本誌入れ替わりネタで沖田が銀さんを好きすぎる話







死んだような目をした土方なぞ、徹夜7日目を突破した時くらいしか沖田は見たことがない。
だから、寝起きどころか朝会に寝坊したり逆ギレしている土方を見て、そのやる気のない半眼を見て、沖田は大いに驚いた。まるでどこぞの万事屋の旦那じゃないかィ。
しかし、純黒の直毛もきりりとした目尻もすっきりとした鼻梁も、どこをとっても憎き土方でしかない。
いやいや、だらけきった立ち方も眠そうな表情も皮肉げに歪んだ唇も、着崩した制服までもが土方らしくなく、万事屋──坂田銀時にそっくりなのだが。

「………」

不審の混じる胡乱な視線にさらされて、土方──銀時は眉を上げた。沖田と目が合うと、にや、口端を曲げる。

「どうした?なにか質問でも?」

尋ねる声は柔らかく、そこからしてもういつもの彼とは違う。
副長室の座卓の前、ゆったりどころかぐったりぐだぐだとした態勢で土方は座っている。上着は着ておらず後ろに投げられたままで、スカーフを胸ポケットに押し込んだシャツは上から3つボタンが開けられていて筋肉のついた胸が垣間見えた。また、前髪も掻き上げながら揶揄うように笑む目元と相成り、普段のストイックさがまるでないその姿はどこか色気を感じさせるものだった。

「……あんたが一体どうしたってんでィ。また妖刀にでも取り憑かれたってんですかィ?」

疑念に満ちた沖田の声に、くすくすと土方は笑った。あの土方が。大切なことなのでもう一度言っておく。
あの土方が。
ぞわり、沖田は全身総毛立ったことを自覚した。ぞわぞわ、不快感。きっと血の気も下がった顔は蒼白になっているだろう。
それを見て、土方は更に笑った。
姉上──ミツバの前でさえ見たことのない楽しげを全面に出した笑み。目は細まり目尻が垂れ、口角が上がり頬が緩む。土方にこれほど活動的な顔面筋があったのか、といっそ驚く程の緩い笑みだ。

「ははっ」

ついには笑い声まで上がった。
気持ち悪さは最上級だった。沖田は一歩引いた。
それを見てなお笑う土方は、口からきゅぽんと音を立てて棒付きキャンディを引っ張り出した。白とピンク。いちごみるく、だろうか。いつもの苦い煙草ではなく。
本当に土方の中身が坂田銀時に変わってしまったかのようだ、と沖田は思った。そんな夢以下の物語が実際にある筈もなく、と同時に切り捨てたけれど。
土方は手の中のそれを振った。まるで魔法の杖のように。

「質問ははっきり言いたまえ、総一郎くん」
「……は、」

ビッと眼前に向けられた飴の先。舐められて表面に凹凸が目立つ。
次いで、言葉が脳に染み込んだ。悪戯な笑み、揶揄る声。総一郎。
──質問ははっきりと言いたまえ。

「あんたァ、」

そこまで言って、沖田はにやと口端をひん曲げた。笑いの衝動。

「…はは、ははははは!」

堪えることなく笑うと土方もにやにやと笑う。胡座から片膝を立てて手を組み、泰然とした様子だ。
沖田は言った。

「面白いことになっているじゃねぇですかい、旦那ァ」

笑いの衝動を残したままの沖田の声が楽しげに跳ねる。
旦那。沖田が土方に使う呼称にはない呼び方。総一郎くん。土方が沖田を呼ぶのに使わない呼称。
互いがそうと呼び合う相手はただひとりしかいない。

「どうしてそうなったかは聞きやせん。でもそうなったからには、面白いこと、やらかしてくれるんでしょうねィ?」

彼は坂田銀時なのだ。
どうしてそうなったかは知らない。知る必要もないと思う。切り捨てた夢物語でいい──面白いのならば。
高揚が胸を焼く。
顔面が土方のものであるといえ、沖田が銀時を好むのはその容姿故ではない。
趣向の一致と軽やかな口車。彼の行動、彼の理念。だらけ、嘲り、偽りで本音を垣間見せない部分も多いけれど、一本筋の通った背中はいざという時はいつだって輝いていた。
底知れない憎悪、掴みきれない羨望の瞳を見たことがあるけれど、銀時は笑ってくれる。黙すことで抱え込む土方とは違う。笑って、心配させない大人の狡さを持っている。
沖田は銀時の魂の在り方というものが好きだった。
彼だって決して土方が嫌いなのではない。ただ素直になれないのだ。子供扱いしながら大人としての振る舞いを強要され、土方が素直にさせてくれないのだから沖田は捻くれる。
近藤のように子供として甘やかすのではない。銀時が甘やかすから子供でいられる。大人としての振る舞いも子供としての振る舞いも求められず、あるがままでいられる。いていいと、許される。
そんな心地の良い男であるなら、反発心を向けている土方の面であろうが関係ない。それぐらい飲み込んで、彼が銀時であるという事実を事実のままに受け入れられる。

