※考察を絞殺の続き
※↑の時点で考えていた話なので話の方向が原作とは違います
※八軒兄弟の未来の話
※兄貴の愛がクソ重い







兄、慎吾は勇吾が高校1年の終わりに近付いた頃に就職した。エゾノーに程近い食品加工工場で寮暮らしをしている。
その為かことあるごとに兄がエゾノー行事に参加してきて口喧嘩が勃発することもままあった。それでも入学当初より心の距離は多少は埋まったことだろう。
その頃には勇吾も兄のアドレスを知っていて絵文字まみれの浮わついたメールが送られ、それにぽつぽつと返信もするようになっていた。未だに面と向かってや電話での会話は苦手でメールならまだマシといったものだが、言い回しがきつくないか誤解されないかと勇吾の返信に悩みは尽きない。
ただ兄からのそれは何気ないものが多く、細々とした縁が未だ繋がっていると思うと嬉しくさえ思い、素直になれないツンデレ弟のそっけなくも律儀な返信に兄もまた嬉しそうに微笑むのだ。

勇吾は春から高校3年生になる。
思い返せば長いようで短い2年だった。目まぐるしい毎日は鬱々とした脳内会議に没頭できる暇もなく、また、楽しい学友や経済動物たちとの触れ合いは勇吾に新しい視野を与えた。
もっと知りたい、もっと勉強したい、と昔失くした知的好奇心が首をもたげる。
──勇吾は大学受験について悩んでいた。





エゾノーからバスで30分程揺られた先のとある喫茶店で八軒兄弟は向かい合っていた。
髭を剃り身嗜みを整えた兄は以前よりずっとしっかりとした大人に見えた。自分が小さい頃から憧れていた身近な年長。兄はいつだって一歩先行く大人だったが、同時に未成年の子供でもあったのだと昔は気付けなかった。あの頃の兄と同じ年齢になり逃げる為ではない選択を前にして、勇吾はやっとそう気付いた。
自分は子供だった。
兄もまた子供で、それでも弟を守ろうとしてくれていたと。

呼び出したのは自分だから。社会人だから。兄貴だから。
いつだって空きっ腹を抱えていた学生時代の思い出にひたりながら意地を張るなと遠慮する弟に笑う。好きなように食えと言い、けれどエビピラフとウーロン茶しか頼まなかった弟に自分も食べるからと唐揚げやポテト等も追加注文して、待ち時間の中ぽつりと話す。

「お前、進路もう決めてんの?」

今日、わざわざ弟を呼び出した理由はそれだった。
慎吾は問いに返された長い沈黙に、コーヒーの黒い水面から窓に視線を移す。顔は見られなかった。
あの頃と同じ顔をしていたらどうしよう、と不安が過る。
小さい頃のように笑うようになったのだ。あんな、抑圧されて死んだような目をする弟はもう見たくないし、縋られて自分がそれを支えられるか、自信がない。
それでも弟の心が父に打ち砕かれるくらいならそんな不安も乗り越えよう。そう、覚悟しての言葉だった。

気合いを入れ直して顔を前に座る勇吾に向けると、彼は意外と普通に、こちらを向いていた。
発育途中のまだ丸い頬によく見れば少し吊り気味の黒い瞳。眼鏡に軽く掛かる前髪。
あの頃と同じで、けれどずっと強い芯を持った表情。

「………進学、したいと思ってる」

俺、気付いたんだ。弟はそう続けた。

「兄貴、俺、やっぱり勉強が好きだ。あんなに苦しくて辛かったのに、今は楽しくて仕方がないんだ。
自分が何に向いているのか、なりたいのか。それもまだ分からないけど。
答えのない問題にぶち当たって、未だに答えに至らない問題もあるけど、俺、もっともっと、そういうのを知りたい。
…知りたいって思えるようになったんだ」

それを心底嬉しそうに語る弟が中学以前の彼と被る。兄に、父に誉められて勉強が好きだと語った小さなこども。
ああ、大きくなったものだ。
不安など感じる必要などなかったのだ。
小さな価値観で詰まったあの家から飛び出して辿り着いたエゾノーは、弟を大きく成長させた。
それどころか立ち止まったままの慎吾の背を押したのもそんな弟の姿なのだ。自分の身勝手な傲慢さに笑みさえ浮かぶ。

