銀さんが歌うよ!
村塾組の一芸特技持ち設定が好きです








花吹雪く春の良き日、パステルブルーの空に白い雲が浮かぶ。
真選組との花見がかぶり一悶着があったものの粗方の騒動が治まるとそれぞれゆったりとした時間が流れた。土方は近藤と盃を酌み交わし、共に食事に興味を示した沖田と神楽は互いに弁当箱をつつき始めた。えびフライいいナ、たまごやきと交換するネ、へぇこれ旦那が作ったのかィ、甘いけどうまいでさァ。山崎と新八は彼らが壊した周りのものを拾い片付ける。
ざわり、ざわわ。穏やかな人の話し声、笑い声。暖かな陽射し、優しい風。口当たりは甘いけれどすっと喉越しの良い清酒は自分好みで、周りの連中より少し離れて銀時はひとり、手酌で杯を空ける。背を預けた桜の木の幹はごつごつして冷たくて、アルコールでぽかぽかとしている体には丁度良い。

穏やかだ。
誰も死ぬことの――殺すことも殺されることもない日々。柔らかな光に包まれた平和と呼ばれる時代。
数多の恥辱と無念、命と血にまみれた犠牲の上に立つ平穏。
それが、仮初めだとしても。
いつか、地獄と知ったあの時代の中にもこんな穏やかな日々があったことを覚えている。
面子だけが変わった、とさえ思う、そんな感傷。
喪失を知り、喪失を恐れ、失わない為に刀を取った自分が全てを投げ出したのだ。なんという皮肉だろうか。
愛しくて、手放したくないと思いながらも手放すことでしか自分を、彼らを救えないと思った。幸せを確と感じた、あの優しい、悲しい、日々を懐かしいと感じる。裏切り者の自分がそんなものを感じるなんて烏滸がましいことこの上ないけれど、今ある現実に打ち捨てた過去の顔を当て嵌めて、その度に傷付くなどなんという滑稽だろうか。
ふるり、銀時は肩を震わせた。春とはいえまだ肌寒い。胡座から片足を立てて、片腕を回す。
それでもまだ寒く、無意識に銀時は木刀を握った。両足の間、肩に掛けて抱き込むと心に渦巻いた不安が収まり、ようやく肩に入れていた力を抜く。すっと背筋が伸びた。
その姿は小さな頃と同じ。
それが彼の不安の現れということを幼馴染みの連中は知っていた。師は元よりだが、師を失った後、しばらく握ることのなかった刀を──遺品を抱いてでしか眠ることが出来なくなった彼を、知っていたから。
彼の拠り所は、昔も今も結局はその鈍色に輝く鋼しかない。

(…さくら、だ)

ふわりと朱塗りの盃の中、桜の花弁が一枚、透き通った日本酒の表面を揺らし、くるりと回る。
これをあの風流を好む男が見たらなんと言うだろう。生真面目で学だけはある男なら相応しい逸話のひとつでも話してくれただろうな。先生なら、なんと。
──銀時は目を閉じた。どうやら自分は思ったよりも感傷に浸っているらしい。
閉ざしてしまえば、パステルブルーの空は見えない。
春を浮かべた盃も、懐かしむ過去も、ピースの欠けたパズルのような現実も。
遠くに聞こえる調子外れの歌でさえ、昔日の暖かさに似て、懐かしい。
瞼の裏の過去の光景に思いを馳せながら銀時は息を吸い込んだ。




初めに気付いたのは誰だったか。
新八はきょろりと周りを見渡し、それがなんなのかを見つけてきょとんと目を瞬いた。神楽が箸を置き、沖田もそれに倣う。山崎は慌ててがさごそとうるさいゴミ袋の口を閉めるとそっと一ヶ所に集めて片付けを中断し、近藤と土方は歓談の口を閉ざした。
そうやって小さく、少しずつざわざわと騒がしかった場が静かになると、風に吹かれる木々のざわめきや遠くから聞こえる子供の声、車の音に紛れながら──優しい歌が聞こえてくる。
聞き覚えはないがゆっくりと単調なメロディ。立てた片膝に銀髪を擦り付けるその男の、普段はやる気のない声が艶を持って伸びる。
歌詞はよく聞こえなかったがそれは優しい色合いをしていた。




記憶を辿りメロディを唇に乗せる。あれを歌ったのは高杉だった。戦時の最中、少しばかり遠出をした時のことだ。びぃん、と三味線の音を打ち響かせる姿は堂にいっているが神を讃え春を祝う歌詞は彼に似合わず、桂と共に腹を抱えたものだ。
ひとしきり笑えば高杉はムッとへそを曲げてしまうから、今度は詫びにと桂が横笛を取り出す。家から持ってきたものは売って食い物に変わってしまったので粗末なものだが、不思議といい音色をしている。
さて、今度はなにをやろうか。
穏やかに桂は微笑んだ。拠点で演奏などしようものならただの気違いであるが、こうして遠出したり路銀集めの際には解禁される。笛の、三味線の、琴の、鼓の、そして舞と刀の手解きは先生から受けた。桂の笛も高杉の三味線も、銀時の舞も全て、懐かしくて苦しい、先生と大切な思い出だ。
数少ない機会に高杉の機嫌も少しばかり向上し、なんやかんやと演目を決め始めたふたりを他所に銀時はすっくと立ち上がった。前身頃を整えると団子を一本取り上げる。