「さてね、面白いことなんて。俺はただ、俺の好きなようにやるだけさ」

飄々と土方の姿をした銀時は肩を竦めて見せた。

「いいんでさァ、それで」

沖田は笑う。それでいい。銀時がいるだけでいい。
彼がいるだけで心が浮き立つ。面白い。きっと、世界が変わったように面白くなるに違いない。
予感ではなく、確信。

「あんたがいるだけで面白い。好きに動いてくだせぇ。俺はアンタについていくだけだ」

ご機嫌な顔の沖田に、土方の姿をした銀時は「本人に言ってやれよ、そんなこたぁ」と苦笑した。


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「旦那。…あ、」

呼び掛けて、次の瞬間、沖田は眉根を寄せた。まるでなにか喉に引っ掛かってしまったかのような顔だ。

「どうした?」

銀時──土方は首を傾げる。
その甘い動作にやはり違和感を拭いきれないが暫くすれば慣れるだろう、沖田はそう信じて苦笑を浮かべる。

「いえね、今の旦那に"旦那"だなんて呼び掛けたら、バレてない奴にもバレてしまいまさぁ。どうしようかと」
「別になんでもいいぞ?」
「いやですねィ、それじゃあ秘密になりやしない」

むむむ、と悩み始めた沖田に銀時がどうでも良さげに片手を振ると、少年は眉を吊り上げて首を振る。
どうやら彼のこだわるところはそこらしい。
しかし銀時にとってそれは重要ではない。別にバレても構いやしない、というのが銀時の本音だ。
ただ、考えるこどもはとても楽しそうだった。
それに「秘密」──ふたりだけ、の枕詞がつくそれが嬉しいらしい。普段から無邪気を装った邪気溢れる悪戯小僧であるが、やはりまだまだ可愛いところもあるようだ。
好きにしろ、と言い置いて銀時はからころと口の中で飴を転がした。
そもそも一応は土方と呼ばれることに慣れなくてはならないのだから今更どう呼ばれても関係ないと銀時は考えている。
唸る程考え抜いた沖田は顔を上げると、銀時の目をじっと見つめて唇を開いた。

「……トシさん、でいいですかィ?」

銀時は眉を上げる。

「いいのか?それで」
「ええ。嘘のように性格の変わった副長に忠誠を誓う一番隊隊長──なんて、部下が喜んでついてきますぜ?」
「あらあら、沖田くんたら悪い子」

計算ずくだなんて。子供を窘めるような、悪友を揶揄うような。悪戯な光を灯して銀時は唇を持ち上げた。
それが本来の土方に似ていて、それなのに満足感を覚える自分に困惑を覚える。
嬉しい。でも、嬉しくない。
ぽいと渡された棒付きキャンディを推し頂いて、思考を放り投げるように包装紙を破り捨てる。

(銀さん──と呼んでみたかったんだ、本当は)

あの子たちのように。
当たり前のように、名前で呼んでみたかった。隣立つに値する自信が欲しかった。
旦那、と呼ぶのも嫌いじゃないけれど。あの子たちと同じ立ち位置、よりは違うところに立っていたいという対抗心だったように思う。
彼の周りの人のように、その存在を証明する名前で呼んでみたかった。
子供染みた独占欲、子供染みた嫉妬。
銀時ならば疾うに悟っているのではないかという疑念はほぼ確信である。

「じゃあさ、今度俺の体の前でそう呼んでよ。きっと楽しいよ」

つまりは土方の精神の前で、ということだ。
沖田を悪い子と言いながら楽し気な様子の銀時に、俺が悪い子なら、アンタは悪いお人でさァ、と少年は笑った。

「思う存分甘えますんで、思う存分見せつけてくだせぇよ」
「ほっぺにチューしてハグでもしようか?」
「それは…ええ、喜んで。元に戻ってからならいくらでも」

やはり慣れない土方の緩い笑みに一瞬の躊躇いを残し、けれどにこりと笑って見せる。
銀時は満足そうに「約束ね」と笑い、すぐに「忘れなかったら」と付け足した。
忘れるようなものは約束と言わないだろうに。
それでも、彼と交わす約束という甘美な響きに心が踊る。

貰った飴は薄い水色をしていた。
本来の彼のイメージ。水のように掴み所がなく、風のように何処吹くまま気の向くまま。
ぱくり、と食べると口の中に爽やかな甘さが広がる。ラムネ味だった。














ロリポップキャンディ:ラムネ味
しゅわしゅわはじける想いに似た、









20131130

本誌ネタです
公式女体化から公式入れ替わりネタと来て、公式のとんでもなさに驚いています。同人誌かよ。ネタ切れっすか。
ありがとうございますぷまいです。

私は沖田はやばいくらい鋭いと思っているので、中身銀時ってすぐに察してくれそうだなって思います。
忠犬山崎も気付いていたら嬉しいですが、そこはやる気出たら書けたらいいな。あと公式展開次第。

沖田と銀時の悪戯兄弟ぶりが好きです。
銀さんは懐広く、沖田は銀さんと他少しに狭く深く。勿論土方のことも嫌いじゃないけどっていうのがいいな。まぁ、内容で書いた通りの間柄だといいな。


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