならば良かったが、クラスティには見ているだけで胃もたれしそうな物体に成り果てており、想像するだけで甘くつらい口の中をお茶を飲んでやりすごす。人の好みはそれぞれだが、しかし視界の暴力と言う言葉があることをクラスティは噛み締めた。これから平穏無事なスコーンと休憩時間を守るために高山女史が好みそうなジャムを仕入れておこう、と心に決めたある晴れた午後の話。





■主君のおやつ「バターサブレ」


「シロエち、少し休憩するといいですにゃあ」

班長の声にシロエは顔を上げた。次いで光を目を刺す。あれ、今は…と窓を見やれば既に日が高く、どうやらとうに昼を過ぎていたらしい。
朝食を食べたきりの自分を心配してくれているにゃん太は食事と休息に一度仕事を中断するべきだとやんわり言ってくれるのだけれど、お腹もすいていないし今いいところなのだ。もう少しだけ、と渋れば班長は目を細めて顎を掻く。

「…仕方がないですにゃあ。じゃあせめてお茶だけでも飲むのですにゃ」

苦笑するにゃん太がぽんぽんと肩を叩く。譲歩にありがとうと言えば直ぐ様お茶が運ばれた。愛用の湯飲みだが中身はいつもの黒薔薇茶だ。そして添えられるのは小皿に乗ったバターサブレ。

「お腹が空いたらいつでも出てくるにゃ、シロエち」
「うん。ありがとう、班長」

あまり気のないそれだが頷けば、やけにあっさりと引いた班長に首を傾げながらも丁度よく冷まされた紅茶に手を伸ばす。砂糖もなにも入っていない紅茶は渋みもなく柔らかな味で強張った肩から力が抜ける。流石班長と絶賛しながら付け合わせのバターサブレに手を伸ばした。

「!」

小さなそれはさくりと割れて、舌の上でほろりと崩れる。豊かなバターの香りに控えめの甘さ。紅茶との相性は抜群だ。思わず仕事そっちのけで2枚3枚と手を伸ばす。一心不乱に食べたそれはあっという間になくなってしまった。

「………」

ほうと溜め息を吐く。美味しかった。そして漸く食欲が戻ってきたお腹がぐうぐうと鳴ってはおかわりを所望する。うう、あと1枚だけ。いや、1枚よりもっと食べたい。
シロエは苦悩する。先程申し出を断ったのに舌の根も乾かぬ内にお腹がすいたと催促するのは如何なものか。かなりかっこわるいが、それでもあのバターサブレのさっくり感には勝てない。シロエは最早する気の起きない仕事を放り出して立ち上がる。

「…班長。サブレ、おかわりくれる?」

そろそろと顔を出したシロエににゃん太は「まずはごはんですにゃ。もうできるから待ってるにゃあ」とにっこり笑った。早い。用意が良すぎる。どうにも行動を読まれていたことに気付いてシロエは頬を染めた。
にゃん太が手ずから椅子を引いてくれたので慌てて座る。一人用に用意されたランチマットに添えられた銀のカトラリーはぴかぴかと手入れが行き届いており、少しも待たずに湯気の立つ皿が運ばれた。温かなスープにハムとチーズのガレットと温野菜のサラダ。予想より軽いそれに「夕飯が食べられなくなってしまいますからにゃあ」とにゃん太は笑う。

「なにそれ。僕をこども扱いなんてするの、班長くらいだよ」
「我輩にとっては皆まだまだひよっ子ですにゃ。特に、おやつに釣られて出てくる誰かさんなんて」
「ああもう…。班長には敵わないよ」

心配を掛けてしまっていることに申し訳なさを感じつつも、しかしそれを心地好く感じているのだからやはり自分もまだまだだ。いや、班長のごはんがおいし過ぎるからいけないのだ。
観念して食事に手をつける。優しいそれは心と胃をじんわり満たす。
幸せだなぁ。
食後、にゃん太と並んで食べたバターサブレはまた格別に美味しかった。




お菓子の中でフィナンシェが一等好きなのにバターサブレが美味しすぎてダメだった。ハニーフィナンシェも最高だった。美味しすぎて死んだ。



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