「…お前、強くなったな」

あんなに砕けて壊れていた小さな小さなこどもが、いつだって後ろを歩いていると思っていたこどもが、いつの間にか大人になっていた。
それに一抹の寂寥を感じつつも誇らしい気持ちで胸が一杯になる。
温くなったコーヒーを啜りながら慎吾は瞳を細めてそう言った。懐かしむような、眩しいものを見るような目だ。
思考に没頭していた勇吾はえっと兄を見上げ、そしてふてくされたように視線を下げた。揶揄と取ることに決めたようだが口許がへにゃと歪んでいて満更でもなかったようだ。本当に素直で、素直じゃない。

「ごめんな」

不意の謝罪に勇吾は目をさ迷わせた。
慎吾は笑みを象ったまま続ける。

「俺、今度こそ間違えないって思ってたのに。お前ってば、いつの間にか俺の手なんか必要なくなっちまったんだな」

どこか寂しさの混じる声音だったが、丁度注文の品が届くにあたり勇吾は問い返すことも出来ず勧められるままに箸を取った。



料理は美味く、気まずさを感じたのは一瞬で飯を食い食われつと意外に話は弾んだ。まぁ、香料の成分や製造過程についてが話題だったので近くにいた人には申し訳なく思う。
なんやかんやと食事を終えると、フライドポテトを箸で無駄に突き刺しながら兄は言った。

「…何か、俺に手伝えることがあるなら言ってほしい」

それが進学についての話の続きだと気付いて、勇吾は居住まいを正した。
慎吾はそれにへらと笑う。

「…バカな話だけど、大学入ったら直ぐ退学するって決めてたんだ。そんで働いて、金稼いで家借りて、勇吾呼んで二人で暮らそうって。
お前に話したことはないけどな」

困ったような物言いはつまり、今だから言える恥ずかしい話だから。
寝耳に水でぽかんと目も口も丸くする弟に、慎吾は視線を窓の外に投げ遣って頬を掻いた。

「学費や生活費もどうにかなるだろって思ってたし、何より、あんな実家にいるよりはマシだろって思ってた。お前はその頃もう笑わなくなって俺を嫌いになってしまっていたけど、クソ親父なんかより俺を選んでくれるってさ、信じてた。
ずっとずっと逃げ続けて投げ出して、見捨て続けていたけど、勇吾ならきっとついてきてくれるって信じていたんだ。バカだろ?」

子供の戯言だ、人生がそんな簡単に進む筈がない。
未成年、高卒の就職に関してだけで基本給の格差だってあるし、家を借りるのにも保証人が必要だ。
現実は厳しい。
何事にも先立つものは必須で、世間は子供が思うほど優しくない。
それでも。


「それが俺の逃げだった」


子供の絵空事。幸福と後悔にまみれた夢物語。全てから逃げるようにして、けれど手放し切れなかった現実の欠片。
それだけが慎吾の拠り所だった。

「小さい頃お前が凄いっていってくれたから俺は勉強頑張ったよ。親父がうざかったのもあるけどさ、お前に失望されるのが怖かった。
お前は笑わなくなるし目の敵にしてくるし勉強分かんねぇけど頑張るしかねぇし親父がうぜぇし、勉強なんかよりも大切なもの、面白いものが一杯あるだろって言いたくて、でもそれがなにか俺は答えを持っていなかった」

父を見返して、晴れて自由だと思った瞬間に、絶望した。自分の手にもうなにもないと知ってしまったから。自由になってやりたいことなど慎吾にはなにもなかった。
夢とも言えない絵空事は、弟が消えたことにより霧散した。相談もしてもらえなかった、弟の心の有り様にそんな夢物語を語る勇気が持てなかったのだ。
もしかしてあの時に声をかけられていたなら。
下手な希望であることなど知れている。話したとして、そうと理解するだけの頭を慎吾も勇吾も持っていた。それでも、気にかけてくれていると分かる一言があったなら、勇吾はあそこまで心を痛めることはなかったのではないか。
一緒に「バカだな」と笑って、互いに慰め合うこともできたのではないか。もしくはそんな絵空事を支えに父に立ち向かうことも、夢を現実にしてしまうことさえも。
もう過ぎてしまった昔日の悔恨。

