前に書いた「永遠の少年」の設定(レオが義眼の影響で不老)でザップの裏にこんな設定があったらとかそんな。










嫌いではないのだ。
ザップ・レンフロはレオナルド・ウォッチのことを嫌いではない。どちらかと言えば好きの部類に入るだろう。
では、好きと言えばいいじゃないか。きっと誰もがそう突っ込むだろうが、しかしザップは素直ではなかった。そんなことを言う可愛い性格ではなかった。
なにより、言うには「彼」は問題を抱えていたのだ。

レオナルド・ウォッチは弱かった。
身体能力は一般人、身を守る術を持たないが意思が強く、なによりも〈神々の義眼〉を持つ少年。その押し付けられた異能故に不老となった、永遠の少年。

「おっまえなぁ、少しは鍛えろよ」
「うっ。いや、これでも僕だって少しは努力を…」

廃墟と化したHLの町並みは明日には元通りになるだろう。一騒動の後のくたびれたレオナルドの髪をぐっしゃぐっしゃとザップは掻き回す。バツが悪そうに眉を下げたレオナルドは袖を捲って「ほら、ちょっと筋肉ついたんスよ」と笑った。
細い腕だ。多少の力瘤は出来ているが、それだけだ。ザップならば簡単に寸断できる細い腕。それを見てザップは見下ろす旋毛を拳でぐりぐりと抉った。

「あだだだだだ!」
「努力が足らねー。もっと気張れや。いつまでも護ってなんかやれねーぞ」
「あだだだだだ!……分かってますよ、あだだだだだ!」

いつまで生きるか分からない少年は痛みに呻きながらもそう返す。一般人らしい身体的素質しかないレオナルドにはなかなか難しいものだろう。その上、彼は不老である。〈神々の義眼〉を押し付けられた所為で時間を止めてしまった哀れな少年。
彼は身体的成長が不可能なのだ。成長を止められたそれはいつまでもいつまでも子供のままでしかない。確かに、ささやかだが努力は見てとれたがそれまでだ。少年の骨格が大人のそれに敵うべくもない。
いつまでも守ってなどやれない。だってレオナルド・ウォッチは永遠にこどもの姿のまま、友や家族の死を見送るのだと決められてしまっているから。ザップは、ツェッドやクラウスやスティーブンらは、先に逝く。その運命を違うには彼の義眼がなくなり兄妹にハッピーエンドを迎えるか、彼を守りきれずバッドエンドを迎えるか。どれも難しい選択肢しか与えられていないのだ。
寂しい笑顔の少年をザップは殴り飛ばす。なにをするんだと怒る少年から逃げながら、青年は臍を噛んだ。

(なんなんだよ、本当に)

素直に、安全なところでその義眼ごと護られていればいいのに。
それが無茶振りでも要求するだけの価値が認められているのに、レオナルドは弱い癖に戦場のド真ん中に立って、その度に怪我をしたり死にかけたり。こちらの苦労も知らないだろう。死にたいのだろうか、この馬鹿は。
内心の言葉に返事などない。どうせ少年は、少年の姿をした青年は「死にたくなんかないですよ」と答えるだろう。
死にたくない。死ねない。妹の視力を取り戻すまで。
死にたくない。死ねない。妹の脚を治すまで。
死にたくない。死ねない。仲間に求められている内は──死んでなどしてやるものか。彼ならばそう答えて、笑うだろう。
レオナルドの生きる意味が他人に拠るものであることに、不安に思う者が少なからずいることを彼は理解しているだろうか。思いやりと言えば良い言葉だが、捨て身と取れる行動に頭を抱える存在がいることを。
割り切った顔をしたレオナルドが、その実そんなことを出来る筈もない。下手くそな笑顔の下で苦悩をし続けるのだろう。どこまでもどこまでも生きることに抱く不安は、しかし考える時間があるだけマシだろうとザップは思う。
──彼には考える時間などないのだから。

「まぁいいや、お前今日昼奢れよな。安いので我慢してやるから」
「うわあ…。まぁ、安いのしか奢れないのは事実だけど」

呆れた顔でこの人は…と呟きながらも、レオナルドはこくりと頷いた。いつもありがとうございますと笑った少年のそのぼさぼさの頭をもふもふと撫でくり、いい心掛けだと笑って共に連れ立つ。
──そのなんでもないやりとりは、ザップにとってとても好ましいものだった。