「おい銀時、貴様もしやその団子の串で舞うとは言うまいな」
「え、ダメなの?」

ぱちりと瞬く銀時に高杉は高らかに声を上げて「お前らしい」と笑った。
渋い顔の桂を尻目に銀時はぱくりと団子にかじりついて不格好な形へと変える。

「で、なにやんの」
「そうさなァ…」

殺伐の中に一時、郷愁の滲む日常を引いて、彼らは漸く自身が人の子であると知れるのだ。
びぃん、と弦を弾き旋律を刻み始めた高杉に、桂が笛の音を合わせる。銀時は団子をもうひとつ噛み千切ると背筋を伸ばして足を踏み出した。




最後の一音を唇に乗せて、銀時はふぅと肩から力を抜いた。鼻唄から次第に力が入ってしまったが酒の力もあって気分が良い。
さわわと風に遊ばれた桜の音が過ぎると周囲からどっと拍手が沸いて銀時は肩を跳ねさせた。
なんだなんだと周りを見れば顔見知りがこちらを見ていると言う始末。ぎくりと顔を強張らせた銀時に郷愁の余韻など残ってはいなかった。

「銀ちゃーん!」
「ぐえっ」

飛び付いた神楽を避けることも出来ずに腹に頭突きを食らって銀時は呻いた。すごいアル!と騒ぎながらなおも少女は悪びれず地面に寝転がり銀時に腹にぺとりとしがみつき、その傍らに新八と総悟が並ぶ。

「銀さん、英語の歌なんて歌えるんですね」
「…ああ、まぁ、ちょっとな」

桃色頭を無意識に撫でながら銀時は小さく笑う。意外でさぁ、と沖田が続けた。

「俺ァ英語なんてこれっぽっちも分からねぇですからねィ。旦那ぁ、あれぁ、どんな歌なんですかィ?」

こどもらしく、そしてこどもらしくないこどもたる沖田も、こうして好奇心を抑えられない姿を見るとやはりこどもなのだと実感する。

「どんなって、なぁ…神を讃え、春を祝う歌ってことしか知らねぇや」
「はは、らしくねぇ歌ですねィ!」

困ったような顔で答えた銀時に沖田はいっそ清々しいほど無礼に明るく笑った。
銀時はそれを見てきょとりと目を瞬かせる。座る彼が隣立つ沖田を見上げると、その特徴的な赤い瞳は光を弾いて酷く透明に見える。濁りなく、真っ直ぐに沖田を見上げた銀時は、ふ、とそれを和らげた。

「ちげぇねぇや。らしくない。本当に、らしくない!」

腹にまとわりつく神楽の頭をぽんぽんと撫でながら、銀時は大口を開けて笑いに笑った。眦に涙さえ溜めてひぃひぃと喉を震わせて。

「どうしたネ、銀ちゃん。気持ち悪いヨ」
「神楽ちゃん……」

忌憚ない率直な意見を述べる神楽に新八が微妙な顔でたしなめの声をかけるが、それはそれで銀時には心地の良いものだった。
昔、似合わないと笑ったのは己だった。
昔、似合わないと笑った己が、今は笑われる側になったのか。

(不思議だな)

あの時と全く状況も人も違うのに、あの時のように楽しいのだ。
三味線も笛も鼓もないけれど。
団子の串だけで舞ったあの時と同じ、高揚感。

「昔なぁ、やったんだよ」

言い差しながら銀時は杯に残る酒を飲み干すとそれを空へと掲げる。

「バカみたいに歌って騒いで、らしくねぇって笑ったんだ」

懐かしい。もう、戻らない日々。
血臭染み付いた青年時代の、けれど色鮮やかな思い出だ。白く平べったい杯が光を弾く。眩しくて目を細めた。

「あの頃ぁな、揃って次の春を迎えられるかも分からなかった。後悔の多い人生だったが──楽しかったんだ。今、思えば。ずっとずっと、楽しかったんだ。楽しいと思えるようになれたんだ。そこに、後悔なんかありはしねぇ」

楽しげな銀時の頬は赤く紅潮している。好きだが弱い酒に酔っているのだろうか。彼がなにを言いたいのかは新八も神楽も、沖田もわからない。知らない。知り得ない。

「訳わからないネ、銀ちゃん」
「いいよ、それで。分からない方がいいんだよ、きっと」

むうと頬を膨らませた神楽の頭を銀時は撫でる。

「もう、歌えねぇと思っていた。あいつらがいねぇから。でも、あいつらがいなくても歌えるんだな。ひとりでも──それが寂しくて、嬉しいんだ」

眠そうな顔のまま唇だけを引き上げる銀時の顔を見、神楽と新八は目を合わせた。たまに、彼はこうして面倒臭くなる。知り得ない領域。教えてくれない領域。大人の顔をして子供扱い。踏み込んでくれるなと言う癖に、不意に匂わすものだから。
新八は一歩銀時に近付いた。少年を見上げる銀時の頭を、下から色白の手が伸びて掻き乱す。