「…ああ、お前の所為にしたい訳じゃないから。お前の為にって恩着せがましくいいながら、お前に向き合おうともしなかった癖に、お前に縋っていたバカなお兄ちゃんの言い訳よ」

からからと慎吾はそう笑い飛ばした。自虐のこもるそれは、けれどもう彼の中で消化された想いなのだろう。
傷付くことを恐れ、傷付けることを恐れた。臆病なところばかりが似た、駄目兄弟。

そんな傷心の折りに辿り着いたラーメン屋の主人に慰められ励まされるとは誰が思っていようか。
背中を押されて漸く弟の前に立てたと思ったら、いつの間にかその弟に背中を押されて前に進んだなどとんだ笑い話だ。
更には年下の少年少女にアドバイスを受けるなど情けないにも程がある。
いつだって弟の手を引いていたつもりでその実は縋りついていただけ。そうと自覚してどれだけ力が抜けたことか。
家族だから。それだけで繋がる絆も伝わる想いもある。
しかし、家族だから、それだけで言葉を出し惜しみしては伝わらないことが多いということも知った。
今までが怠惰に過ぎたのだから、せめて言葉を惜しむまいと慎吾は笑う。

「俺はダメな兄貴だったけど、もし今からでも力になれることがあったらなんでも、させて欲しい」

怒濤に向けられる慎吾の言葉に勇吾は困惑の表情を刻んだ。
緊張に一拍の間を挟むと通りを歩く人の群れの中、子供の高い笑い声が聞こえた。
昔、共に出掛けた時のことを思い出す。あの小さい弟が大きくなったものだ。
それでも兄にまだ身長が届いていない。それでいいと思う。いや、大きくなってくれてもいいのだけれど。どれだけ経っても勇吾は慎吾の可愛い弟で、慎吾は勇吾の兄なのだから。

「俺だってこの2年で結構貯蓄もできたしな。親父達に借りを作りたくないというなら可能な限りの援助出来るぞ。
道内の大学で可能な範囲だったら同居も考えてるよ」
「…え、同居とかそこまで話飛ぶのかよ」

割りと真剣な言葉だったのだが弟に呆れたように口を挟まれ、自分の思考が突飛だったのかと少々面食らう。
元は二人で家を出ようと考えていた人間にとって別に同居くらいなんともない。

「だって一人で暮らすより二人で暮らす方が得だろう。多少の家事分担でもして貰えれば家賃光熱費は俺が持つし。お前なら奨学金取れるだろうからそっち学費に回せばどうにかなるだろ。それとも、やっぱり俺とは暮らせないか」
「だっ…だから、話が飛びすぎなんだってば!」

既に頭が追い付いていないのに、立て板に水かけて寝耳に流し込んでくる兄を慌てて勇吾は遮った。

「別に兄貴と暮らすのが嫌なんかじゃなくてだな!」

ここだけはいっておかなくては!とまず彼はそれを前置いた。

「俺の進路の具体案も受験も合格もなんも決まってないのに先走りすぎだっ!」

ようやく、自分の為に進学したいと思えたのだ。まだ先など見えていないのにこうも押されると焦るし──人の言葉に流されたくない、と勇吾は思う。今まで主張を流されてきたのだから、もっとじっくりと考えたい。
なによりも混乱していて思考が停止している現状で答えるそれを持ちはしない。
そんな勇吾の慌てた顔も可愛いな、と兄馬鹿全開で慎吾は弟に言い返した。

「だって兄ちゃん、勇吾と一緒に暮らしたいんだもん!」
「俺の為じゃなくて自分の為かいっ!」

ぎゃんと勇吾が吠えると、慎吾は拗ねたように唇を尖らせた。もう成人を迎えたというのに余りにも子供っぽい仕草にくらりと目眩がする。
思わず額を押さえた勇吾を他所に、慎吾はふいと視線を逸らすとモゴモゴと言い訳を語り出した。