女性の体に埋もれる瞬間。欲望の赴くままに熱を解放するまでの猿のような単調な作業の中、高揚する意識になにも考えられなくなるあの感覚をザップ・レンフロは愛している。
戦闘や賭博に関してもそうだ。もしも緊張の糸が一本でも切れたとしたらすぐにでも死に繋がる一瞬のスリル。誇張でもないその高揚に、何事かに没頭できているならば余計なことを考えずに済むのだ──命を代価にしてでも、ザップはそれを望む。
例えばこの手のひらのこと。
大きな手のひらに高く伸びた身長。これが、こんなにも大きいのに。
ザップが実際に生きた年齢は両手と少しだなんて、誰が信じるだろうか。

「ザップさーん、ちょっとコンビニ行ってきますねー!」
「んー、酒ぇー」
「買わねーっすからね!金ないっつーの!」

大声に生返事を返す。壁が薄いレオナルドのアパートでは隣に筒抜けだろうが文句を言われるべきは家主であり、ザップは気にせず鼻で笑う。扉が開閉する音に続いて軽い音が遠ざかった。
狭い部屋。あまり帰らない自室として使っている部屋よりもとても汚くて狭いのに、レオナルドの部屋はザップのそれよりとてもとても暖かい。女性の部屋はいつだって綺麗で気持ちの良いものだったのに、小汚なくていつの間にか音速猿が頭に乗って毛繕いしているようなこの部屋の方が居心地がいいのだから不思議だ。
薄っぺらいベッドに寝転がるとソニックもまたザップの腹に寝転がる。
夜は長くて、眠るのを恐れた。
血界の眷属の一時の戯れで治癒機能、骨格強度や筋力の増強、感覚の鋭敏化といった、人為的に代謝機能を強制促進させた所為でザップの身体はその実年齢よりも酷く歳を重ねている。青年相当の身体に安定するまでの急激な体の変化は厳しい修行に慣れていてものたうつ程につらく、そして怖かった。鏡の前でどんどん姿を変えていく己に、漸くにして「バケモノ」である自覚をした。寝て、覚めたら次は自分が自分ではないのだから。
そしてザップという人格が、いつまであるのか保証がない。血界の眷属によって作られたザップは、なにかを引き金にして理性を吹っ飛ばして凶悪な悪魔になってしまう可能性があることを、誰が否定できようか。師は確かにザップを鍛え護るものであったが、同時に殺処分する為の監視者であったとは今ならばよく分かる。
この手が、この顔が。整った容姿は己のものではない。作られた自身に一夜の宿は群がるものの中になにひとつとして己を確立するものはなく、ただただ、その才覚があることに縋って力を求めた。
「ライブラ」という組織はザップに取って、作られた己の唯一を誇る力を示す為には必要なものだった。それさえも本当は作為的に付与された能力であるが努力したサバイバル生活を思い返せばザップ自身のものといって間違いはあるまい──能力を適正に評価され、また、己の力試しと共にザップが「生きている実感」を得られる命のやり取り。

「なぁよぉ、」

ザップは腹の上に居座る子猿に声を掛ける。

「お前は幸せか?」

小動物の寿命など得てして短い。レオナルドを慕うこの音速猿と、新陳代謝の強制促進をしている自分。残り時間は同じくらいだろうか。
ザップの言葉にソニックはきょとんと首を傾げた。

「キッ?」

子猿はむくりと起き上がるとザップの顔に触れた。ぺちぺちと叩いて、その頬に顔を擦り付ける。まるで慰めてくれているような動作にその耳の裏を擽ってやりながらザップは笑った。

「…愛着なんて、持つつもりなんかなかった」

人傷沙汰になっても女性と遊ぶのは、唯一など作るつもりもないから。どうでもいいのだ。愛だの恋だの、面倒臭い。それらは一時の気晴らしだ。死ぬまでの短い間の、不安を散らすだけの暇潰し。
ライブラの面子であってもそうだ。命を預けるには足る存在、同じ穴の狢たち。一種の死にたがり屋たち。
なのにどうしたことか。
護り切れず死の寸前まで追いやってしまったこともあるのに少年の特に気にしていない緩い笑顔や、誰とも繋がれない筈の青年に初めて出来た弟弟子の憎まれ口や。
クラウスや、スティーブンや、KKやチェインやギルベルトさん。多くの、仲間、というものがいつの間にか増えていった。ザップの中で、いつの間にか師以外にこんなにも、こんなにもたくさんの人間が色をつけていた。
大切だと思えるようになっていた。

「どうしようなぁ…」

いつから死にたくないと思うようになったのだろうか。
仲間の元で、笑って、ずっとずっといつまでも、楽しくいられたら。命を賭ける戦いでしか繋がれなかった縁がいつの間にか暖かいものに変わっていた。永遠に続けばいいと願うほどの暖かな。
刹那を生きる青年が望むにも残る時間は余りにも短い。

