ある午後の一幕。








「DXさま、そろそろ…」
「ああ、もうそんな時間か」

レポート用紙を前に半分寝たように頬杖をついていたDXは六甲に声を掛けられてぱちりと瞳を瞬かせた。
それに同じく課題を片付ける為に近くにいた面々が口を出す前に「よろしく」とDXは護衛の青年に言い置くと、開きっぱなしの本に栞を、ペンは筆箱に、と教材を片付け始める。
完全にやる気のない状態だ。

「DX、どうしたんだ?」

DXのレポートが一番進みが遅いことを知っている同室のリドが尋ねる。締め切りが近いので泣きつかれる──ことはないが、心配になってつい手を出してしまうのだ。
弟のようだ、といえば長男である彼にそうと言って知らぬ内にアイデンティティーを揺らがせたこともあるが、けれど大人ばかりのエカリープ開拓団の中で初めてのこどもとして可愛がられてきたDXは、自覚はないだろうがどこか構いたくなる雰囲気がある。
DXはリドの質問ににこりと笑みを作った。締まりのない笑顔。答える前に丁度壁の時計がボーンボーンと鐘を鳴らした。
そのゆるゆるの笑顔でDXは言った。

「3時だから、おやつ」

ずるり、聞き耳を立てていた者の肩がずり落ちる。なんだそれは、と実際に言ったのはライナスだ。勿論顔はその言葉同様に呆れたと言って憚らない。
その時、注文口に消えた六甲が帰ってきた。がらがらがら、と控えめな音を立てながらカートを押してくる。ついでとばかりにリドの教材もペンを挟んで閉じたと同時に、たたた、と軽い音がした。

「DXさま、」
「ふわー!お腹ぺっこぺこー!」

口許に小さく笑みを刻んだ六甲を遮るようにテラス脇の花壇の影から元気一杯にイオンが跳ねてくる。勿論実際に跳ねている訳ではないが、もしも彼女に羽根が生えていたらきっと空を飛んでいることと思える、軽い足取りだ。
イオンは兄を見つけると紅潮した頬に笑みを浮かべて駆けてくる。

「お兄!」
「おかえり、イオン」

へらと笑って隣の椅子を引くとイオンは迷わずそこに収まる。
同じ丸テーブルについたDX、イオン、リドとDXに促され着席する五十四さん。
顕現している六甲がその前にそれぞれカップを置いた。空席の前にもひとつ。全部で5つ。それで用意されたカップは終わり。
よろしく、の一言でエカリープ組だけではなく同席するウルファネア主従の分も、と主人の意を汲む六甲は護衛だけでなく執事としても申し分ないのではないか。
…未だ配慮の及ばぬところもあるけれど。

カップに注がれた紅茶の香り。
取り分けられたプチ・フルール──木苺のタルト、オレンジのガレット、タルト・タタンに小さなフィナンシェといった焼き菓子が数種、それにラズベリーのレアチーズケーキにフランボワーズとチョコレートのムース、生クリームのかかったキャラメルシフォンケーキの生菓子各種。
小鳥のような女生徒でも気軽に食べられるように、と学内食堂と言えど丁寧な作りになっているそれらは宝石のようにキラキラしている。食欲は人並み以上のイオンが楽しげに伸ばす手から皿を避けて、DXは隣国の主従に笑い掛ける。

「リド、なに食べる?五十四さんも遠慮せずに」

戸惑う彼らの好みから奨めて、小皿に木苺のタルト、フランボワーズとチョコレートのムースを取り分け、それぞれをリドと五十四の前にサーブする。
そのDXの前には六甲の手で移されたラズベリーのレアチーズケーキとオレンジ・ガレットの皿が置かれ、彼の妹の前には色鮮やかなフルーツの盛られたパフェがある。彼女は嬉しそうにスプーンを突き刺した。

「美味しい!」

唐突に始まった茶会に戸惑いはあるものの、きらきらと輝く笑顔のイオンに釣られるようにリド達もケーキに手を伸ばした。ぱくり、ひとくち。
タルト生地のさっくり感と甘過ぎないカスタード、それに木苺の酸味がよく利いていて、そういえば課題を始めてからもう2時間は経つのか。リドはふと思った。思っていたより頭は糖分を欲していたらしい。
DXは小皿のチーズケーキをつつく。ラズベリーの鮮やかなピンクに染まったケーキ。濃厚なチーズはラズベリーの甘酸っぱさで口当たりが軽くなっている。
美味しいな、とDXは素直に笑った。