「だって、お前と一緒に暮らせる機会なんてもうないだろ?俺はもう実家で暮らすことなんてないし──ずっと、俺はお前を甘やかしたいと思ってたんだ。笑い合ったり愚痴言い合ったり、昔みたいに取っ組み合いの喧嘩をしてみたり。そういう、兄弟らしいこと、俺はもっとしてみたかった」どう足掻いても兄弟を止めることなんて出来ないし、時間も巻き戻せない。
何より慎吾はそんなこと望んでもいないし、過去があったからこその現在というものがあるのだと心に染みる。
決して楽な道ではなかったが、それでも無駄じゃなかった。
勇吾も慎吾も、既に逃げたのだ。
なにもかも投げ出して逃げたのだ。
そして、その先で掴んだ現実がある。
それを互いに後悔などしていない。
辛く苦しい時があっても、疎遠となった時があっても、今、こうして幸せを築けた。

「出来るなら、俺はお前ともう一度、"兄弟"をやり直したいと思っているよ」

すれ違ってしまった、大切にしてあげたかった優しい心。
もう直せないと思ったこともある。
弟の笑顔が消えた時、道を間違えたと悟り、怖じ気付いて逃げ出したけれど、その溝は消して越えられないものではないと教えられた。
愛情は押さえきれない程ある。誠実と努力だけは惜しみ無くある。
時間が、その溝を少しだけ埋めてくれた。

「お前の進路と俺の未来が交わることは少ないだろう。お前を苛立たせることも多いだろうし笑う以上に喧嘩をしてしまうかもしれない。
それでも、もし出来るなら、俺に時間をくれないか」

最早頷くまで説得を続けるつもり満々の兄に、勇吾はぽやと目を瞬く。そして、顔をしかめた。

「だから、兄貴が嫌な訳じゃないんだってば。
俺は、俺の為に兄貴が我慢したり、無理させたりするのは嫌だよ」
「俺から提案してるのに無理な筈ないだろーここは感動して頷くところじゃねーかよぉー」

そんなところも可愛いと思っている自分は兄バカという奴だ。伊達に東大現役入学しているだけありバカ兄では決してない。
弟の頑固さに肩を落とす兄に勇吾は慌てて言い募る。

「兄貴もやっと自由になったんだろ?やりたかったこと、好きなことをしろよ。俺も、俺の好きなことをする。
その為に誰かに依存したり、犠牲にするのは嫌だ。
弟とはいえ兄貴が貯めた金を自分に使うことは考えられないよ。それは、いつか自分の家族が出来た時の為に使うものだ」

必死こいて説得しようとするいじらしさに慎吾は頬が緩むのが抑えられなかった。生真面目で優しすぎるから、でかい図体になってでも可愛さが募る。
だからこそ病んでしまったこともあるけれど。

「それに、俺──やっぱり親父と向き合いたいよ」

ぎゅうと拳を握り締めた勇吾に慎吾は表情を改める。

「大学への進学の支援を親の義務だとも子供の権利だとも言えない。義務教育は終わったし、こうして高校にも行かせてもらっているし。
出来の悪い息子だけど、親父にわかってもらいたい。その上でやっぱり親父に支援して欲しいって思うんだ」

親に理解して貰いたい。そう思うのは少しも悪いことじゃない。今まで向き合ったことのないことが一番の問題だ。
傷付いてもいいと思えるようになった。
傷付いても、一人で抱え込まなくてもいいと教えてもらったから。優しい手がすぐそばにあったのだと知ったのだから。
もしも傷付いてしまったら絶対に手を差し伸べてくれる人がいるのだと知っているからこそ、もしかしたら父と向き合おうと思ったのかも知れない。慰めを視野に入れて行動するなど消極的ではあるが今までにない一歩なのだから、どうにかプラスマイナスゼロにして貰いたいものだ。
それに世間体からしても両親が健在な状態で兄から資金援助を受ければ外聞が悪い。世間体を気にするきらいのあるあの両親には由々しき問題である。勿論息子への愛がないからとまでは言わないが。
兄の厚意には悪いが思う存分活用させて貰うとしよう。
ついでに言えば兄の学費に補填される筈だった分は貯蓄に回っているだろうから八軒家に金がないとは思わない。