「………死にたくねぇなぁ」

死にたくない。何故、自分はこんな風に生まれついてしまったのか。そんなもん血界の眷属の所為だ、とは分かっているがしかし自分以外の誰かで良かったじゃないか。
生きたい。生きたかった。それこそ、レオナルドの義眼を羨むくらいに。
ねじ曲げられた運命。何故、自分達が選ばれたのか。何故、レオナルドが選ばれ、自分が選ばれなかったのか。
あれがあればもっと自分は生きられたのに。
嗚呼、折角、友達が出来たのに。

「死にたくねーよ…」

死んだら、あいつは泣くだろうか。
もしも自分が義眼に選ばれていたのならレオナルドは後悔にああして泣くことはなかっただろう。弱虫なんかじゃない、勇気ある亀の戦士は妹の笑顔と色鮮やかな世界をただ慈しみ愛したことだろう。
出会うことがなかったとしても、ザップはそれを歓迎したい。祝福したい。あの、馬鹿でアホで弱くて強いあいつは、平和なところで幸せに笑っているのがお似合いだ。
ザップがごろりと寝返りを打つと腹の上の子猿がころりと落ちてベッドを転がっていく。大きな目をぱちくりと瞬き、大きな頭をこくりと傾げる。

「ずっと、一緒にいたかったんだ」

ソニックの頭を一撫でして抱え込む。小さな猿は抵抗もしないでザップに身を委ねてくれた。
やだなぁ。予想より遥かに早いだろう別れが、真逆の運命を課せられたあいつを苦しめることは分かっている。自分の死に様はどうなることだろうか。灰となり、欠片もなく、跡形もなく死んでいくのだろうか。

「俺は、」

ぎゅっときつく目を閉じる。

「生きたいと願ったのは、初めてだ」

暗い瞼に映るのは大切な仲間の顔。
生まれて初めて、叶わぬ願いというものを知った。




「ただいまー。って、ザップさん寝ちゃってんすか」

安物の扉が耳障りな音を立てる。買い物袋ががさがさと揺れ、軽い足音が続く。手の中の子猿はザップの手からシュタッと勢いよく飛んでいった。なんて薄情なやつだ。

「もう、お酒が飲みたいっていったのはザップさんなのに。あ、ソニックただいま」
「キュウ!」
「起こしちゃうからあっち行こうな。ほら、ドーナツもあるから。ザップさんには内緒だぞ。……おやすみなさい、ザップさん」

いつもありがとうございます。小さく笑ったレオナルドは、先程ザップがソニックにやったように、優しく、優しく、銀髪を撫で梳くと肩までブランケットを引き上げる。お前は母親か。と突っ込もうか迷う狸寝入りのザップを尻目に、少年はパチンと明かりを消して子猿を抱えてキッチンスペースへと歩く。ぎし、ぎし、薄い床板が音を立て、狭苦しいキッチンから明かりが漏れて、本当に、本当に、気を使うところが間違っている少年だ。俺は腹が減っているんだ。酒も飲みたいんだ。ドーナツは明日新しく買わせようと胸に誓う。
がさがさと袋を漁る音、冷蔵庫の開閉音。どうせ買ってきたのは安い缶チューハイだろうが、キンキンに冷えたそれは明日に残そう。猿につまみを取られて騒ぐ少年の声は潜めているものの通りは良い。
笑いそうになりながら、ザップはゆっくりと息を吐いた。今は、なんとなくこのまま眠ってしまいたい。
哀れで弱くて頑固で大切で、厭わしくて羨ましい。彼を決して素直になれない複雑な感情はあるけれど。
ザップはどうにも、レオナルドのことが嫌いにはなれないのだった。










20150728

補足

ツェッドさんとウルフウッドさんを足したようなザップさん。
おバカな発言は見た目ではなく実年齢相当。ただし、見た目がそれで事情を知るのは師匠だけなのでTOAルークのように外見年齢相当の働きや知性をもとめられているのでいろいろ齟齬が出る。

多少外見が老け込んだなというところでもう身体の限界で、その兆しが出たらあとは数日後突然に身体が灰だかになって死ぬ。
あと保って10年くらいとか。
その頃を察して師匠は説明しにきてくれるし、馬鹿で憎らしい弟子だったけど遺体代わりの灰を全部お持ち帰りする。そんな遺言残していたらいいなザップさん。

ツェッドさんがそうならないのは生まれる前から遺伝子とかいじられたからで、ザップさんは本当は生まれは人間だったのを5歳くらいでいじられたから身体がそれに適応していないから。

という俺得設定。


このザップさんは生きることに希望なんてなかったけどレオナルドと出会って似ながら真逆の人生に羨望と嫉妬を覚えちゃったりしていたらいい。
みんな羨みながら妬みながら、結局あいしちゃってるやつ。

俺得だよ!



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