「うわ、」

銀時が思わず声を上げようが構わず神楽はそれを掻き乱し、新八のまだ細い腕もそれに加わって銀時は目を白黒させた。

「なに、銀さんの頭こっちゃこちゃになっちゃうんですけどー」
「銀さんの頭は元からこっちゃこちゃですよ」
「よーし新ちゃん、ちょっとそこに座りなさい。天パバカにすんな眼鏡の分際で」
「眼鏡をバカにするのもやめろバカヤロー!」

軽口の応酬。彼らの顔は一様に優しい。それが、少しだけ仲間外れのようで沖田は口をひん曲げた。
少年と少女にもみくちゃにされている青年に、沖田も一歩近付くとしゃがみこんで緩んだその顔を見た。膝に肘をついて、拳に頬を預ける。

「旦那ァ、なんかもっと歌ってくだせぇよ」

底の伺えない目で笑う沖田に銀時は「ええー」と顔をしかめて見せる。

「銀さん、一人で歌うのはちょっと。聞きたいならゴリラにでもねだっておいで」
「ゴリラの歌なんか耳が腐りまさァ。いいじゃねぇですかィ、一人で歌うにしてもここにゃ聞きたがるお人が多いんですから、独りって訳じゃあねぇですよ」

沖田にしては熱の籠った声にそうだそうだと己の庇護するこどもたちのそれさえもが加わり、むむ、と銀時は眉を寄せた。
なんだか面倒なことになっている。

「はぁ、酔いも冷めちまったじゃねェか。伴奏もなしなんてなんていう羞恥プレイ」
「その嫌がる顔がイイんでさァ」
「やだこの子とんだドS。知ってたけど」

溜め息を吐いた銀時はぽりぽりと頭を掻いた。こどもたちがもみくちゃにしてくれたものだから毛が絡まって指通りが悪くなっている。

「…いいよ」

俯きながらの小さな了承。一瞬、それがなにを言っているのか分からなかった。ぽかんとしたまんまるおめめ3対を順に見遣り、銀時はにやと笑う。

「来年なら、な」

喜色に染まりかけたこどもに大人は水を差す。えー!と不満の声を上げた彼らを宥めるようにぽんぽんとそれぞれの頭を撫であやした。

「銀さん、伴奏なしはヤなの。三味線なんざ最近触ってもいねぇし──上手くいきゃあ、笛くらいは連れて来られるぜ?」

算段をつける悪い顔。

「いいじゃねぇか、"また来年"の約束なんて。平和な世だ、それが踏みにじられることなんて早々にあるまいよ」

いつかまた、また来年、未来の約束。
それはあの戦時中にはただ必死に生き延びることを誓い合う為のものだった。また出来ますように。誰も死にませんように。そういって、願いを込めた。痛い程。狂おしい程。「いつか」を信じる為に「いつか」と紡いだ。
それが、今やまたの「いつか」を信じられる世になったのだ。
なんて幸せなことだろうか。
なんて、平和なのだろうか。

「だから、また来年。みんなで花見に行こうぜ」

な?と笑う銀時に、頬を染めて口をひん曲げた子供たちは「仕方がないですね、我慢してあげます」と尊大に腕を組む。

「銀さん、三味線も弾けたんですね」
「知り合いに上手い奴がいるから、少しな。そいつに比べたらまだまだだけど」

爪弾く弦の感触などとうに忘れてしまった。知り合いに三味線を貸してくれる人はいないだろうかと考える。月詠辺りに頼めば吉原の店で使われているものを貸してくれそうだ。

「総一郎くんは」
「総悟でさァ、旦那」
「総一郎くんはアレよ、むさ苦しい男共連れて来なきゃあ来ていいよ」

お約束の訂正を無視して指を振る。

「総悟でさァ、旦那」

沖田はもう一度訂正すると「最初からそのつもりでさァ」と薄ら笑った。それに柳眉を逆立てて神楽が「お前来んなヨ!」なんて喧嘩を吹っ掛けるものだから、互いに得物を掴んで走り出す。
新八と共に呆れた顔で見送ると、少年は銀時の傍らに置かれた酒瓶を取り上げて銀時を見上げた。小さなはにかみ。男の笑顔なんて可愛くなんかねぇぞと内心で吹き出しながらそっと杯を差し出す。
とくとくと注がれる透明な液体。酩酊する意識。

「銀さん銀さん」
「あァ?」

干した杯にすかさず酒が注がれる。
声かけにちらと目をやれば、「絶対の、絶対に絶対の約束ですからね!」と真剣な顔。
くいっと杯を傾けて分かってらァと癖のない黒髪を掻き散らすともう一杯と杯を突き付ける。

「約束だ。いつかなんて曖昧じゃねぇ、また来年──絶対の約束だ」

言って笑顔で注がれた三杯目を、銀時もまた笑顔で飲み干した。










約束と華
また来年、と笑える幸せ











140609

時期はずしましたがお花見話。
去年書いて、書ききれなくて放置してた。
万事屋+沖田が好きです…



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