「…大丈夫か?」
「ああ。これもひとつの道だったんだよ。あの頃を思い出すとつらいけど、今なら、きっとどうにかなるんじゃないかって」

心配する慎吾に勇吾は照れ笑いをしてみる。
そして不意に視線をうろうろとさ迷わせて、俯いた。

「それに、やり直さなくたって兄貴は兄貴だから」

時間は巻き戻らないけど、兄には兄の事情があるということを知った。そして、こうも突飛な提案をされる程気に掛けられていたのだということも知った。
戻らないことに無理矢理帳尻を合わせようとしても意味がない。自分達は互いに嫌ってなどいなかったのだから、それが知れただけ十分だ。
今思えば疎遠になったままは嫌だと思う。そうならなかったのは単に兄が歩み寄って来てくれたからに他ならない。感謝こそすれ今更嫌いになどなれる筈がないだろう。

ぽつぽつとそんなことを言う弟は唇を尖らせ顔を薄らと朱に染め耳を赤くするという可愛いことをしてくれる。
思わず腰を上げて前に座る勇吾の頭に手を伸ばす。柔らかな茶髪をぐしゃぐしゃと掻き回すと慌てて眼鏡を押さえた。

「ん、なにすんだよ…!」
「へっへへーなんでもねぇよ」

そらとぼけながらもにへらへらと笑って慎吾は手を引いた。

「でもさぁ、兄ちゃんそれだけじゃ足りないんだけど」
「どうしよう、日本語が通じない」

しかし唇を尖らせて文句を言う慎吾に勇吾は絶望的だと顔に書いた。
これは「はい」を選ぶまで先に進ませないRPGの王様と同じだ。

「だから、約束してくれよ。お前が親父のところに行く時は相談してくれ。…お前がいいなら、俺も同席しよう。お前が望むなら俺は一切口を出さないと誓う。
ただ俺がいたらきっと話が拗れることもあるだろう。それを危惧するなら、俺はちゃんと待つよ。ついでに送り迎えもしてやるから。それだけでもいい、ちゃんと呼んでくれ。
俺はちゃんと、今度こそちゃんと、お前の味方になりたいんだ」

嗚呼、と勇吾は心中で独り言ちた。
これが向かい合った結果だ。閉じ間違えたボタンを正し、しゃんと背筋を伸ばした感覚。
全てが万事上手く行くとは言わないけれど、今、こうして兄と話せたことが嬉しくて仕方がない。

「俺はお前を応援するよ。お前の頑張りは誰の為でもない、お前だけの物だ。勿論やるからには全力を尽くす物だが、それが上手くいってもいかなくても、俺達が認めるから。
お前には頼もしい友達と、このお兄様がいるんだからか」

やはり、自分がこの兄を嫌いになどなれる筈がないのだと実感する。
小さい頃もこうやっていつも勇吾の背を押してくれた。
今までもいつも見守ってくれた。

「嬉しくても悲しくても、お前が泣きたい時に傍にいてやりたいんだよ」
「………もう泣かねぇよ、バカ兄貴」

恥ずかしいことを言う兄にストローの袋を丸めたゴミを投げ付ける。額にヒットしたそれに「恥ずかしがるなよ、泣き虫なのは昔からだ」と笑うのだから第二陣にスプーンで打ってやろうと構えれば、漸く頭を下げて謝る姿に溜飲を下げてスプーンを引く。

「つか、いい年した男の兄弟がバカみてぇ」

ふはは、と笑いだした弟に、慎吾はでれれと頬を緩ませる。
昔からこの弟が可愛くて可愛くて仕方がなかったのだ。取り分け、吊り気味の目尻をへにゃりと下げた笑顔が大好きだった。
また、こうして笑顔が見れたことが嬉しい。こうして、笑いかけてくれるようになって、本当に嬉しい。