「みんな、頑張りすぎだよね」
「お前が頑張ってねぇだけだろ」

DXの隣でタルト・タタンをつつく六甲の後ろから呆れたようにフィルが顔を出した。その右手は六甲の短い黒髪をぐりぐりと撫でている。

「フィル」
「ほら、クッキーやるよ」

今日はたまたま実家に帰ったから、といつもの定期便ではないが、クッキーのお裾分けに来てくれたらしい。
目の前に下げられた包みに思わず手を伸ばすと、ぽすり、中々の重みがある。DXはそれを覗いてまた相好を崩し、ありがとう、と言った。

「今日のクッキー、なぁに?」
「ハニージンジャーは俺のな、イオン」
「うん。でもグラノラは分けっこよ」
「ああ」

にこにこ、紙袋を覗き込んで物色する兄妹が余りにも庶民的すぎて貴族だってことを忘れがちだが、そんな彼らに自分の母のクッキーがこれだけ好かれて悪い気はしない。フィルは照れてそそくさと踵を返そうとしたところ、先まで頭を撫でられていた六甲がフィルの手首を掴んだ。

「フィルも一緒に食べよう」

すかさずDXが立ち上がり隣のテーブルから椅子を拝借する。DXと六甲の隣。座らされるままに腰を落とし、その間に六甲が立ち上がるとティーポッドを取り上げて奥へと下がる。フィルの分のカップとお代わりのお茶を貰いに行ったのだろう。

「えーずるい!ボクもボクも!」
「じゃあ僕もお邪魔しようかな」

便乗してがこがこ椅子を引いて来ようとするルーディーとティティが、しかしもうぎゅうぎゅうだからと右往左往すると、やはり座ることは諦めたのか、ひょいと手が伸びていくつかのケーキがかっさらわれていく。
行儀悪くもぱくりと手掴みのままケーキを食べる学友に育ちの良いリドは目を白黒させた。

「あ、これ美味しい。っていうか、やっぱりお腹空いたなぁ」
「太るぞ、ルーディー」
「これぐらいじゃあ太らないよっ!」

ぺろり、ルーディーは指についたレモンカードを舐める。酸味と甘味の具合がタルト生地のバターとよく合っており、育ち盛りの腹がもっともっとと声高に叫ぶ。
隣の席に座ったまま呆れたようにライナスが苦言を呈するのにルーディーはがうがうと噛み付いた。

「…これでは課題どころではないな」
「あははは」

リドが頭痛を堪えるように呟くと、元凶はからからと笑った。手元のケーキをフォークで突き刺してぱくり、咀嚼する。
空になった小皿は置いて、六甲が新たな茶を用意するのと入れ換えにさらわれてカスしか残っていない大皿に手をかけると「新しいのとってくる」と身を翻した。
パーであれ流石に継承候補者にさせる訳にはいかず慌てる五十四を押し止め、DXは「たまにはこんな日も、楽しいよな」と微笑む。
周りの者も慣れたものでいつものことと苦笑いが溢れた。人目を引く彼らなのだからこそ、少しは落ち着けばいいものを。
しかし、和気藹々、明るい賑やかさは学園に溶け込み違和感はない。
1つだった皿は2つに増え、王位継承候補第4位の彼手ずからウェイターのように給仕するという珍事を目の当たりにしながら、彼らは今日も賑やかなおやつの時間を過ごしていった。












そんな午後3時の過ごし方











131208

「気狂い茶会」で「マッド・ティーパーティー」と読んで貰えると嬉しい。
こちらはもう一本同時更新の「たのしい悲劇」とは違い短いですが、どう足掻いても延ばせなくて。
でも単品でアップするには短くて。
全体的に見て、最近短編1本が長くなっててこんな短いのいいんかいなーとソワソワします。

まぁ読む方としては「なんでもいいからはよ!」な感じでしょうけど。


まぁそんなことは置いといて。

DXが唐突におやつの時間を始めたんじゃなくて、イオンの補習の終了時刻がいい塩梅だったので、終わり次第3時のおやつにしようねって約束してました。
言わなきゃ分からない裏事情。

怒られる(前提)は辛いけど、おやつの為に頑張れ。
怒られてへこんでいても慰めやすい。
あと、上手く出来た場合のご褒美。

今回は機嫌悪くないので普通にご褒美かな?
旧作にある叱られてテンション低いイオンとはまぁ反対の結果ってことですね。

おまけの方々もなかなか図太いです。
つか、ライナスいなry



和やかな彼らですが、レポート締め切りの3日前くらいです。裏事情その2。
DXギリギリ。DXは議題と結果は結び付くけどその間の説明が上手くできないのでレポートが苦手。
数学の、問題文から解はすっと出るのに途中式が分からないみたいなそんな感じ。
途中式なんかなくても、A=BはA=Bなんだよ。

ある意味天才型。
しかも大分トリッキーだし、周りも苦労しますね(笑)
でもついつい面倒を見てしまう彼らも可愛いですよね。


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