「お前な、まだ未成年がいい年とか言うなよ。それに、いくつになっても兄弟仲良くて悪いことなんかないんだぞ」

いつもの勇吾なら「キショッ」の一言もあったかも知れないが、何も言わずにウーロン茶を啜る。溶けた氷で水っぽいそれは残量が少ない為ずぞぞと音を立てた。そうかも、と心の中で兄に同意した。
沈黙が気まずかった十数分前が嘘のように、会話の途絶えた空気が心地好い。


暫くはぽつぽつと会話を楽しんだ。他愛ないものだが、そんな優しい時間を彼ら兄弟はずっと望んでいたのだ。
しかし、それは勇吾の携帯が軽やかなメロディーを奏でることで終わりを告げた。

「もうバスの時間だ。帰らねぇと当番がある」
「ふぅん、大変だな」

帰り支度はすぐに済み、会計時では社会人だからと奢られてしまい、納得いかない勇吾のブサ顔を突っついて慎吾は笑った。
まぁ、そんなところも可愛いのである。

「本当に送らなくていいのか?」
「大丈夫だってば」

うざいと顔に書いた勇吾に何度目かの質問を繰り返す。
丁度来たバスを目に止めてから勇吾は慎吾にしっかりと向かい合った。

「兄貴、今日はありがとう。いっぱい話せて良かったよ」

そうとだけ言うとぷしゅうと音を立てたバスに乗り込んで、勇吾は窓際に座って兄を見下ろした。
はにかみ笑顔で手が振られる。同時にバスが発進して、慎吾はそれが見えなくなるまで見送った。

「…はは、礼を言うのは俺の方だ」

うちの子は世界で一番可愛らしい。素直な様子に胸が高鳴って仕方がない。
弟でさえこんなに可愛いと言うのに、もしもこどもが出来たらどうなることやら。
そんな先のことは置いておいて、とりあえずはと己のバイクのエンジンをかける。ぶおんと音を立てて発進すると頬に風が当たる。

「俺も腹を括らなきゃな」

弟が頑張るのだから、己がなにもしない訳にもいかない。意地の行為であるが、それでも勇吾に胸を張っていられる存在になりたかった。
よしやるぞ、と心の中で渇を送る。
──未来の自分に誇らしくある為に。








察して挨拶
またね、と笑い合える未来











131021

書き初めが5/5でした…まぁ途中放置はいつものことですが熟成させすぎて少々収拾がつかなくなった感がありますね

兄さんがブッ飛んでますが愛故です…
原作で結婚話が出たりと方向が見事にずれて書くのをやめてましたが、考察を絞殺と一緒に考えたネタなのでまぁ、ええやろと…

慎吾さんはめっちゃんこ勇吾を可愛い可愛い連呼してますが、ブラコンでいいじゃない、と思います。
親が嫌なら金がかかるのにわざわざ北海道に帰らず東京でも暮らしていけた人だと思います。ちゃっかりしてるからどこでも上手くやれる人。
それが、父母に退学や帰郷のことを告げたかはよくわからないけれど、わざわざ北海道に帰り、わざわざ弟に会いに行ったのは彼の気掛かりが弟だったからだと思います。
嫌いな父に会う可能性もあるのに、弟の為に帰ってきた。
もう愛じゃないですか。
時間で解決しない問題もありますが、経ったからこそ整理できる問題──特に勇吾少年は思春期真っ只中で半分病んでましたし。
素直になれないツンデレ弟と溺愛兄萌えます。

何気に大学では兄と同居していてあれ?と思っていればいいな。

あとボロクソに父が嫌われていますが、父は言葉を尽くす必要がないと思っていて、口下手で、顔と態度に出ないだけで、息子も妻も大好きだといい。はい。


あとタイトルは前作同様異口同音でいきたかったんですが、上手いこといかなかったので…「あいさっしてあいさつ」です。
今まで蔑ろにしていた自分に「頑張ったね」と労って、過去にも未来にも胸を張って生きて欲しいと思います。


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